Love(ゼロ)
ラブ
「よし、買い物終わり」
紙袋を後部座席に積み込んで叔父上は宣言する。叔父上は自分の荷物を助手席に置きたいタイプの運転手なので、私が座るのも後部座席だ。
「なあ晴名、ロンパリってどうよ?」
「なにそれ?」
「ほら、晴名が今日観た映画」
「ああ、『淋しくて、巴里』ね。サミシイはさんずいに林で、パリは漢字で、淋しくてと巴里の間に読点が入る」
「そうそう、ロンリーでパリだから、ロンパリ」
「ロンリー……パリなのに英語ってどうよ」
「それよりさ、話すときいちいち点の部分の溜め作るのめんどくさくない?」
「あ、そこは同感」
鞄から取り出したカプセルを弄ぶ。金属が球体の中で跳ねまわる気配はなく、紙が擦れるような音がした。知恵の輪はポケットだと思い出す。
バックミラーで目敏く発見した叔父上が問う。
「なあ、それ何が入ってるの?」
「知恵の輪」
「渋いな。いまどき知恵の輪って」
「私が選んだんじゃないよ。もらったの」
「貸して、晴名。やる」
「運転中のくせに」
「今、赤」
「もう青」
ち、と舌を鳴らすのではなく口で言って、後部座席へと伸ばされた手が引っ込む。
「ていうか、もらったって誰にだよ」
「高校のときのクラスメイトのお兄さんから」
「微妙な関係だな。なんで知恵の輪?」
「叔父上が来るまでの暇つぶしにって。その人の弟の彼女の恋愛相談に乗ったお礼、みたいなものかな」
ちょっと待った、と眉を寄せた叔父上が遮る。「みたいなもの」の詳細について訊かれるのかと身構えていたが予想外の点を突かれた。
「そのクラスメイトって男だろ」
「そうだけど」
確率は約2分の1、当てずっぽうでも半分は当たる。
「てことはさ、『クラスメイトのお兄さんの弟』ってつまりクラスメイト本人じゃないのか」
「そうきたか。さすが叔父上、目の付け所が違う」
「だろ?」
にやにやとしながら、答えを待つ叔父上に告げる。
「でも、残念でした。そのクラスメイトは3人兄弟なんだよ。クラスメイトだった男子生徒のお兄さんの、クラスメイトじゃない方の弟の彼女の相談に乗ったの」
「ややこしいな、それ」
「ややこしいよ、うん」
「でも、晴名に相談って……恋愛事だろ? 人選間違ったんじゃないか?」
「まさか、うちの兄さんじゃあるまいし。それはもう、快刀乱麻を断つ活躍で」
「恋愛事ってそんなにばっさり断っちゃだめじゃないのか」
「じゃあ八面六臂の大活躍」
「なんか嘘臭いな」
「ほんとだってば」
「トラブルの匂いが」
「しないしない」
万事順調ナリ、と電報のように平板に呟いてみる。
力を加え、青色の半球の方を軽く変形させてカプセルを開けて、妙に嵩張っている紙を引っ張り出す。
——取扱説明書等在中。
「等」には、たとえばアクション系のコメディ映画のチケット2枚も含まれるらしい。
ユリイカ、と口の中で言ってみると、いやヤリイカじゃなくてスルメイカだろう、というかこれから食べに行くんだから今食うなよ、と叔父上がうるさい。
それでも袋を開けるとバトンを受け取る要領で運転席から手を伸ばしてきた。ひとつかみ渡すとうむ、と偉そうに手が引っ込む。
なあ晴名、とスルメから口が解放されたらしい叔父上が呼びかけてきた。
「今思いついたんだけどさ、そのクラスメイトってほんとに3人兄弟なのか?」
「なんのこと?」
どきりとする。
「ん、実は4人兄弟でしたー、とかいうオチも有りかな、と」
——お兄さんって、ど——
水元彩乃の声が甦る。
なるほど、「どちらの」でなく「どの」かもしれないわけだ。
「叔父上、すごい。それって盲点かも」
「だろ」
さすが叔父上、年季が入ったひねくれぶりである。ドッペルゲンゲルもなりすまし詐欺も裸足で逃げ出すに違いない。
しかしタカニシの未確認個体が存在する可能性は否定できない。なんてことだ。はっきりするまで落ち着かないじゃないか。
まあ、今度会うときに訊けばいい。
チケットを確認したところ、アクションコメディ映画の公開は今年限りだ。高西順也はあまり待つのがお好きでないらしい。
「で、結局、ロンパリってどんな話だった?」
たぶん見ないから結末まで話してくれちゃってOK、と怖いもの見たさという雰囲気で叔父上に感想を求められて、答えに窮する。
途中で笑いの衝動に負けてからずっと高西順也とロビーにいたため、途中から物語に付いていけていないのである。起承転結の「転」の部分がごっそり抜けているというのは、ストーリーを語る上で大問題ではないだろうか。
少しばかり考えて、まあいいか、と無難にまとめることにする。なんたってロマンス映画、わからないならわからないなりに、逃げ道を用意するのはたやすい。
「まあ普通に、恋愛って大変だけど素敵だよね、って話」
これで『Lで始まりEで終わる』は完結です。
ありがとうございました。




