Lose2(失う)
白いペチコートに赤い鼻、立てば立つほど背が縮む、ナニー・エチコート嬢は誰でしょう?
誰かって、もう名前が出てきたじゃない。ナニー・エチコートでしょう。違うの? だいたいペチコートってなんなのか知らないし。
叔父上は少し考えて言い直す。
白いペチコートに赤い鼻、立てば立つほど背が縮む、ナニー・エチコート嬢は何者でしょう?
あ、わかった。もうわかったから言っちゃだめだよ。答えは「ろうそく」。白いのは蝋、赤いのは火、燃えれば短くなるからね。それで、ペチコートってなに?
私が映画を観ようと思ったのは、そもそも叔父上との延期された待ち合わせの時刻までの暇つぶしのためだった。あらかじめ上映時間がわかるから、映画はこうした場面にぴったりだ。
——大事なのは映画を観ることじゃないから。
高西の言葉の意味をようやく呑み込む。
大事なのは「映画を観る」ことではなく、「決まった時間に映画館から出る」ことなのだ。
そうすれば、先ほど私が高西を捕まえようとしたように待ち伏せができる。映画館の出入り口はひとつ、間違った場所に立って待ちぼうけということはありえない。
——あと20分くらいじゃない? それくらい待てるでしょ。慌てないでよ、ちゃんと会えるんだから。
あの女の子がロビーで電話を掛けていたのが、待ち合わせの相手ではなく高西正希とアヤノさんを「偶然」出会わせるための協力者だとしたら。
あの、いかにもクリスマス前のショッピングを楽しんできましたといった風情で両手に紙袋を提げておろおろしている女の子がそうなのだろう。
もちろん私の登場は計画の外で、間の悪さを少し恨めしく思う。
「ていうか今の誰よ!」
「ウエムラさん」
「だからそれ誰よ?」
「ウエムラハルナさん?」
「だーかーらー、つまり誰なんだってば」
「わからないけど、市民プラザの人」
「はあ? わからないのはこっちなんだけど」
「誰か」と問われて、「上村晴名21歳独身市民プラザ勤務」などとパーソナルデータを並べたところで、だからなに、と返されるのがオチである。知りたがっているのは高西正希の隣にいた女が「何者か」なのだ。
しかし。はたと思い当たる。この流れだと「兄の元クラスメイト」という切り札も、だからなに、と突き返されるだけで終わるのではないか。しかもそう返されればそれだけですとしか答えようがない。
さてどうするかな、と騒ぎの中心からこっそり距離を取りつつ検討する。
なんだかんだと巡り合わせが悪かったとはいえ、私の責任もないではないだろうと溜息をつきかけ、ふと思い返す。
高西正希とアヤノさんとその友人らしき女の子たちが一堂に会したとき、高西が映画に「付き添い」として来たのは「見張り」としてだと納得したのだ。
しかしそれなら、この計画を知っていたらしい高西が、どうしてこの状況で替え玉作戦などという悪手に限りなく近い奇手で土壇場で引っ掻き回したのか。
もし高西が「見張り」の役だとしたら、あの女の子は映画館に入る必要はなかったのではないか。
事実が収斂してある可能性を指し示す。
高西も私と同じく「計画の外」であったとしたら——
「ていうかあんた、さっき初めてってロビーでもふたりきりで会ってたじゃん。なんで嘘つくの?」
「え」
「え、って何よ。なんでそんな嘘つく必要があったか訊いてんの。答えなさいよ」
「それ、見間違い」
「なわけないでしょ」
——説明がとてつもなく面倒じゃないか。
よし、見切った。なんにしろこの状況はお兄ちゃんの方の高西が来ないことには収拾がつかない。
呪うのも兄ならば祝うのも兄だ。論より証拠、百聞は一見に如かず、高西の登場がすべてを解決する。というか解決してくれ。
「え……どうしよう。ねえ、アヤノちゃん行っちゃったんだけど、えっと、どうなのかな。やっぱりここは、高西くんが追いかけた方がいいのかなって思ったり。えっと、アヤノちゃん足速いから、早く行かないと見失っちゃいますよー?」
高西正希の脇でうろうろしつつ、おーい、と呼びかけている女の子の肩を軽く叩いて注意を引く。
「大丈夫。私が行くから」
「あ、はい、よろしくお願いします……で、いいんだっけ? いいのかな?」
私がいてもどうにもならないなら、生真面目な義務感だけで長居するのは無用を通り越して邪魔になる。
ここはこの場を中立な第三者である高西に任せ、同じく冷静にして沈着な第三者である私がアヤノさんを追うのが最善の選択といえるだろう。適材適所というやつだ。
決して面倒そうな現場を高西に丸投げしているわけでも、このまま留まっていると火の粉が飛んできそうだから逃げるわけでもない。
さすがにこのまま行くのも寝覚めが悪いか。しばらく行ってから振り返り、腹に力を込める。
「高西正希!」
ミドルネームまで略さず、正式な名前を呼ぶ。
いたずらもわがままもお行儀悪も、これ以上続けるなら本気で怒るという合図である。
英語圏での子供の叱り方の最上級は、裏返せば威圧感を与えるので相手をフルネームで呼ぶのは避けましょう、というマナーにつながる。
そしてそれは異文化においても、場を制するだけの圧力を声に与える。
そう、こんなふうに。一瞬の隙を穿つことができればいい。
「お兄ちゃんに、次のデートには弟連れてくるなって伝えといて」
援護射撃を肩越しに一発、疑惑を破る風穴を開けられたかどうか、見届ける暇はない。




