Lemonade(レモネード)
レモネード
「スプリングワンが春一番、スプリングセブンが春の七草なら、スプリングエイトは何でしょう」というのも叔父上のなぞなぞである。
瞬間的に答えが思い浮かばないならば、衷心より投了をお勧めしよう。
答えは知る人ぞ知る、「温泉地にある八の字型の加速器」。
引っ掛け問題の類ではあるが、知らない人にとっては箸にも棒にも引っ掛かりようがない問題といえるだろう。
「ぺんぺんぐさ? 春の七草でいうとなずなの、ペンペン草? あの、ペンペン鳴るペンペン草?」
せりなずな、ごぎょうはこべら、ほとけのざ、すずなすずしろ、これぞななくさ。
春の七草が頭の中に浮かんでくるが、あいにくと私は春の菜っぱと書くハルナではない。
それ以外にはないだろう、とでもいうように、高西は億劫そうに浅く頷く。正直なところリン・パキュウ氏の前例があるので素直に受け取れないのだが。
「ペンペン草を、ペンペンいわせてた」
何をしていたんだ、その頃の私。
バナナの皮を剥くときに寸止めにする要領で、葉っぱのように見える茎を引き下ろす。それをでんでん太鼓のように振れば、ペンペン鳴らせるというわけだ。しかしなぜそんなことをしていたのかわからない。よっぽど暇だったのか。
「ほかには?」
「オジギソウをお辞儀させてた」
「えーと、あとは?」
「タンポポの綿毛を蹴散らしてた」
「……あ、それは今もやる、かも」
ただし人目に付かないようにこっそりと。通りすがりの男子高校生なんぞにも見つからないようにこっそりとである。
綿毛というものは飛んでなんぼのものだから、湿度の低い日が狙い目である。もちろん晴れた日には気分が良く風に乗る。露に濡れているときはしなしなしていてつまらないので、雨がやんで傘が無沙汰を主張するからといって、その先で白いぽわぽわを突くという誘惑は堪えねばならない。場所を覚えて、今日のところは勘弁してやる、近所のがきんちょに見つかるなよ、と念じて立ち去る。
しかし本当に何をしていたんだ、私は。高校3年にもなってそこらへんの草木と戯れている印象しか残さなかったのか。いや、毒にも薬にもならないような印象だからいいけれど。
「ちなみに、どこで?」
「バス停」
ああ、暇だったんだな、私。
自転車通学だったが雨やら路面凍結やらで自転車に乗れないときにはバスを利用したのだが、あのバス停の時刻表はあってないようなものだった。雨の日は遅くなるし晴れれば早くなる。
普段からバス通学の人とは違って発車時刻のタイミングがつかめず、何度怨嗟の声を吐いたことか。ついでに腹いせとして足元の草をぶちぶち引きちぎったこともあったかもしれない。
「まあ、そういうものかもね。印象に残ってるのって、結構こまごましたものが多いから。ほら、高校最後の文化祭の思い出とかもそうなんだよね」
レモネード・ラディカル、と店の名を響かせてみる。
レモネード原理主義というその名の通り、ひたすらレモネードだけを売る店であった。しかもアイスレモネード一本だ。文化祭当日が残暑の厳しい中だったので売れ行きは悪くなかったが、これが肌寒い雨の日だったらと想像すればなかなか無謀な企画であったといえよう。
「覚えてるのってなぜか文化祭そのものじゃなくて、余ったレモンの皮を調理部に引き取ってもらうのに苦労したり、ファミレスでやった打ち上げでなぜかまたレモネード飲んだりとか、そういうところなんだよね」
単純に売ってる最中は忙しかったからかもしれないけど、と笑いにまぶす。
調理部の連中には「どうせなら文化祭が終わる前に渡せ」と文句を言われたが、結局はレモンジャムをおすそわけしてくれた。
ファミリーレストランのドリンクバーでは、誰ひとり出来合いのレモネードには手を出さず、レモネード・ラディカルのモットー「レモネードはレモン汁と砂糖と水の混合物にすぎない」を合言葉に、各自がドリンクバーから人工レモン果汁の袋とスティックシュガーと水を持ってきて慎重に調合し、味を比べ合ったものだ。
私は唐揚げに付いてきたレモンを絞り、よりそれらしい味を目指した。結果は惨敗である。
「懐かしい?」
「まあね」
目を細めて、しかし懐かしさに身を委ねて過去に戻りたくはないのだ。
会話が一段落して、ほっと息をつきたくなる。
映画ならずとも筋書きのある物語ならよく、始まりの混沌が落ち着きを見せ始めたころ、観客を飽きさせないよう一波乱、とばかりに新たな登場人物が投げ込まれるものだ。
たとえばこの場なら、高西の彼女など出てきたら見ている側には面白い。あくまで、見ている分には。
悪い予感ほどよく当たり、バタつきパンはバターの面を下にして落ちる。
そんな世の常は、溜息のみならず真理に限りなく近い法則をひとつふたつ導き出す。
ロビーとの間を隔てる厚い扉が開き、音が、こもった熱気が流れ出してくるのが見えるようだ。
若い女の人、というよりは女の子がもどかしそうに後ろ手で扉を閉め、音を完全に遮断する。
左右を見渡す視線が、高西の後ろ姿と私の顔を捕らえる。
目が、合った。
けれどそれは一瞬で外され、高西と私が座っているのとは反対側に早足で歩み去る。
女の子に横目で注意を向けたままだった私は、その背が遠くなってようやく声を出す。
「今のって……」
「知り合い?」
「ううん、全然そうじゃなくて。結構長く話してたから、高西の相手の人が心配して探しに来たのかな、と思っただけ。こっちもちらっと見たんだけど気にはしてないみたいだったし、違う人だよね?」
「たぶん」
「あ、高西には見えなかったか。髪は短めでね、背は普通、結構薄手の服だけど何も羽織ってなかったからすぐ戻るつもりなのかな、高校生くらいの女の子」
「なら違う」
「そっか、ならいいんだけど。それにしても、高校生ってなんとなく、制服着てなくてもわかちゃうよね」
忘れていた第三者の不在を刻み込まれたようで、落ち着かない。会話が上滑りしていく。
バターが下でもパンが下でも、床に落ちたバタつきパンは食べられない。
上村も、と高西はぽつりと言う。
「3年前は高校生だった」
「……それはそうだけど」
いささか唐突な発言に面食らう。この状況で私がなんで出てくるんだ。
もしかして、卒業して3年も経っていない私は高校生とさして違わないだろうということなのか。
不意に別の可能性に思い当たる。
——なら違う。
この「なら」は、「高校生の女の子」に係るものだと勝手に思っていたが、実はそれより前の部分に係るのではないか。つまり高西の考えとしては、「高校生の女の子」はデートの相手として有りなのか。有り、なのか……?
よし、計算しよう。仮に私が大学生なら現在3年生。となると、単純に考えて高校生とは最小で3歳、最大で5歳差か。うん、いける。大した年の差じゃない。
愛は年の差を越えられるし、法律やら条例やらは超えられなくてもすり抜けられはする。高西ならうなぎのようににゅるにゅるとすり抜けることだろう。
さあ存分に恋するがいい、高西よ。




