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爆破技師、転生  作者: 芥之 相
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5.爆弾魔、街を救う

「ねぇ、これって今。どういう状況なのかしら?」

「え、記憶ないんすか?」

暗い部屋にネオンライトの卑猥な光が入り込み、ベッドの傍に置かれた椅子の上には、チェボブ君と、その膝の上に変な生き物が鼻息荒く私を見上げていた。

それにしてもボロ臭い部屋ね。

ベッドから立ち上がり、空気を入れ替えるために窓を開く。

「なぁ聞いたかよ。富裕層街で爆発だってよ」

「あぁ、聞いたぜ……それも、あのアストラ一家の家なんだろ? やべぇよな」

伸び切った服を携えて、血相を変えた男二人が走り去っていく。

「……物騒な街ね」

富裕層街…………そういえば――

「緑色の彼は何処に行ったのかしら」

「姉貴、俺も緑っすよ……いい加減呼び方固定した方が、兄貴も嬉しいんじゃないんすか?」

「…………」

とはいえ、この世界だと『ごんだたけし』なのよね……『ごんだくん』とも『たけしくん』とも呼びにくい……私の中だと、下瀬電のままだからね。

「そんな事より、その彼は?」

「師匠は今頃富裕層街や。わいの荷を持ち逃げしてな!」

キーキー五月蠅いわね、この生き物。

「姉貴、どうするんすか?」

「どうするって?」

「兄貴、帰ってくる気ないっすよ? 多分」

「そう――」

ガシッと丸い頭を掴む。何故か自分でも分からずに力が入っている様で、チェボブ君は小さく震えていた。

「な、なんすか姉貴」

「行くわよ。富裕層街」

「いや、姉貴――――ちょっと、ちょっと待ってくださいっす!」

「何よ」

腕の中で暴れるチェボブ君をそのままにしておけず。扉の前で立ち止まり、それを顔の前まで持ってくる。

「兄貴を助けに行くのは大賛成なんすけど、その格好はまずいっすよ」

「どうして?」

格好がまずいっていう話なら、この世界に来た時からそうだとは思うけれどね。

「富裕層街って特に警備が厳しいから、何かしら理由が無いと入れんからなぁ……その格好じゃ何言ったって信じて貰えねぇに決まってらぁな」

この生き物、喋り方がままならないわね……そういう育て方もあるのかしら。ペットって飼ったこと無いから分からないわ。

「姉貴ぃ」

むふふふと不敵に笑いながら、チェボブ君は体を捻る。

背負った盾に何かをしまっているのか、ガサガサと音を立てて弄り始めた。

……盾って収納の為のスペースになるのね。いざという時にしか構えないと思ったわ。

しばらくして、ニヤニヤ顔を隠さないままのチェボブ君が向き直った。

「俺、姉貴を見た時から機会があればと思ってたんすよ!」

「…………」

「見て驚くなかれ!」

じゃーん! と言いながら、チェボブ君は腕を前に持ってくる。

「…………何よ、これは」

「見た瞬間に理解してるはずっす! メイド服っすよ、メイド服!」

「それは見たらわかるわよ……どうして――」

「新人メイドとして潜入するんすよぉ!」

「…………成程ね」

理屈は通っているのかもね。

「だけれど、富裕層街の前まで行ったとして『新人メイドだな。よし、通れ』とはならないんじゃないかしら」

「それは俺に任せてくださいよ」

えぇ、そうね。とても不安よ。


「さぁさぁ、門番さん!」

「ん? 何者だこの非常事態に! ハンター以外の者は下がっていろ!」

中央ギルドは、何人ものハンターでごった返していた。

燕尾服の襟を立てて決め顔のチェボブ君は華麗に無視されて硬直していた。

それに――

「なんだか入れそうよ、チェボブ君」

どう見てもガラの悪い連中が富裕層街へ駆けて行っているし、門番もそれ所ではなさそう……予想以上に非常事態なのかも知れないわね。

感覚を澄ますと、大きな音が埃を纏って――

「煙たいわね」

中に行くの、よそうかしら。

やけにレースの多いメイド服で、顔の下半分を覆う。

「チェボブの兄やん、さっさと中行きましょうや」

「…………うるさいぞKCちゃん」

チェボブ君は肩を落として落ち込んでいる。けれどね、それ所じゃないのよ。

「落ち込んでいる暇はないわよ。さっさと――」

「了解っす! 姉貴ィィ! やっぱ大好きな兄貴を救いたいんすよね!」

「いや、あのね」

「――ひぃゃほぉーい! 行くぜKCちゃん! 道を切り拓くのはこの俺達だ!」

「勿論や! 一生ついて行くで! チェボブの兄やん!」

チェボブ君とKCちゃんはそう叫びながら、小さい体をハンター同士の隙間にねじ込みながら消えて行った。

…………小さいから、蹴られないように気を付けなさいよ。

声には出せないけれどね。

私もその埃臭い場所を離れるために、前へと進んだ。


チェボブ君達が通った跡なのか、所々倒れているハンターや引きずられたハンターがいて、比較的スムーズに前に進むことができた。

最後の群衆を横に抜けた先は、小さなベンチがポツリと立っている静かで寂しい場所だった。

周囲の喧騒が嘘みたいに、その場所だけは静かだった。

私はどうしてもそのベンチが気になり、それ所では無いと分かっていながらも……気がつくと、そこに腰かけていた。

他のハンターの皆は、一体どこに向かっているのだろうか。

それ程までの労力をかけなければならない相手とは、一体何者なのだろうか。

ここのギルド……大きい割に強いハンターがいるようには見えなかったから……苦戦しているのかも知れないわね。

私はハンター登録したわけでは無いし……戦う理由も分からないのだけれど。

正直、その場所を離れるのは辛かったが、足に力を入れて何とか立ち上がる。

行くしかないのよ……彼を、救わなければならない。

頭のどこかでは分かっている。

何がこの街を破壊しているのかを……これから先の、私たちの向かう結末も。


「おい、雑兵ども! 俺を通せって言ってんだ!」

「うるせぇぞオーク! 何が起こってるか理解できてねぇんだ!」

「なんだ、そんなに強い相手なのか?」

「それすらも分からねぇって言ってんだよ! ただ――その場所に近づいた奴らは、体が爆発するらしいぜ!」

「んだよ、それ……いいから、通してもらうぞ!」

私はそのオークという男が作った道を辿る様にして再び前に進む。

というより、狭い街中の戦いで扱いきれないハンターを招集するなんて、上は相当な無能らしいわね。

それか、使えるハンターがいないだけなのかしら。

「おい、メイドの人! ここは危ないから急いで離れた方が――」

「五月蠅いわね」

「ひ、ひぃぃぃ――」

さっきっから余計な心配の声と手が邪魔なのよね……女が戦いに向かうのがそんなにおかしな事なのかしら。

「おい、状況はどうなってる。アウスのおっさん」

オークが立ち止まった瞬間、周りのハンターに押しつぶされそうになったので、壁まで移動してその話し声に耳をそばだてる。

「おぉ、オークか……のぉ、ここにはもっとましなハンターはおらんのか?」

「おいジジイ! 悪口ならせめて声を落として話せよ! それに――」

オークは隆々とした腕を前に突き出して続ける。

「俺は強いぜ? そもそも、素行が悪くなきゃ、もっとランクは上の筈なんだ」

「若者、それは自慢する事では無いのぉ」

聞く価値も無い、しょうもない話しかしらね。

私は聞くのを止め、狭い道で詰まったハンターの脇を抜けようとした。

その時だった。

ドンッ! という音と共に、石つぶてを纏った風が私の頬を切り裂きながら通り過ぎて行った。

靡いた髪を押さえながら、傷口を拭う。

「彼じゃな? 受付の人」

「…………目視出来ていませんけど、多分そうです」

「嬢さんは見た事無いじゃろうが、あれは一流の爆破技師で無ければ出来ぬ芸当じゃよ」

「……だとしても、受付に来た人と同一人物だとは思えませんけどね」

「なんじゃ、マヌケ面だったとでも言いたいのかの?」

「そ、そうじゃないですけど」

下瀬君の顔が脳裏に……ぷふっ、と吹き出してしまった。

「うむ? お嬢ちゃん――」

また、心配されるのだろうか。帰れとでも言われるのだろうか。メイドだから?

「いーいうなじをしとるのぉ!」

「…………」

「アウスさん!」

「おぉ、すまんすまん……許してくれよ、お嬢ちゃん」

下心が見え透いた目線に慣れていて良かったわ。下瀬君には感謝ね。

「所でお嬢ちゃん、彼の知り合いかの?」

「彼って?」

「チェボブとか言った彼じゃよ」

「…………えぇ」

「……そうか、残念じゃが。彼はもう、死んでしもうたかもしれん」

「どうして?」

「……わしのせいじゃ」

「どういうこと?」

アウスと呼ばれたおじいさんは、爆発のした方向を向いて、似合いもしない神妙な顔つきになった。

「彼の知り合いだったチェボブ殿を、前に行かせてしまったんじゃ……これ以上の犠牲を出さぬために、止められると思ったんじゃが」

「……チェボブ君、どうなったの?」

「――出ってった瞬間、パッと! 消えてしもたんや!」

見覚えのある生き物が、アウスの肩からひょこっと顔を出した。

「貴方は、何をしていたの?」

「危ないから逃げたに決まっとるやろ! まさか師匠があんなに危険な人物だったとは思わんかったで!」

「馬鹿ね……貴方達は真実が何も見えてないわ。いえ、見ようとしていないのよ」

「お嬢ちゃん、一体なにが言いたいんじゃ?」

「彼は、そんな事をする人では無いという事よ」

「……どうするつもりじゃ?」

私が立ち上がっただけで、肌で感じることができる程の視線が集まる。

何よ、勇気の無いシャバ僧はか弱い女の子を見送ることしかしないの?

ま、元から期待はしていないけれど。

私は階段の一番上に足をかけ、アウスを――その他大勢を見下ろす。

「目の見えないものに怯えて、霞んだ真実すら目を凝らして見ようとしないお馬鹿さん達の中に、その正体を知りたい人がいるのなら…………いえ」

見ていられないわね。

前を向き直し、逆の足を前に出した途端――ふわっとした浮遊感。その直後、おへその内側に頭から引きずり込まれるような最悪の不快感が襲い、視界は真っ暗に。

気がついた時には――


「あ、姉貴!」

ボロボロのチェボブ君が、その奥にある多数の抜け殻が気にならない程の惨劇が、目の前で繰り広げられていた。

視界に収まらない程の瓦礫の山と、それを踏み荒らしている巨大な熊の人形の様な生き物。

それを攻撃する爆発が、熊の人形の所々から爆音と風を纏う円形の光となって周囲を揺らしている。

「……また、入って来てしまったのですね」

次々に起こる爆発を目で追っていると、真横から話しかけられ……驚きを隠しながらその方を向く。

「――貴方は? それに、その手に持っている白い箱は……?」

「私はアストラ一家に仕える執事であります……この箱は、小さき者が届けてくれた、大変貴重な物でございます……とはいえ、現在中身は入っておりませんが」

小さき者って……。

「兄貴っすよ! 今も戦ってるんっす! は、早く助けに行きましょう!」

「まだ諦めていらっしゃらないのですか? 先程、拳一発で吹き飛んで来たでは無いですか」

「あぁ! 姉貴の前で辞めろよ、渋柿!」

「渋柿……?」

チェボブ君はわざわざ渋柿の前に、小さく飛び跳ねて顔を真っ赤に訴えかけている。

「流石ね、チェボブ君……見直したわ」

「あ、姉貴?」

そんなチェボブ君の頭を鷲掴みにする。

「彼は今、『ごんだたけし』なの」

「……えっと? あ、当たり前じゃないすか」

「そうね。それで、その『ごんだたけし』は凄く危険な人物よ……貴方も知ってのとおりね」

「…………う、うっす」

チェボブ君は何かを思い出したかのように、生唾をごくりと音を立てて飲み込む。

「あの戦い方は、俺の憧れた……兄貴の姿そのままっす……最近、人が変わったみたいで……」

「貴方は、どちらの方が好きかしら?」

「え?」

「静かだけれど、マヌケでツッコミ癖があって、勇気のある彼と……戦いが大好きで、物凄く強い、誰も寄せ付けない爆破技師の彼と……どちらが好き?」

「お、俺は……」

チェボブ君の顔は見えないけれど、肩が落ちたのを見るに……色々と考えを巡らしているのかしらね。

でも、正直そんな事はどうでも良くて。

「いい? チェボブ君」

「は、はい」

「例えどっちの彼であっても、助けたい事には変わりないわよね?」

「……うす。確かに、そうっす」

「なら、頭を真っ白にして、今から言う事を成し遂げて頂戴」

「……っしゃ! わ、分かりました!」

両腕を上げて士気を上げているが、ブンブンと振り回すのだけはやめて欲しい。

顔に当たりそうで怖いのよ。

そんなチェボブ君を下に降ろし、私もその横にしゃがみ込む。

「彼が持っていた赤色のスイッチの事、覚えているかしら?」

「は、はい! さっき近づいた時、兄貴の手に握られてたのを見たっす!」

……やっぱりそうなのね。

「そう。だったらチェボブ君はそのスイッチを彼から奪い取って頂戴」

「え⁉ む、無理っすよ! 正面切っても勝てないのに……あの怪物が居たんじゃ」

「あのね、チェボブ君。彼は勝つわよ。だからその瞬間を――」

「ふっ」という嘲笑が、私の言葉を遮りながら降ってくる。

「無理に決まっていますよ……今のお嬢様は、誰にも止められません」

「……どうしてかしら?」

「この白い箱に入っていた物――フィレット殿が作成した、能力を活性化させるブレスレットを、お嬢様が身に着けていらっしゃられますからね」

フィレット……あの貧困街の女ね。

「お嬢様は生まれつき素晴らしい力とそれを生かし切りうる才覚を持っておられました……その能力が活性化されたとなれば……この街、ギルド、国は……もう御終いです」

「ふふふ」と不敵に笑いだす渋柿。

「どうしてそんな事をするの? 聞くところによると、貴方達アストラ一家はこの富裕層街でも一番のお金持ちなのでしょう?」

私の質問に、渋柿は遠くの方を見つめながら答えた。

「分かりかねる事です……お嬢様は、フィレット殿に情熱を注がれておりました……幼い頃からの唯一の心の癒し、お姉さん、拠り所でしたから……」

渋柿は改めて、私を見下ろして続ける。

「貧困街の方々が、反乱を起こそうと画策していたのをご存知でしょうか」

「…………」

「お嬢様はそのリーダーたるフィレット殿を、自らの手でお手伝いしたいと」

「――それで、この有様?」

「…………」

戦いは、更に激化していた。

私達が静かになったからか、遠くの方から響く声が、爆発の音に紛れて聞こえてくる。

まだ幼い、女の子の声だ。

「何よ――邪魔――しないで――この子――虐めないで――どうしたの――言う事――聞いてよ――ダメッ!」

大豪邸の瓦礫の中心を、怪物が思い切り叩き割った。

爆風と、それに乗る砂塵が、ドーナツ状に膨らみながら近づいて来た。

「姉貴――!」

顔面に張り付いたチェボブ君を引き剥がしながら、怪物の様子を確認する。

一つ一つの行動が大きい動作になるからか、怪物は腕を上げている途中だった。

綺麗に整った風に乗って女の子の声が……悲痛な叫びが聞こえてくる。

「この、ブレスレットのせいなの⁉ ねぇ! もう、戦うのを止めてよ! お願い! これ以上――」

しかし、怪物は動くのを止めようとしない。

腕を上げようともたもたしている内に、その胸元を爆発の弾丸が襲い掛かる。

『ごんだたけし』には、聊かの情も無いのね……。

容赦ない一撃に、怪物は足元をグラつかせる。

フラっと浮いた体。それに付随した真ん丸な頭に、2つの小さな影が見えた。

「作戦変更よチェボブ君!」

「はへ⁉」

細かい説明をしている暇はないの。ごめんなさい、チェボブ君!

頭を鷲掴み、全力で投擲する一瞬――

「女の子を助けてあげて!」

シュンッ! と風を切る音が耳を劈く。

正直言って、自分がこんな力が出せる事に驚いた。

改めて見上げると、砂塵を切り裂く一閃が、女の子に向かって――

ドンッッッ――――――‼‼‼‼‼

ほんの一瞬の出来事だった。

周囲を照らした刹那の閃光の直後、音も色も消し去る程の爆発が巻き起こった。

最早、自分の感覚なんて全くと言っていい程頼りにならなかった……しばらく、自分が生きて、息が出来ているのかも曖昧になった。

赤いスイッチを使ったのね……。

思考出来ているという事は、生きてはいる様ね。

次第に、シュゥという音と共に五感が戻ってくる。

耳鳴りもない。熱くもない。

屈んだ状態の私を、真っ暗な影が覆っていた。

その正体だろうか。私の上にふわっと緩やかに着地した何かを持ち上げる。

真っ黒で皴も汚れも無い、綺麗な燕尾服だった。

「………………ご無事で何より」

「貴方……どうして?」

体が半分焼けた、渋柿が立っていた。

「いえ、お嬢様を救う咄嗟の判断、お見事でした……ハッキリ言って、私はお嬢様を疑っていたのかもしれません……自分の心の底というのは、こういう時になってようやく試されるのかもしれませんね」

小さくふっと笑うと、渋柿は地面にお尻から落ちた。

「貴方――」

「まぁまぁ、お嬢さん。コヤツはわしに任せておけ……腐れ縁じゃ、死なせはさせんよ」

突然現れたアウスは、渋柿を横に寝かせ、焼けた肌を触り始めた。

瞬間、ざわざわと混乱した様子の多数の声が、背後から聞こえてくる。

「まさか洗脳術とはのぉ……アストラ一家はそんな力を持っておったのか」

「ふぉっふぉ!」と気味悪く笑うアウスは、突然真面目な顔になって私を見た。

「早く助けに行ってやるんじゃ。チェボブ殿も例の彼も、生きておるはずじゃからな……わしは、その他大勢を引き揚げさせる。邪魔な事この上ないからの」

「えぇ、言われなくても分かっているわよ」

「ふぉっふぉ! 元気で何よりじゃ――じゃが、例の彼には気を付けるんじゃよ」

「それも今更言われなくても分かっているわ」

強気で言い放つと、アウスはニヤッと悪寒の走る笑いを向けてきた。


――――それにしても、走りにくいわ。

普段薄着な分、余計にそれを感じる。

チェボブ君曰く、「ショースカのメイドなんて何のロマンも無いんすよ! やっぱロンスカっすよ!」らしいけど……今になってみても良く分からないわ。

……ビリビリに引き千切ろうかしら。「いやぁ、それもありっすね! 姉貴!」……疲れているのかしら……聞こえる筈の無い声が――

「姉貴! コッチっす!」

「え?」

分厚い靴を地面に押し付けて急ブレーキをかける。

声のした方を向くと、ボロボロの盾を構えた状態のチェボブ君が、女の子を支えた格好でよろよろと歩いていた。

何故気がつかなかったのかしら。

「よかった。貴方ならやれると思っていたわ」

「うす、姉貴! と言っても、俺は爆弾を防いだだけで…………」

「どうしたの?」

続きを口籠ったチェボブ君の隙をついて、女の子が距離を取った。

「私が姿を晦ませていなければ、あの化け物に殺されていたわよ!」

「だから! 化け物って言い方はやめるっすよ! あんたも兄貴の事を殺そうとしてたじゃないっすか!」

「それは――だって、私は――別に――」

女の子は地面にぺたりと座り込み……泣き出してしまった。

「喧嘩は後よ。早く逃げなさい……私は、彼を止めてから追いつくわ」

「で、でも。姉貴! お、俺も手伝いますよ!」

「貴方にお願いしたのは、女の子を助けることの筈よ」

「う、でも!」

「いいから行って――」

ドンッ! という音が遠くから聞こえてくる。

「早く逃げなさい!」

「は、はい! ――ほら、早く!」

2人が逃げるのを見送って、砂塵の奥にある小さな人影に目を移す。

「次はお前か?」

「……そうよ。全力でかかってきなさい」

そう言いながら、隠し持ってきた綿菓子を一口食べておく。

「可愛いからって、容赦はしねぇぞ……クロイ」

「あら、お上手ね。それは貴方の感想かしら? 『ごんだたけし』さん」

『ごんだたけし』はフッと小さく笑う。

「さぁ、どうだろうな……お前は俺を嫌っている様だから……俺ってことでいいや」

赤いスイッチを持つ右手を前に出し、その場で立ち止まった。

強い風が吹き、砂塵が晴れ、より一層強い光がそれを射す。

「お前は知っているのか? 何故俺が――俺の人格が、生かされているか」

「それが神様との契約だからよ……何を今更言って――」

「神は俺が殺す――その為に、下瀬の人格は消し去る」

「貴方ね。そんなことが出来ると思っているの? あくまでも、その体の主導権は下瀬君よ。貴方はその魂に縋りついている装飾品……下瀬君がその気になれば、簡単に掃われるような、塵以下の存在よ」

「案外な。その存在すら気にならない塵の方が、ずっとくっついていられるもんだ」

『ごんだたけし』がまた歩き出す。一歩一歩は小さくても、確かな威圧感。

「それに、塵だっていつか予想外の爆発を起こすもんだ……気を付けておいた方がいい。まだ小さな塵だが、いつの間にか大きな塵の山になってるかも知れないからな」

「……言っている意味が良く分からないわね。ひょっとして、今から私に負ける保険でもかけているのかしら?」

「いや。まぁ…………自信は無いが、一か八かやってみるって所だ――」

『ごんだたけし』は不敵に笑い、次の瞬間。

前屈みに走り出し、身を捩りながら赤いスイッチとは逆の手を地面に振り下ろした。

ドンッという音と共に地面を抉る鈍い音が響いた。小さくも勢いのある爆風に乗って、砂や石が飛び交う中、小さな体が勢いよく押し進んで来る。

今のは『爆弾岩の核』かしら。

最早、懐かしいわね。

「クロイ!」

「ッ――」

声に反応して、なんとか地面を思い切り蹴って後ろに下がる。

直後、私がいた場所には球状の小さな爆発が起こっていた。

巻き起こる砂煙と熱のせいで、目を開けていられなくなる。

両腕で顔を庇いながら何とか足を動かし続ける。

立ち止まったら、その瞬間にやられる。

私はその場を離れるように後退しながら、行方の掴めない『ごんだたけし』の気配を探す。

…………今の声、やっぱりね。

「逃げてばかり――やられっぱなしで良いのか⁉ 負けず嫌いの出世狂‼‼」

聞き捨てならないわね。後でぶっ飛ばさないと気が済まないわ。

ようやく砂煙の外まで逃げてきた所でブレーキを掛けると、『ごんだたけし』も同じく飛び出してきた。

身に纏った砂煙が薄くなっていくと共に、痛々しく血を流して傷口を抑え込んでいるのに気がついた。息も浅く、かつ早い。

さっきの『爆弾岩の核』が原因ね。

「無理をするのはやめた方がいいわよ。今は貴方の体では無いのだからね……制御が効く筈が無いわよ」

「……どうだかね。稀に思ってもいないことが口をついて出るだけだ……現に今、俺は立っているし戦えてる。それだけで十分だ」

「貴方、ロクな死に方しないわね……ところで、あの怪物もそんな雑な戦い方で倒したの?」

「いや、あの時は爆弾になり得る瓦礫が山ほどあったし的がデカかったからな。今よりもっと雑な戦闘方法で倒せた……それに、同じような事をしてもお前は倒せない」

ということは、さっきの爆発はその辺の石を爆弾にして使っていたのね。

「……ふふ、そうね。それが分かっていてまだ戦うつもり?」

「ああ、むしろ――瀕死かつ追い詰められている状況の方が、楽しめるからな……条件が揃ったって所だ」

「そう。なら、早く来なさいよ」

と、煽ったはいいものの……状況は最悪。

だって、私には武器なんてもの無い訳だし。何より、あの体が心配ね。

『ごんだたけし』は腰に提げた巾着袋から、新たに『爆弾岩の核』を取り出して構えた。

『爆弾岩の核』は手の中で嬉しそうに脈打っていて気持ちが悪い。

次あの爆発をもろに受けて、あの体は耐えられるのかしら……爆破技師という職業は爆発には強いらしいけれど……今の『ごんだたけし』は爆破技師では無い気がするのよね。

どちらかと言うと、片足突っ込んだ新人、みたいな感じね。

そろそろ私も覚悟を決めないと。

要は、あの赤いスイッチを奪えばいいのよ。その為にはどうにかして近づかなければね。

「行くぞ、クロイ」

「えぇ、いいわよ」

メイド服の至る所に隠されたポケットに手を入れていく。

確か、この辺に――――。

ゴソゴソと探していると、地面を抉る轟音を開始の合図に、次の攻撃が始まった。

けど、さっきと違って爆発の範囲が小さいし、近づく速度が比べ物にならないくらい早い。

さっきよりは動けるようになっているみたいね。

…………頑張って、下瀬君。今は貴方の体なのよ。

そんな事を願った所で、速度は緩んでくれるわけでは無い。

「――――あったわ!」

今まで、これ程に喜んだことは少ない。

フィレットとかいう女から借りパクしていてよかったわ。

手に握っているのは『村傘の先端』。私が持っている、唯一の凶器。

そして、体に刺さってしまえばどうなるかは分からない、最凶の未来でもあるわ。

でもね、やるしかないのよ。下瀬君。

「逃げないわよ……逃げないで、戦うのよ」

自分に話しかけていないと、逃げてしまいそうで。

それ程までの気迫なの。文句があるならこの場に立ってみなさいよ。

たった一度、僅か数ミリ秒の瞬きの後。彼の投げた石が、その奥の緑の悪魔が、数多ある線の塊になって、細かく揺れ動いて目の前まで――コマ送りの様に迫ってくるそれを――私は右足を動かして――なんとか――

「ちょ、っと――」

焦りからか、左足にまで意識が向いていなかった。

バランスを崩し、仰向けに倒れ――――『ごんだたけし』の腹部がゆっくりと横切っていく。

――――――迷っている暇は、ないの、っよ!

『村傘の先端』を前に――思いっきり投げつける。

狙いは『ごんだたけし』なんかではない――背負っているリュックサックで――

ザクッ、ザクッという音が、繊維を切り裂く感覚が、空気を伝って脳に響く。

狙いはズレたが、リュックサックの肩紐を切ったことで、それは持ち主の元を離れて宙を舞う。

視界の端。『ごんだたけし』を追いかけるように、砂の群れがそこまで来ていた。

あえて足を付き、飛び跳ねる。

最大限に体と腕を伸ばして前のめりに――

「よしっ」

リュックサックを胸に引き寄せ、地面に転がる。

肌を覆うような服装で良かった。

焼けるような温度と裂くような礫を肌に、メイド服越しに感じながら、その場から最速で離れる。

そして、目的の物――

「あった! ガミューラ!」

この世界に来たばかりの頃、下瀬君に預けておいた短剣――ガミューラ。

蒼い金属の芯以外は銀一色の短剣で、持ち手に紅宝石の装飾が一点。

神から譲り受けた物だけれど、実戦で使ったことは無い。だから、心配ではあるのだけれど……。

ガミューラはまるで生きているみたいに、規則的にその輝きを増し、紅宝石が淡い藍色の輝きを放って私の手首を照らしている。

「感じるわ…………あっちね――」

あくまで感覚的。ガミューラの意思で『ごんだたけし』の居るであろう方向を把握し、綿菓子をリュックサックに突っ込んでそれを投げ捨て、体の向きを変える。

「……彼は、気付いているのかしら」

私と同じ場所にいる以上、同じ環境で走り回っている筈。

視界は悪いし、その他の感覚も一切役に立たない。

私みたいに、感覚を持たない何かの手を借りていない限りは。

――――ドンッ!

正面で小さな発光と音が。足の裏で確かな衝撃を感じる。

……来るのね。どうしてかは分からないけれど、向こうも私の位置を知っている。

いつでも迎え撃てるようにガミューラを構えて更に速度を上げた。

しかし、その直後――ドンッ!

「熱ッ」

焼き刺すような熱の波が襲い掛かって来た。

露出した手と顔に激痛を越した衝撃が走る。

目もやられたのか、視界は白一色の世界に染められた……眩しすぎて、瞼を開いてはいられなくなる。

それでも、『ごんだたけし』が私から距離を取っているのが分かる……。

「彼が切り返すとき、熱の波だけが私の方に来たのね」

あんな感じで、戦いに関しては私より何枚も上手ね。

ガミューラが震えだす……危機が迫っていることを教えてくれている――

「爆弾――」

一か八か、気配のした方向にガミューラを突き立てる。

瞬間、何かを貫いたような鈍い衝撃と、より強い熱源が近くで巻き起こる気配を感じた。

爆発はしていない。していたら、私は消し炭になっている筈。

「…………何が起こっているの?」

訳は分からないけれど、生きているのならこの場所は危険ね。

私は『ごんだたけし』のする気配と逆方向に走る。

それと同時に「クロイ!」という叫び声が後ろから聞こえてきた。

「次の攻撃で最後だ! 逃げずに耐えきれば! 素直に引っ込んでやるよ‼」

「……彼は何を言っているのかしら」

逃げる? 耐えきる? 違うわよ。

「貴方のプライドをズタボロにして、二度と姿を現せない程に精神を打ち砕いて、グチャグチャにしてあげるわよ」

その為には、次の攻撃を真正面から受け止める必要があるの。

「さぁ、覚悟を決めなさい――クロイ」

身を翻しながら立ち止まり、目を開く。

時間を稼げたから……視界も良好。

『ごんだたけし』が爆弾の扱いが上手になっているからか、砂煙も足首ぐらいの高さまででしか漂っていない。

「皮肉なものね」

「…………そうでもない。向かい合って殺さねぇと何の意味もねぇからな」

砂煙の奥から『ごんだたけし』が姿を現した。

少し距離はあるけれど……次の勝負は一瞬。

「まだ、勝てる気でいるの?」

「いや…………というよりその短剣――さっきの炎は何だ?」

「炎?」

ひょっとして、さっきの熱源の正体かしら……。

『ごんだたけし』は何かを察したように小さくふっと笑う。

「その短剣、この世界の物じゃ無いんだろ? ひょっとして、神のオモチャか?」

「そうだったら、何なの?」

「……いやぁ」

『ごんだたけし』は不気味に笑い出した。そして――

「ソイツを破壊できりゃ……一矢報いるチャンスが――俺の爆弾が、神にも届く代物だって証明できるって訳だ‼‼‼」

「貴方、本気で――」

「あぁ! 本気も何も、俺は神を殺す! その為の不自由だ! そのオモチャをぶっ壊してやるよ‼‼‼」

『ごんだたけし』は走り出した。身を捩り、左手を地面に振り下ろした。

最後の『爆弾岩の核』が炸裂する。

今度は僅かな発光音も、浮かび上がってそれらを乱反射し、景色を覆い隠すものも無かった。

正真正銘の一騎打ちね。いいわよ――

「その自信、魂と一緒に撃ち落としてあげる――」

私が走り出すと、その距離は一気に縮まった様な気がした。

もう一度、地面を蹴り上げて加速――最高速に到達。

唯一の風の音も止んだ。

互いの射程範囲まで、僅か3拍程度。

――構え

――引き

――突いた

――――ザクッ。


張り詰めた肉を裂いたような甲高い音が、感触が、私の五感を現実に引き戻す。

『ごんだたけし』の右手を貫いたガミューラは、その骨を砕き、あらぬ方向に突き出ていた。

顔の横をスレスレに避け、目の前の団子顔が私を嘲った。

「惜しかったな……俺は瓦礫爆弾を使って、僅かだが空中で動ける」

「…………そうね」

前二回の攻撃は、私を油断させる為の、直線的で単調な攻撃だったという訳ね。

パラパラと落ちる灰が爆発痕を残し、それが視界の先で私を笑っていた。

「さぁ、勝負だ――俺の全身全霊の一撃は、そのナマクラをお前諸共吹き飛ばす!」

そうね。もう、止められないわね。

『ごんだたけし』は左手でガミューラの刀身を握り、両足を私の鎖骨に乗せた。

引こうと思えば引ける。

けれどね――

「早く押しなさい」

「あぁ」


カチッ――――――


永遠にも思える溜めの後、周りの全てを押し潰し、掻き消すような、真空の世界が訪れた。

小さな高エネルギーの塊が現れると同時に、ガミューラから噴き出した炎がそれを包んだ。

その2つの似通っている様で真逆の力は、最初こそ拮抗していた。

ドクン、ドクンと脈動するかのように肥大化する度に、ガミューラは歌声を上げながら炎を吐き、迸ったそれがまた1つとなって球を抑え込もうとした。

声は出せない。それどころか、呼吸することもままならない。

少しでも動いてしまえば、その2つの新たな命に内側から焼き消されてしまいそうで――――――彼もまた、同じ状況みたいね。

あくまでも、動けないのよ。

少しでもガミューラが押されれば、2人して灰になるわ……あるいは、瞬間跡形も無く消え去るかのどちらかね。

このままジッと、結果を待つのもいいけれど、それは性に合わなくて―――貴方もね、ガミューラ。

小さく震え、次にどうしたら良いかを教えてくれている。

私はガミューラを握ったままの手を捻り、斜めに構えた。

奥から小さな唸り声が聞こえたわけでは無い。ただ、彼が怯んだのが足を伝って来たので、次の行動に移る。

手を離していてよね……その体は、貴方のものでは無いのよ。

左手で右手首を支え、体と足を使い、重心をガミューラに乗せる。

そして――

スパンッ‼

爆発を包み込む炎の表面に、私が内側から振り抜いた通りの軌道でスキマが開く。

限界まで内圧の高まった大爆発は、唯一の逃げ場を得た。


ッ―――――――――――――――――――――――――。


音も光も鮮明に。脳に焼き付くようなその爆轟は、その下にある全ての地面を焼き尽くすかの如く、煌々と輝きを増していく。

それらがピークに足した時。そこで起きていることも、自分がそこに立っていることも分からなくなっていた。

少し遅れて、ここから離れなければ、という思考が追いついて来た。

早く、急いで……さもなければ、私は……彼は―――

感覚が―――知覚が無くなった頃。


私の意識は、プツリと糸切れた。



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