4. 生きるため、爆発
ネオンライトがギラギラと輝き、星の輝きすら寄せ付けない歓楽街を、クロイの脚を頼りに進んでいく。
お世辞にもいい匂いとは言えないし、人がごった返していてキツイ。
窓すらない建物もあれば、ガラス張りで中が丸見えの建物があり、一目で健全不健全が見て取れる。
それに、布面積の少ない人や亜人が多い。
目のやり場に困るから、ずっとクロイのえっちな脚を見つめている。
「――ねぇ、村傘の先端って何で貰ったの?」
「………………」
「ねぇ、無視やめて?」
あれ、聞こえて無いのかな?
「おーい。クロイくぅん」
「兄貴、追いラインはきしょいっす」
「え? チェボブ君はさっきから何の話してるの?」
コイツ地球出身だろ。もっと言うと日本出身だろ。
しばらく歩いていると、人通りがやけに少ない路地裏に入っていく。
そして――
「ほら、着いたわよ『宿屋 hope』」
チケットと宿屋を何度かチラチラと見比べ、諦めたようにクロイが呟いた。
止まれなかったふりをしてチェボブと一緒に脚に抱き着いたが、いとも簡単にあしらわれた。諦めて、クロイと同じ方向を向く。
確かに……宿屋と呼ぶには陰気で獣臭い。
チカチカと点滅するネオンライトの看板には『hope』と書かれていた。
換気扇の様なゴーっという音、周りの騒がしい声が懐かしく成程、閑散としていた。
「おぉ……」
「これ、ホントに宿屋なの?」
「そうみたいよ……無料で泊まれるのなら、我慢するしかないわね」
「俺は姉貴がいる場所はいつだってオアシスっすよ!」
「何を言ってるの? マジで」
「……さ、入るわよ」
クロイは扉を開けて中に入っていく。
むわぁっと生暖かい空気と一緒に強烈な獣臭が飛び出して来きた。
「――なんかさ、クロイ冷たくない?」
「疲れたんすよ。兄貴、煩いし」
「おい」
チェボブが邪魔そうな盾をひっかけながら、無理やり中に押し入って行った。
その後に続いて、僕も中に入ろうとしたのだが――暗闇の中から何かが――
「くゅえぇぇぇ!」
「ちょ、うおぉぉ‼‼」
キーキーと甲高い叫び声と共に飛び出してきた謎の生物が、僕の顔面にしがみつく。
その力の強い事。押しても引いても、壁に打ち付けても離れようとしない。
呼吸が出来ないのもあるが、頭蓋が思いっきり絞められて血流が悪くなり、思考がぼやけて鈍る。
と、とりあえずクロイかチェボブに助けて貰わねぇと……。
「うぐ、うぐぐぐっ!」
何でこうも直ぐ死のフラグが立つんだよっ! 暇がなくて楽しいわぁ!
「キュッ、キュゥゥウウゥ!」
耳元で五月蠅いわぁ‼‼‼ その喧しい生き物の頭を鷲掴みにし、何度か頭突きをお見舞いする。
八か九回、思い切り脳を揺らしたところで、確かに腕の力が緩むのを感じた。その隙を逃さず、腕を掴み、左右に引っ張り押し剥がす。
「なんや兄ちゃん‼‼ 初めましてやなぁあああぁ‼‼‼」
「うるせぇぇよぉぉ‼‼‼」
「わいは大歓迎やでぇえぇ‼‼ ささ、中に入りんさいやァァァアあ‼‼‼‼」
「耳元で――黙れよ‼」
「キュゥ……」
こんなに愛くるしい瞳をしているカワウソみたいな生き物が、いけ好かないシティ生まれシティ育ちが使うエッセエセの関西弁使ってるの、不快感倍倍増で最悪だわ!
「あなた、何をして――」
「な、なんだよその目は……」
「いい歳こいてお人形遊びが好きなのね――ま、いいのだけれど」
「これが人形に見えるの⁉ 耳鼻科行けよ!」
「何で耳鼻科? 眼科でしょう」
「何でもいいけど、よく見ろよ、こいつの顔――」
あれ…………激カワだ。
潰れた顔をしてはいるが、それが逆に愛嬌になっていて……目元は真ん丸キュルルン、尖った短い尻尾と耳が緩やかに風に揺れ、艶のある茶と白の毛並みは、見るもの全てを魅了する。そんなかわいらしくも小さいカワウソ――
「離さんかい! まりもの全盛期!」
うん。全部台無し。可愛い声なのが相まって凄く苦しい。
「うぉおい! バタバタ暴れるな!」
腕を少し伸ばして短い拳が当たらないように距離を置く。かといって離せばまた殺されかけるのがオチで。
それにしても……腐りかけのシャインマスカットか――いや、悪口だな。
「さ、早く中に行くわよ……もう疲れたわ」
「ねぇ、コイツどうすればいいと思う?」
「中から出てきたんなら、入れればいいじゃない……どのみち、店主にはこれを見せなければならないしね」
「……そうか。そうしよう」
クロイは身を翻し、また闇の中に消えて行く。僕は暴れまわるカワウソから顔を出来るだけ離し、その後について中に入った。
「おい、お前ら! 少しは大人しくしてくれ! 頼むからぁぁぁあぁ‼‼‼」
扉が閉まる時、カランカランとドアチャイムが鳴り響く。
だが、それよりも大きな声で叫ぶ厳ついオジサンが、店内を走り回っていた。
何を追いかけているのか。その先を追ってみると、見た事の無い醜い生き物がパタパタと舌を出し、目を見開いてオジサンから逃げていた。
いやぁ……すっごいアホ面だけど……楽しそう。
「……で、何やってるの? あの人」
「さっきっからこんな感じっすよ」
「声をかけてみたのだけれど……聞こえて無いらしいのよね」
「いつもみたいに蹴ってみれば?」
「――私がいつそんなことをしたのかしら?」
あ、自覚ない感じだ。
「それにしても、あなたにそっくりね。あの子たち」
「ぅおい! 誰がアホ面じゃい!」
「……そんなこと言ってないわよ――その手に持っている子、そろそろ放してあげたらどうかしら?」
「……あぁ。うん」
店内に入った途端やけに大人しいから忘れてたわ……手の中でシュンとしていて、こうしてみると可愛い。
僕は手を離す。なのに、短い手足、体を曲げて、僕の腕にしがみついて来る。
「……何してんの」
それだけなら良いのだが。いつぞや僕がクロイの体を這い上った時みたいに、僕の肩までよじ登ってきた。
「師匠……わいはアイツが怖いんや」
「…………クロイ君。今の声ってどこから聞こえてきたの?」
「その肩の子よ」
「師匠! 冗談きっついわぁ!」
ペシンッ! と側頭部をシバかれる。
まーた変なキャラ追加かい? キツイって。処理しきれんて。
「じゃ、私はあの人の手伝いをしてくるから――行くわよ、チェボブ君」
「よし来た! 俺の出番すね!」
言うが早いか、チェボブは変な生き物を追いかけて行き、クロイは追い込み漁で近づいて来た生き物を抱えあげていた。
その優しさ……僕に下さい。
「何か師匠、辛そうやないすか……わいが慰めたりまひょか?」
「そのエセ関西弁やめて? きっついわぁ」
「関西弁ってなんや、師匠」
「まぁ、喋り方は良いとしても。師匠はやめて? 僕はいつお前の師匠になったの?」
「何や照れくさいなぁ。あんた、わいの二面性の部分見たやろ」
「に、二面性?」
「あぁ、二面性っちゅうのはな……同じく二面性を持つ者にしか見えん、人の隠れた部分なんや……まぁわしは命の危機に面した時しか出んし、制御も出来んからあれやけど」
「はぁ」
て、ことは僕にも二面性があるってこと?
お前に何が分るんや!
「いやいや、ないない。僕は僕だよ」
「まだ、自覚してないだけっちゅうことや。あの時、わいはあんたにシンパシー感じたんや! あんたはわいを育ててくれる師匠っちゅう訳や!」
「意味分かんねぇよ!」
え? 僕がおかしいの? シンパシー感じたら師匠にするのが、弟子界隈では当たり前なの?
「はぁ――はぁ――君ら、何者だい? はぁ――まぁ、なんにせよ――助かったよ」
息を切らしたオジサンが顔を上げた。
そこで改めて顔を見たが、傷だらけの顔に、頭に巻いたバンダナで目元を半分隠し、歴戦の勇者の様な貫禄を放っている。背も高いし、体躯も立派で少し怖い。
が、クロイは全く気圧されていない。僕とチェボブは脚の裏に隠れ、オジサンを見上げて様子を見守る。
「宿屋に訪れたのだから、宿泊客に決まっているでしょう。はい、これ」
「……ん。お、あんたら、フィレットさんの知り合いかい」
「知り合いって程のものでもないわ」
「そうか……だが、これは――俺が貧困街の奴らにだけ渡しているものだ……それを貰わなきゃなんねぇってことは、お前さんらも生活に困っているだろ?」
「…………」
答えないと効いてるみたいになるけど大丈夫そ?
「とりあえず、これは返そう」
「どうして?」
「俺は、例の計画に手を貸せないからな……貧困街の奴等に宿を提供するくらいしか、できねぇからな」
「例の計画?」
「――あ、いや……聞かなかったことにしてくれ」
「そう言えば知り合いでもなかったか」と呟きながら、オジサンは1,2歩と距離を取って、僕やチェボブの方を見下ろした。あるいは、クロイの脚をエッチな目で――。
「左足は僕のだぞ!」
「右足は俺の!」
「飛びかかるぞ、チェボブ!」
「うっす!」
「――――ひゃぁあぁぁあぁぁぁ‼‼」
僕とチェボブは同時にクロイの脚から飛び出し、オジサンの脚に飛びついた。と同時に、誰が出した声なのか、甲高い悲鳴が聞こえてくる。
「うわ! 嫌だ! 離れて!」
「ちょ――」「まっ――」
オジサンが両足をパタパタと動かし、その度に金の玉がヒヤッとする。空中ですれ違うチェボブの悲鳴が、その度に空を切る音を越えて聞こえてきた。
てか、声の正体このオジサンかよ! こんなに厳ついのに……歴戦の勇者面なのに?
「うわぁあぁ!」
ドスン――。
オジサンがしりもちを。その反動で、僕とチェボブは蹴り出されてしまった。
「チェボブ君!」
「なんすか⁉」
「絶対痛いよね⁉」
「多分すけど、俺はそうでもないっす!」
「あ、そう――――ダバッ」
グシャっという音が……僕の顔面から鳴った。
「……やっぱ、そうでもなかったっすね」
「え? 僕の顔見てそれ言えるの?」
マジでキモ据わってんな……あ、舐められてるだけか。
「師匠、早く出た方がいいんやないかなぁ」
耳元でくすぐったい、生ぬるい吐息多めボイスで「話しかけるな!」
「あ……師匠。失礼します!」
ピョンってアニメでしか聞いたことない音と一緒に、カワウソが飛び出す衝撃が肩を走った。
「一体何が」
「――兄貴、周り見ない方がいいかもしんないっす」
「んあ?」
チェボブの方を見ると、何故か盾を構えて柵の隅で丸まっていた――柵? そういえば今何処に――
「「「「「「「「「ガルルル」」」」」」」」
周りを見渡すと、こちらを睨みつける赤い眼光がいーっぱい。あら、ファンボーイ達かしら――
「「「「「「「「バウッ‼‼」」」」」」」」
「ギャァァアアアアァア――――ウグッ」
喉が閉まったと思ったら、空中に居た。足元では、飛び跳ねる動物たちが牙を剥いて、ガシガシと鳴らしていた。
「す、すまん……この子達は自分のテリトリーを荒らされるのが嫌いなんだ――おい。お前ら、ドワーフか?」
プルプル震える腕に気がついた次の瞬間に、僕たちは床を鳴らしてオジサンの足元に立っていた。
「ガウ‼‼」
「うぉい!」
柵を揺らしてまだ吠えてくる謎の生き物に驚いて後退りすると、何かにドカッと当たり「ひゃぁ!」と情けない声を出して前に飛び跳ね、また柵の生き物に驚いてその場で丸まる。
「驚き過ぎよ――さ、早く部屋に行くわよ……もう疲れたわ」
「抱っこ!」
「は?」
「怖いから、抱っこ!」
「あのねぇ――」
「あ、俺も俺も!」
「姉ちゃんも大変だな」
クロイに蹴り上げられながら、僕たちはこじんまりとした部屋に辿り着いた。
内装は木製の机と椅子が端に、ベッドが1つずつ詰め込まれていた。
入って直ぐ、ただ1つの窓から、向かいの換気扇が見え、微かなネオンライトの残り火が唯一のインテリアだった。
「じゃ、僕がベッドで寝るから。お前らはその辺で寝てくれ、な」
ぺこり。「ごめんなさい」
冗談ですやん。ちょっと調子乗っただけですやん。
にしても、今のクロイの眼光には力がない気がする。
クロイは僕に目も気もせず通り過ぎ、ベッドに座り込んだ。
僅かに照らされた顔は、真っ白というよりは僅かに青みがかっていて、目の焦点も曖昧だ。
「兄貴……姉貴、大丈夫すかね」
「大丈夫だろ」
クロイって確か天使だしな…………。とはいうものの、全く心配じゃない訳では無い訳で。
僕は椅子に、チェボブは机に飛び乗って、クロイの方を向く。
「もう寝たら?」
「でも――私達には時間が無いのよ……明日からの予定も決まってないし」
「……前も聞いた気がするけど、何でそんなに急いでんの?」
「別に……分かったわ。もう寝る、から――」
ドサッと。脱力したように顔から倒れ込んだクロイを見て、流石に心配になる。けど――
「出来ることは無いんだよな……」
「そっすね……原因も分からないし」
「…………甘い物」
「え?」
クロイの顔が九十度動き、目が合うと、そう呟いた。
「リュックサックに入っていた、綿菓子――」それを最後に、クロイは目を瞑ってしまった。寝たのか、気絶したのか。鼻息は聞こえるから、生きてはいる。
「……綿菓子ってなんすか?」
「甘い雲みたいなやつだよ……今聞く?」
「明日はとにかく、そいつを探すとこからっすか?」
「いや、盗まれたリュックサックの中に入ってるよ」
「じゃ、例の男の子をひっ捕まえてそれを取り戻すところからっすね」
「うん……そうね」
「じゃぁ、俺達も寝ますか?」
「あぁ……うん」
「うす。お休みな――」
チェボブは机の上に横たわり、一瞬で眠ってしまった。
皆分り辛いだけで、各々で疲れてるんだよな。
異世界生活始まって二日。全然エンジョイできてないわ。
何なら、現世より辛い事の方が多い……何回死にそうになったんだろうな。
フードが外れ、顔面を露わにしたチェボブの鼻をつまんでみる。
「…………ふがっ」
そう口で呼吸したと思ったら、横から拳が――シュッ。
「残念だったなチェボブく――うがっ」
外した腕でまさかの裏拳。そして無意識なのか腕を掴まれていたために飛び退くこともできない。そして、改めて引いた拳が、ストンッ――
「ブフッ――」
少しの間宙に浮き、パフっと柔らかいベッドに横たわって着地した。そこでクロイが寝ていることが脳裏に過り、直ぐに上半身を起こした。
起きて――無いよな。
顔を覗き込んだが、しっかり寝ていた。
あーよかったよかった。ワンチャン殺されるからな。
僕はベッドの上に起き上がり、クロイに毛布を被せる。その時、ふとクロイの顔に手が当たったんだけど――
「アッツ!」
思わず反射で手を引く程、クロイの体温は高かった。
ホントにヤバいのかもしれない。
とりあえず、水とタオルを探そう……最低限、それくらいはあるだろ。
僕は、入口直ぐにあった扉を開き、中に入る。
「一応、トイレと風呂はあるのか……」
所々カビも生えているし、ぬめぬめするけど……真っ白なタオルと、何処に売ってあるのか分からない程テカっている桶に水を入れ、その部屋を出る。
椅子を引き、ベッドの横に着け、その上に桶を置く。
水はひんやりと冷たく、純粋無垢に揺れている。中からタオルを上げ、絞ると、無数の波紋が水の上を走り、壁にぶつかって、消えて行く。
慎重にクロイを仰向けにして、額にタオルを乗せておいた。
……湯気出てるけど……大丈夫かよこれ。
甘い物食べないだけで、こうなるの?
天使も大変だ。
朝。なのか。
誰かの叫び声が窓を震わせ、空気を伝って、脳を貫通し、床で寝る僕の向かいの壁にぶつかって、また鼓膜を震わしてきた。
「……うるせぇ……」
「言ってる場合じゃないっすよ兄貴、起きてくださいよ」
「んあ?」
試しに目を開けてみると、やけに眩しいネオンライトがピンク光を刺してきた。
朝ならもっと心地いい陽の光で目を覚ましたいわ。
喧嘩の声なのか、なんか叫んでるし。床は硬いし。
「姉貴の顔が、ハゲタコみたいに真っ赤なんすよ!」
「ハゲタコって……」
只の悪口じゃん。寝起き5秒の頭に突っ込む語録が無いよ。
「あ、元から無かったわ」
僕、高卒だった。
「なーにをブツブツ言ってんすか! 無能クソ店主が甘いものはチャオチューブしかないとか訳の分からん事言ってて……まるで今の兄貴っすね!」
「んな」にを言ってんだ……。
「兄貴、チャオチューブってなんすか?」
「真顔で聞いて来るな、知らんから……あと近い」
団子鼻を押し潰し上げると、ベッドで湯気を出して目をぐるぐる回しているクロイが、真っ先に目に入った。
タオルがチリチリと燃えて弾けてるように見える。
「甘い物がない家ってあるんだな」
「ホントっすよ!」
よーし。頭が回って来たぁ!
「とにかく、不味い状況だな!」
「状況確認が済んだところで!」
チェボブが僕の肩を思いっきり叩いて。「俺、フィレットの姉貴のとこ行ってくるんで、兄貴は看病お願いします!」
「――ちょっと待て!」
「なんすか!」
お前に任せられるか! とは、言えない。
目がキラキラぁって、眩しすぎるんだから。
「僕が行くから、看病してくれよ」
「んな――俺を信用してないんすか⁉」
「いや、そうじゃなくて――」
「だったら!」
「お前にしか……クロイを任せられないんだよ……」
漢の涙。熱き友情。信頼の握手。息の合わないハンドシェイク。
「兄貴」
「クロイは、お前に託した――」
「私も、行くわよ」
バッと音がする程の勢いで、二人して振り返る。
上半身を起こしたクロイの額から、タオルがずり落ちている所だった。
急いで近づき、布団を捲ろうとしたクロイの手を止める。
「僕一人で行ってくるから、寝てろよ」
クロイの目がスゥと細くなる。
信用なさすぎない?
「ある訳がないでしょう」
「え? 心読むのやめて?」
「別に、読んでないわよ――」
クロイは横になり、布団を被った。
横を向き、真っ赤な耳しか見えない。
「じゃぁ……よろしくね」
「お、おう」
急に素直だな……流石に面食らったわ。
タオルを持ち、桶の中に入れ、それを持ち上げた。
「じゃ、クロイは頼んだ」
「……マジで兄貴が行くんすか?」
しぶしぶ桶を受け取りながら、チェボブは疑うような目線を送ってくる。
「何をそんなに疑ってるの?」
「だって兄貴、たまに暴走するじゃないですか」
「そんな描写あった?」
「兄貴、自覚が無いから暴走なんすよ……」
「諭すように言うね」
コイツ、こんな頭良かったっけ。バカにし過ぎか。
「あと――」
チェボブは懐から杖を取り出し、僕に向けた。
「運悪いじゃないですか」
「まぁ、そうだけど……今にも死にそうな奴がいるんだから、起こるかも分からない未来の危険性に怯えてたってしょうがなくない?」
「だから俺が――」
「だってお前バカじゃん」
「………………」
「あ――」
また、悪口が口をついて出てきやがった。
メッ! なのに……お口にチャック着けたい。
「く、くそっ……」
目の前でチェボブが、ガクッと膝から落ちていく。
「兄貴に言われるなんて……」
聞き捨てならんなぁ……なら怒ってくれた方がマシだわ。いや、やっぱ無理……そういえばコイツ、フィジカルエリートだ。
そろーっと、ブツブツ呟くチェボブの傍を通り過ぎ、僕はようやく部屋を出た。
部屋を出て階段を降り、フロントのある一階に辿り着くと。
「だっからお前ら! 与えられた分の飯で――おい! ストロングマッハを虐めるな!」
オジサンがわちゃわちゃと、ご飯を貪る動物たちに翻弄されていた。
それに気を取られていると横から――
「よっす! 師匠」
と飛びついて来るカワウソみたいな生き物。
「『よっす』じゃねぇよ……肩に乗るのやめてくれない? 電気ネズミじゃないでしょ?」
「俺、ネズミじゃねぇっすよ? そんな下等な――」
「それ以上はやめとけよ」
危ない危ない。今度は国家権力級に命を狙われる羽目になる所だった。
「おう、ようやく降りて来たか」
「はい……朝から大変すね」
「これくらいは慣れっこだがな――」
脚を噛みつかれても平気そうなオジサン……伊達に勇者面じゃない。
「そういや、その肩のカワウソちゃん、貰ってくれんのか?」
「はい?」
「ソイツ、他の奴よりやけに知能が高くてな……貰ってくれると有難いんだが」
「いやいや、いらないですよ……それに、命を譲渡するのってどうなんすか?」
「むぅ……それはそうだな」
てのは建前で、そんな金も愛もねぇよ! が本心なんだけどね。
「なに言うてますン⁉ わしゃアンタに付いて行くって決めたんや!」
「うるさい! ぐぐっ――」
ダメだ。いくら引っ張っても離れねぇ……何なら爪が食い込んで滅茶苦茶に痛い。
僕が引っ張るのを止めると、瞬間。戦争が終わった。
こんなのと今からお使いクエスト行くの……? 無理なんだけど。耳元で「っしゃ! 行くで師匠!」とか言ってるんだけど…………頭痛いよ……。
「まぁ、なんだ……ソイツをどう扱おうが俺はいぃんだけどよ――」
「あなたも勝手ね!」
だからオジサンってやっ!
「もしかしてあんた、クエスト受けてたりするのか?」
「ググッ――あ?」
KCちゃんの爪を一本一本慎重にはがしていると、オジサンが一歩近づいて来た。
「あぁ、いや――フィレットさんに会えたってことは、貧困街の奴か、クエストを受けたハンターだと思ってな……お前は、ハンターか?」
「多分ね。正直自覚ないし、証明できるものは無いけど」
「そうか、なら――」
オジサンは背中に手を回し、真っ白な箱を取り出した。
「こいつを富裕層街の一番高い家に持って行って欲しいんだ」
「……何で? そんな暇ないし」
「報酬は先払い、色も付けてやる――」
オジサンは右手を懐に入れ、取り出したお金を箱の上に乗せた。
「いや、だから」
「ほらよ、KCちゃん。コイツが欲しいんだろ?」
「ん? わお! 『荷』やんけ!」
KCちゃんが二足立ちに、その箱を受け取った。
今しかねぇ! と思ったが、その足の爪の鋭い事。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」
「おっと、すまんな師匠」
KCちゃんは箱を持ったまま、脇で僕の肩を挟み、下半身をだらりと垂らした。
んだコイツ! 僕は止まり木じゃないんだが⁉
「足止めて悪かったな……ソイツをよろしく頼む」
「あ……うす」
あぁ~あそこで断れないかぁ。
ハッキリ、大いなる後悔です。
ネオンライトを掻い潜り、街の中心にあるギルドを通って、現在。貧困街の入り口の前に立っている。
色々すっ飛ばして真っ先に来たのには、リュックサックを見つけに行きたかったのもあるけど……。
「早くフィレットさんに会いたい!」が本音。
「はぁ。師匠って正直になれないんすね」
「……何の話? その荷物のこと?」
「いやいや……ホントはわしの事すっきゃねんやろ? そのフィレットかなんか知らんが、わしが人混み嫌いやから避けて通ったんねやろ!」
あぁ~また。「まーたありもしない譫言言ってら! そのエセ関西弁直したら考えてやるよ!」
「なんや、またそな話かいな! 関西弁っちゅうんがなんか知らんが、わしゃ生まれつきこの喋り方や! 直すもクソもあらへんねん!」
「あぁ……そう」
もういいや。
正直、吐きも迷いもせずにここまでこれたのは奇跡に近い。
KCちゃんが周りの喧騒を押さえて話しかけて来るのが大きかったのかもしれない。
ノイローゼになりかけたのはコイツのせいだけどな。
貧困街に入ると、やはり閑散としていて、人の気配すら感じられなかった。
心なしか天気も悪くなっていったように思える。
心はこんなにもウキウキしているのにね。何でだろう――
「なんやけったいな所やなぁ」
「お前だなぁ!」
原因は明らかだった。
「――お前、誰だ」
「あ?」
昨日、フィレットさんと長々とやり取りした屋根下に辿り着くと、そこには見知らぬ男の子が立っていた。
髪はぼさぼさで伸びきっていて、目つきも悪く……上下ちぐはぐな服にぐちゃぐちゃになった靴……あれ。
ガチャ――
「やぁ、おはようフォン――おっと」
扉が開き、暖かい空気を纏いながらフィレットさんが飛び出して来ると、目の前に居た、フォンと呼ばれた男の子がその脚に飛びついた。
「姉さん――」
すりすりしてるじゃん! 顔真っ赤じゃん!
口元がニヤッと上がるのを、僕は見た。
「あ! ずるい!」
僕も負けじと、空いた脚に飛びつく。
暖かくも柔らかい脚だった――クンクン。
「んぐ。焦げ臭い」
「ごめんね、さっきまで作業してたから」
「いや」
これはこれで……てか、僕の前職場の方が二億倍臭いし。
奥にある女の子の匂いを感じ取ろうと団子鼻を擦りつけていると。
「おい! いつまでやってんだよ!」
幼くも高い声と小さな手が、僕を掴んで引き剥がそうと――
「やだ! やーだ!」
「お前、いい歳して女にベタベタと!」
「あ! いっけないんだぁ! 今の時代に女とかなんとか言って――僕はまだ若いだろ!」
「おいコルァ! 師匠に何してくれてんねやクソガキィ!」
「んだコイツ!」
「ちょ、暴れるな――」
ドスン。
頭と一緒に脳が波打つ。
「ほら、リュックサックだよ!」
頭の上に落ちてきた隕石。頭の中を飛び回る小鳥たち。
昨日重くなかったし、わざと勢い着けて落としたよね? そんなに嫌だっの? なら必殺!
跳ねたリュックサックのモノマネッー!
「中に入ってた手紙、もう抜いちゃったから。クエスト、ありがとね――じゃ!」
「ちょ、姉さん!」
言うが早いか、中に戻っていくフィレットさんと、それを追いかけるフォンと呼ばれた男の子。
あれ? ツッコミ無しですか……?
「師匠、いつまでそうしてる気なん?」
「はい。触れたね! あーあ! 腫物だったのになぁ!」
「急にどうしたん? 何を怒ってますン」
「…………」
全然ダメ。エセ関西弁のクセしてツッコミがぬるい。
といっても、クロイのはツッコミってよりは暴力だけど。
そんなことよりだ――
「ほら、これ。クロイんとこ持ってってやってくれよ」
リュックサックを開き、ふわふわのビニール袋を取り出して、KCちゃんに突き出す。が、KCちゃんはまさかの無視。
「おい」
「なんや師匠! こんな可愛いわいを一人で戻らすっちゅうんか!」
「うん、そうそう。ほら――離せよ!」
とんでもない――馬鹿力――
「離せ!」
「いやや! これは師匠とわいとを唯一繋ぐ架け橋なんや!」
「何を訳の分からない事を、言って――」
「っやッ! そんなとこ、触らんといてぇえぇ!」
「エロい声を出すな!」
そうやって押し合い引き合い、叫び叫ばれしていると――
「うっせぇぇ‼‼‼」
「ひゃぶ」
背後のドアが急に襲い掛かって来た。
しかし角度が丁度良く、吹き飛んで行ったのはKCちゃんだけで済んだ。
それを横目に、真上に飛んで行った箱をうばいかえそうと飛び跳ねるが。
「なんだこれ」
跳ねた僕よりも先に、フォンがその箱を取り上げた。
僕って、身長低すぎ?
「おい! 返せ!」
そんな自分が嫌になって八つ当たりすると、フォンの顔がキュッとキツくなった。
箱を耳元に、カタカタと横に振った。
「おい、何する気だよ」
僕が聞くと、フォンの口角が吊り上がる。
「開けるんだよ」
んな⁉
「させるかぁ!」
飛びついた途端にドアがトンッ!
団子鼻が更に腫れあがったのを感じつつ、KCちゃんに近づく。
「ねぇ、KCちゃん助けてよ!」
…………返事がない。
「箱が男の子に奪われちゃった――」
「んに晒しとんじゃ! このボケ人間!」
目つきを変えたKCちゃんが起き上がり、地面を蹴り上げると、ドアに突っ込んでいった。
その小ささやドアの頑丈さを考えると、破るのは無理だと思われたが。
ベコっと金属が歪む音、その直後、蝶番のピンが飛んでいく音がここまで聞こえてきた。
な、何て力なんだ……あんなのに戦争を挑んでいたのか……。
なんて考えていると。ドアが吹き飛び、ニヤニヤ笑うフォンが現れた。
箱を手に屈んでいたために、ドアで飛んで行かずに、KCちゃんの視界に入ってしまったのだ。
南無阿弥陀仏。
みるみるうちに男の子の表情は青ざめ、口も開いていく。
「ガルルル――荷は大切にするもんやでちびっ子!」
そう叫ぶと、KCちゃんは男の子に飛びついた。
あれ? 箱は無視なの?
「ラッキー!」
僕は今度こそ箱を手に、その場を後にした。
ほんのちょっとだけ申し訳なかったので、貰ったお金の袋は置いておいた。
背後で、フィレットさんの声とKCちゃんの叫び声……そして、聞こえてはいけない機械音が――。
ごめんな、フォン、KCちゃん……強く生きてくれ。
しばらくして。
そう言えば綿菓子を渡し忘れた僕が戻ると、意気消沈のKCちゃんがポツンと扉の前に座っていた。
そこにフィレットさんも居たが、僕を見て、ムッと頬を膨らませ、直ぐにガッタガタの扉の奥に消えて行った。
お金だけはしっかりと握っていた。
それで許しておくれよ。
「おーい。KCちゃん?」
「あー? なんや兄ちゃん。わいは何もやる気が起きんのや……すまんな」
「……そう。悪いんだけど、これ、歓楽街の『宿屋 hope』にいるクロイって奴の所に持って行ってくれない?」
「あー? 配達の依頼か?」
「そうそう――」
「ほんならワイに任せときや! ついでにぶっ飛ばしたい奴もおるしな!」
急に元気になったKCちゃんだが、目の焦点が合ってない。瞳孔がグルグル回っていて……前すら見えてないんじゃないか、これ……。
一体何をされたんだ……フィレットさん、恐ろしい女。
「因みにぶっ飛ばしたい奴って?」
「ごんだや! あのクソゴブリン! ワイの荷物持ってったんや!」
「あ、そう――」
世にも恐ろしいことに、標的を置き去りに、KCちゃんは走り去っていった。
あーあ。もう帰れないやつね。
まぁ、いっか……魔王倒すの催促されなくて済むし。
静かにその辺で生きていよう。
地図を眺めるに、富裕層街は歓楽街と商店街の間にあるらしいのだが……。
街の境にあるのは、先も見えない程高い壁と綺麗な空だけ。
あと――
「もっといい写真あったろ」
僕の手配書。
この世界観で写真とかあるのは凄いのは分かるし、いつ撮ったのかも分からないんだけどね。
「ホント醜いよな」
「でもコイツ、酒場でオークの野郎を投げ飛ばしたらしいぜ」
「おー、怖い怖い。確かドワーフだったよな。やっぱりあの種族は――」
怖いのはコッチなんだよ! いつの間に後ろに居たの?
僕が小さいから気づかないのはいいんだけど、明らかに蹴ってただろうが!
「お前ら足の感触も無いんか!」
「「あ⁉」」
ヤベッ!
と、ひと悶着後。僕は再び中央ギルドを訪れていた。
「ねぇ、お姉さん。どうなの?」
「あの……さっきも言ったと思うんですけど――」
「身分が証明できないと入れないんでしょ? でもさ、見てよこれ」
「……中身の確認できない箱なんて、特に駄目ですよ――あと、ここはそういう場所じゃないので」
んー。今日も金髪美女お姉さんは良い匂いだ!
「え? なんて?」
「もう! だから――」
「まぁ、落ち着きなさいや姉ちゃん」
後ろから現れたヨボヨボノジジイが、もみもみ――もみもみ――。
「あぁ! ずるい!」
「じゃ――ないわぁぁあ!」
「おっほぉ! 強烈ゥ!」
そう叫びながら、ジジイは僕の真横に着地した。
え? 運動神経凄いじゃん! 中身無いみたい! 風船なの?
「わしが許可しよう!」
「え?」
「富裕層街とやらに入っても良いと言っておる」
「でも――」
お姉さんに助けを求めるが。顔を真っ赤にそっぽを向いて、知らんぷりだ。
「ジジ――お父さんにそんな権限があるんですか?」
「ほっほ! 完全にジジイと言おうとしておったのぉ!」
「あ、まぁ……」
めんどくせぇええぇえ! 会社のおっさん思い出すわ!
「まぁ。面白いことになりそうなんでの? それに――」
「……それに?」
「わしも富裕層街なんてもんは吹き飛べいいと思っとるでな!」
わははっは! と笑いながらジジイは消えて行った。
ま、いっか。
それより。
「お姉さん」
「はい。何ですか」
ムスッと不機嫌な可愛いお姉さんに――
「僕も、おっぱい揉ませてくれませんか」
「死ね!」
スパンッ! とバインダーで叩かれた。
気持ちいと同時に浮遊感。
そして――テレレレン! という安いSEが聞こえてきた。
リュックサックを背に。箱を脇に抱え、僕は細長いバインダーを見つめていた。
これがフィレットさんの言ってたやつだろうか……。
え? 美女に殴られて初めてレベル上がったの?
マジかよ…………レベリングし放題じゃん‼
先程までの騒がしさが嘘のように。かといって貧困街のような冷たい静かさではなく。暖かい風が吹き、鳥のさえずりが、噴水の音が、葉が揺れて擦れ合う音がとても心地よく、体温も上がっている様に感じた。
その辺に置いてあった木陰のベンチに座り込み、バインダーをよーく眺める。
正気を疑うような内容が書いてあったから。
『スキルバインダー:Lv.0001/HP.0024/MP.0001/SP.001/ST.0013/AP.200/DEF.50/ST.0001/IV.0012/SKILL.自爆/特徴:背が低い。目つきが悪い。視野が狭い』
「スキル……自爆……?」
うん。悪口なんだよね……他の奴のバインダー見てみたいんだけど……。
クロイ/特徴:陰湿暴力悪魔。無駄に可愛い。
チェボブ/特徴:脳筋バカ。ずんぐりむっくりで可愛くない。
そう書いてあったら、僕も納得するわ。
それと、こういう系であるあるだと思うんだけどさ。何の略なのか分かんないんだよね。STなんて2つあるけど、いいの? ユーザーの事考えてよ。
各ステータスの横にプラスマークがあるから、これでSPを振れるってことなんだろうけど。僕は一旦それをリュックサックにしまって、再度箱を持ち上げた。
これを持って行ったらどうしようか。クロイは治ったのだろうか。
色々考えないといけないことはあるけど。
今はこの風に逆らって――何も考えずに高い家を目指そう。
「高い家……ここで良いのか?」
誰に問うたでもない言葉は、冷たい金属の柵に吸い込まれて消えた。
あまりにも穏やか過ぎる……なんか人もいないし。そのくせ高そうな物品が見え隠れしてて癪に障る。
「いらねぇなら買うなよ」
「――お客様でいらっしゃいますか?」
「うわ⁉」
やけに暗くなったと思ったら、なんか黒いのが目の前に――影が落ちていた。
首が千切れるくらい上を向くと、白髪白髭の渋柿みたいな爺が見下ろしてきていた。
「――そちらのお荷物はこちらに? まさか、フィレット殿から?」
「え、あ――」
突如として現れた渋爺の圧。僅かな逆光で顔の凹凸がくっきりとし、目つきの鋭いこと。
その戦慄具合といったら。閉店間際の割引販売の比じゃない。
それに……どうしてフィレットさんを知っているんだ?
…………でも、そんな事を聞く声も出ねぇよ。
「――宛先も、送り主も、書いてはいないようですが……それに――」
「な、なんすか……」
立ったまま腰を曲げ、渋爺はフードの下から覗き込んで来る。
その動きのしなやかな事ときたら。
つい自分が指名手配されていることに気がつくのが遅れる程に――。
「っぶねぇ……」
「どうされたのです……まさか、何か怪しい物でも?」
「あ、いえ……それより、これ」
フードの端を思い切り下に引っ張って、箱を渋爺に押し付ける。
「申し訳ありませんが、怪しい物はお受け取りしかねます」
「でもここに持って行けと言われたんで、とりあえず持って入って貰えません?」
「しかし、これが仮に爆弾であった場合を考えて見てください――」
「んな訳無いでしょ……魔法とかある時代に原始的すぎやしません? 今更爆弾使ってテロ起こす奴なんかいやしませんよ……最近にでもそんな事件を聞いた記憶がありますか?」
「それは――」
「ですよね? それにまずどしょっぱなから疑って喰ってかかって……紳士として失礼な対応だとは思いませんか? こんな閑静で高級な住宅街の、それの一番高い場所に位置したお家の……仮にも門を任された紳士がしていい対応では無いと思われませんか?」
「……成程。白い箱1つでございますね。一度、お嬢様に聞いてまいりますので――しばしお待ちを」
僕の矢継ぎ早適当論に渋々納得した渋柿は立ち上がり、家に向かって歩いて行った。
箱は、地面に置かれていた。
僕はそれを確認して、なぜか無性に腹が立って来た。
何でこんな境遇に立たされてるの? ここ異世界だよね? 何で荷物運ばされて、知らない街の家の前でテロ犯疑われて何も分からずに渋柿説き伏せて持ってきた箱と一緒に風に吹かれてんの?
イライラ、イライラ。
家の前、門の隣の生垣の葉を乱雑に千切り取り、思いっきり握りつぶした。
手を開く時やけに重く。瞬時にこれだと思った。
箱を逆の手で持ち上げ、その裏にもちもちな手を打ち付けた。
引くように箱から手を離し、それを振りかぶって渋爺の背中に振りかぶった。
「吹き飛べ、よ!」
力一杯に投げた箱は錘でもついているみたいに面を変えることなく真っすぐに進んでいき、そして――ピカピカの燕尾服にピタリと張り付いた。
背筋が伸びてるのが裏目になったなぁ! ざまぁみろ!
「んー。後ろから見ると滑稽だぁ」
陽の光を浴びてキラキラと光る第二の太陽の様なそれが見えなくなるまで、涙を堪えながら見送った。
しばらくしても、渋柿が戻ってくる気配はなく。無駄な時間がグダグダと流れているのが本当につらくなってきた頃。
ある筈の無い毛がピリピリと縮れて行くのを感じていた。
何か嫌な予感がするからなのか、何かしらの気配を感じ取っているのか分からないが……とにかく。
「もう帰っていいかな」
そういえば、待つ意味無いし。
渡すもん渡したからなんも無しに帰っていいんだけど。
「てか、帰る場所無いよな」
辛い現実を前に、目から涙が溢れそうになった。
その時。
大豪邸の一角。綺麗に仕分けられた窓がキラリと光り、眼球がチクリと痛んだ。
次の瞬間――
熱と光の波が僕の肌を焼いて通り過ぎていく。
最早フードも意味を成さず、直接焼かれるような痛みが、光が、顔中を覆っている。
「あぁ――」
ドーン‼‼
遅れて響く爆音が耳を劈き、僕は遅れて意味も無く耳を塞いだ。もう、周りの音も、景色も確認できない程、頭の中は混雑していた。
かき混ぜられた思考は、目の前の光景を処理できず。スムージーみたいに頭の中で波を立てて揺れ回っていた。
一瞬の盛り上がりを過ぎた頃に、瓦礫や塵が爆炎に乗ってそこら中に飛び回っているのを確認した。
黒煙と残熱とが、周囲を帳の様に覆っていくのが、目に見えて分かる。
周囲の温度が一気に数十度上がったみたいだ。身体中からあふれ出る汗は暫く止められそうもない。
しばらく、凄惨な現場を立ちつくして眺めていることしか出来ないでいると。
追いついてほしくない思考が鮮明に。思いたくない事実が明瞭になっていく。
「さっきの荷物……やっぱり」
僕がやったのか……? 家にいた人たちも、あの渋柿も。
爆弾を使ったからか、自らが手を汚した間隔は薄い……それでも、罪の意識で体は重く感じ、両手なんて地面に落ちていた。
煤が目に染みるのか、地面を見つめている筈の視界も涙で滲んできた。自分自身がシャボン玉の中でふわふわと浮いているみたいに、意識も薄れてきていた。
もう楽になりたいと、そう思った直後の事。
突然、キィィィィンという耳鳴りが止まらなくなった。
視界も靄がかかったみたいに曖昧に、思考が一気に停止して、ある言葉だけが頭の中を埋め尽くした。
『赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ赤いスイッチを押せ』




