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爆破技師、転生  作者: 芥之 相
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6.爆破技師、街を飛び出す

「……………………」

これって、どういう状況?

久々とも思えるほどの覚醒。直後の激痛。

右手からの流血は止まらず、体もボッコボコだ。

周りを見渡すが、何もない。

ド平地にポツリと立たされているようだ。

胡坐をかき、顎に手を当てて考えてみよう。

そう。最後の記憶を思い出すところからだな。うん。

…………………………。

「――渋、柿? 渋柿のジジイ!」

後悔と懺悔の気持ちが一気に襲い掛かってくる。

「キィィェェェ!」

口から飛び出す奇声と共に、体も走り出していた。

その直後―――

「ぐわっ――ブヘァ!」

何かに躓いた僕の体が前に傾き、無様に転げ落ちた。

何だよ!

岩でもなんでも一発蹴りを入れてやると意気込み立ち上がり…………息を呑んだ。

「―――クロイ」

何故かメイド服を身に纏ったクロイが……ボロボロの状態で横たわっていた。

「何で、ここにいるんだよ」

傍に寄り添い、頭を抱える。

……どうやら息はある。ただ、体温が異常に高い。

その状況は何処か、ホテルでの出来事に似ていた。

「そうだ、綿菓子」

僕は立ち上がり、あるかも分からないリュックサックを探した。

そして、少し離れた位置でリュックサックを見つけ、急いで中を漁った。

「色々無くなってるな……」

クロイから預かった短剣も無い。

ワンチャン殺される、が。それも仕方ない。

今はそれよりも―――

「あった」

袋にパン詰めされた綿菓子を抱え、クロイの元に駆け寄る。

再び頭を持ち上げ、そこまで来てなお躊躇した。そんな自分が情けなくて、ため息が出る。

「……触るぞ」

警戒しつつ顎に触れ、小さく口を開く。

そして口の中に、小さく千切った綿菓子を入れる。

その様子を見守っていると、何で綿菓子って形で持って来たか、分かった気がする。

口の中で瞬時に溶け、吸収されていく綿菓子は、糖分を補給する形として最適解なんだろうな。持論に過ぎないんだけど。

今度聞いてみようかな……いや、余計な事聞くの怖いしやめとこう。

なんて、考えながら油断して見ていると―――

「あなた、何をしているの?」

「ギィィヤァァァ‼‼」

口を開いたままのアホ面クロイと目が合い、急いで距離を取った。

リュックサックを盾にして顔を覗かせ、様子を見守る。

ムクリと体を起こしたクロイは、自分を――辺りを見回して、最終的に俺を視射抜いた。

「あなたも、元気そうで良かったわ」

いつも通りツンとした様子のクロイは、存外平気そうに立ち上がると、メイド服についた汚れを軽く払い始めた。

俺の事なんで気にもなってないようだ。

「な、なんでここに?」

「ん」

ぺこり。「ごめんなさい」

鋭い目で見られ、つい謝ってしまった。

う~ん。どうして僕が怒られているのでしょうか。

「ここの……富裕層街のある一家で怪物が暴れたって情報があって―――それで駆り出されただけよ」

「ふ、富裕層街で、怪物?」

「えぇ、そうよ」

自分がいつ気絶したか分からないけど、その時も僕は富裕層街にいた筈だ……まさか。

「もし、仮に。爆発の件を怪物と勘違いしての事なら―――」

「違うわよ。『アストラ』さん家で熊の人形みたいな怪物が出たの……きっと、家が崩壊した要因も、爆発も、その怪物のせいよ」

僕が、殺したわけじゃないのか?

でも、あの箱は間違いなく―――

「それとね。私に黙って依頼を受けた事、許していないからね」

「あ、その……」

何も言えない。というか、脳の処理が追いついてこない。もし、それが爆弾だってバレたら、クロイとはもう――

「因みに、箱の中身は『ブレスレット』だったらしいわよ? 渋柿がそう言っていたから」

「し、渋柿?」

「えぇ」

何でお前も渋柿って呼んでるんだよ……。

変なとこで気が合うの、やめない?

まぁ、でも……それが真実なんだとしたら、マジで安心できる。

「ところで、その怪物ってどうなったの?」

「さぁ、その辺をフラフラほっつき歩いていたら、急に爆発四散したみたいだからね……最後なんて見てもいないわ。興味も無いしね」

「…………お前、何しに来たの?」

「ふん――知らないわよ」

えぇ……急に冷たい。歩くし喋れる簡易サウナなの?

空気的に僕が滅茶苦茶悪者で空気読めないみたいだしさ。

ムスッと腕組みしていると、クロイが背を伸ばし、僕の方に向き直った。

「ま、とりあえずは……無事で何よりって所ね」

「…………僕もお前もボロボロだけどね」

「ふん――その顔面蹴り飛ばすわよ」

「んん。何で⁉」

マジで僕が寝てる間に何があったんだよ!

「それじゃあ、行くわよ」

「……行くって、どこに」

「――と、その前に。私の短剣とあなたの赤いスイッチを探すわよ」

「あぁ――」

何で僕が持ってないのを知っているんだッ⁉

正直殺されると思ってたから安心した。

「別に無くても良くない?」

って、言ってみたはいいものの……。

「今、何て言ったの?」

「あ」

不気味な笑顔を携えた悪魔のような天使が俺を見下ろしていた。

お、オーラが――ゴゴゴって文字が、可視化出来ちゃってるから!

「全力で探させていただきます!」

「えぇ。行ってらっしゃい」

腕組んで見下ろしやがって……!

「お前も探せ‼‼」

「あ?」

ぺこり。「ごめんなさい」


クロイへの鬱憤を吐き出しながら平地を歩き回っていると、深い深い、地球の底まで見えてしまいそうな程の切れ込みが、地面を走っていた。

「…………なんじゃこりゃ」

高所恐怖症を押し殺しながら恐る恐る覗き込むが、底は見えない常闇とそして――

「あれとかじゃないよね」

その間にキラリと輝く何かが挟まっていた。

「あれなら…………無理無理無理。よし、帰ろう」

立ち上がり、振り返り、歩き出す。

「――って!」

硬い何かに頭をぶつけ、というか蹴られ、しりもちをついて転げる。

地獄に落ちかけた僕の頭を、いつも通り鷲掴みにする――またクロイの手だな!

「あるじゃない。取ってきなさいよ」

「んだこら! 届かねえよ、この短い手じゃあな‼」

ぶんぶん腕を振り回すと、臭い物でも扱うみたいに距離を取られる。

「五月蠅いわね。私が足を持っててあげるから……ギリギリ届くでしょう。多分」

「多分だぁ⁉ 無理なもんは無理なの!」

俺の叫びもむなしく。

クロイは容赦なく僕の体を横に、そして逆さに持ち直した。

抵抗すればって? 無理だよ! 手を離されたら落ちるのは僕なんだからね‼

冥界への扉が、がま口財布の口が目前に迫り――直ぐに視界は真っ暗闇に覆われた。

仄かな光も存在しない地球の口内で唯一輝いている短剣に向けて、一生懸命に手を伸ばす。

そんな僕に「あなた」とクロイが話しかけてくる。

「足、臭いわね」

っるせぇ! なんて事も言える訳がない。

ここ数日お風呂入ってないんだからしょうがないだろ! 誰のせいだよ!

「あとね、言っておくことがあるのだけれど」

…………え? 今のこの状況が分かってないの? 手の感覚だけ遮断してる?

「それを拾った後は直ぐにこの国を出るわよ」

うん。今じゃなくていいよねその話!

「まずはフィレットとかいう女に会うけれどね」

やったぁ!

「私の意思に反したら容赦なく殺すから。あなたもその時はよろしく頼むわよ」

んん。

「何でだよ‼‼‼」

衝撃の言葉が耳に届いて反射的に体が伸び、短剣を握って常闇から飛び出す。

光の刃が目を抉り、勝手に怯んでいると、後頭部に強い衝撃が。

どうやらクロイが手を離したらしが……許せねぇ。

「現状、私とあなたが悪人の様になってしまっているからね。この世界で過ごしていく以上、目立つのは面倒な事しかないのよ」

「…………もう遅い気がするし。何でフィレットさんにヘイトが向いてるんだよ」

体を起こし、顔を上げると――

「あれは革命軍のリーダーらしいからね」

「はい、そうかもですね」

メチャクチャに悪い顔をして、不敵に笑っていた。

「全責任を革命軍に押し付けて、さっさとトンズラこくのよ」

「えぇ……」

怖い怖い。何その顔、ホントに天使かコイツ。

「上手く行くの?」

「さぁ」

「さぁって……」

「とにかく、時間が無いの」

ドサッとリュックサックが目の前に落ちてきた。

手に持っていた短剣を中に入れながら、それを持ち上げる。

「赤いスイッチは私が見つけて入れてあるから」

「はい。そうですか」

役立たずで申し訳ないですね。

「…………存外、あなたも役に立つみたいね」

「――どういう意味だよ」

話しかけられた事に驚いて顔を上げたが、クロイは前を向いたままで続ける。

「………………………………何でもないわ」

「なんなんだよ」

目が覚めて以降、クロイの様子がなんかおかしい。

これが、デレ?

おいおいおい。マジか。初めて見たぜ、デレってヤツをよぉ。

そもそも女の子と話すことなんてねぇんだから、こんな機会を逃すな! 下瀬!

「お前、今日、可愛いな」

「…………」

あれ? 無反応? 聞こえなかったのかな?

「それにしても……そのメイド服、似合ってんな」

「キモッ。さっきから悪寒が止まらないから黙って頂戴」

「ヘァ⁉」

しかし、悪くないな。

デレの後にはツンがつきものだ。その嗜好を楽しんで行こうではないか。

…………てか今更だけど、さっきのってデレなの?


どういう訳か、正規の道を避けながら歩くクロイ。

その傍を離れないように歩くことしばらく。

富裕層街の入り口をしれっと抜けた後は、ギルドにも商店街にも人という人は見えず、まるでケーキの型の中に閉じ込められたみたいだった。

…………例え、ヘッタクソでごめんね。

商店街の端の地区。辺りを埋める空気の冷たさと、鼻をくすぐるような匂いが強くなっていく。

貧困街の前へ辿り着いた時、やけにデカい人影が――

「……何で隠れるのよ」

だってよ、あれ『鉄血屋』の店主だろ!

「怖ぇんだよ」

「良く分からないけれど、鬱陶しいから離れて」

「…………」

僕が無視して抱き着いていると、クロイは無言で歩き出し、逆の足で僕を引き剥がした。

つ、冷たいっ! ハンカチがあったら噛み引きちぎっている所だよっ!

「――貴方、こんな所で何をしているの?」

「ん? あぁ、嬢ちゃんか……手紙、渡してくれたか?」

「えぇ。多分ね」

「……多分? まぁ、いいが」

保護メガネ越しに表情が曇ったのが分かる。

僕は立ち上がり、恐る恐る近づく。

引けた腰のせいでほとんどくの字状態だ。

「あんたら、貧困街の奴等が革命軍を結成したのは知ってるな?」

「えぇ、あまりにも無謀ね」

「……そうだ。よりにもよってそのトップが俺の娘だからな……今日という日が来る前に止めたかったんだ」

「ふーん……悪いけれどね。その娘さん、私が殺さないといけないかもしれないわ」

「おい――イテッ」

ちょっと声を出しただけで足で小突かれた。

何を言ってんだこのバカ! 殺されるぞ!

「……どういうことだ?」

「さっきの富裕層街での爆発ね、貴方の作り出した問題児が引き起こした事なのよ」

「あぁ、それなんだが――」

「それがね、私たちの責任になりそうで困っているのよ」

「いや嬢ちゃん、だからな――」

「私たちがこのクソ忙しいタイミングでここに来たのは、その責任を押し付ける為なの」

「…………」

あーあ。言い切ったよこの人。マジで人の話しとか興味ないよな。

店主も頭を抱えてるし。

僕も恐怖で頭を抱えてるよ!

何でスキンヘッドの見るからに厳つい人を煽れるんだコイツ!

「――フィレットの奴も、自分の率いる軍が何をしでかしたは理解している、筈だ……問題はそこじゃない」

「…………その話、長くなりそうかしら」

足をトントンさせるな!

悪い癖ですよ! メッ!

足を押さえてみると、普通にはじき返された。

「あぁ、もう終わる――フレットの奴は、成り行きでリーダーをやっているだけで、自らの意思で革命を起こそうとはしてないんだ」

「……どういうこと?」

クロイの足が止まった。

分かりやすい天使だことッ!

「アイツは、困っている人間が居たら、助けねぇと気が済まねぇ性分なんだ……母親譲りの面倒な性格でな。昔からそういう奴だった」

「ふ~ん」

「だからこの街に住み続けているし、面倒も見てやってる」

「…………」

クロイは明らかに不機嫌な顔だが、少しだけ興味が湧いてきたようだった。

蚊帳の外の僕は、その辺で膝を抱えて座り込む。

「あぁ、だが……そこがアイツのいい面でもある。違うか?」

「知らないわよ。私にとってみればどうでもよいことだけれど……この街の人にしてみればいい面でしょうね」

「あぁ――」と再び呟きながら、店主は貧困街の方を向いた。

「でもそれは、アイツの表面的な部分としか接していない」

「人間なんてそういうものよ。利害関係でしか他人を評価しないでしょう?」

「……だが、そんな人間にだって、理解者は必要だ……内面を見てくれる、許容してくれる他人という存在が、必要不可欠なんだ」

「……私には難しいわ。あなたはどう思うの?」

「え? 僕っすか?」

塞ぎこんでいた僕だが、話を振られたのなら元気満々よ!

でも、話題が話題だけに、そうもいかない。

だから一言――

「その通りだ!」

「あなたにはそういう存在が居るのかしら?」

グサッ!

「そうは思えないけれどね。独りぼっちじゃない、前世も」

グサグサッ!

声も出ねぇよ。

二度と話しかけるな!

とりあえず、地面と愛し合っておこう。

「…………まぁ、なんだ。俺が言いたいのはな――お前さんたちにそういう理解者に成ってやって欲しいってことだ」

「――――どうして関係値の浅い私たちに頼むのかしら。もっと適任な人間が山ほど居るでしょう……アストラ家のお姫様とかね」

「……あのお嬢ちゃんはいただけねぇ。フィレットの奴を見る目が獣みたいでな……あのお嬢ちゃんが帰った後、フィレットの奴は直ぐに寝てた……支えにはなってやれそうもない」

「それに」と今度はクロイの方を向いて続ける。

「関係値があまりない方が有難い。アイツは名前だけは有名だからな……過去の出来事も知っている奴は多い。お前さんらは他と違う。そういう感じがするから、なお良い」

「……まぁ、話は分かったわよ。でもね、結局のところ向こうの出方次第よ」

「そうだな。理解してくれただけで有難い」

店主は再び振り返り、貧困街の方を、今度は腕を組んで睨みつける

「あと一つ、言っておくけれどね」

「あ?」

店主は首だけでクロイを見据えた。

「貴方も、彼女の事を何も知らないんじゃないかと、私はそう思うのよね」

「…………」

店主は前を向き、押し黙った。

何か、思う節があるのかもしれない。

「それで結局のところ、貴方はここで何をしているの?」

「それはな――」

店主は素足をスッと引き、革のエプロンをはためかせると、その内側から見るからな凶器を取り出して両手に構えた。

「ここから出ようとする革命軍を力ずくで止めてやる所だ」

「ふーん。ま、勝手にしなさい――さ、行くわよ」

頭をガシッと思いっきり掴まれ、持ち上げられる。

もう慣れたわ。何も言わん!

ハンドボールの玉みたいに持たれたまま、ぶらぶらと後ろを眺める。

あぁ、哀愁が凄いんだ。

……適当にあしらわれた、店主の泣き顔。


既にこの国の中では見慣れ、歩きなれた、鉄の街。

窓だったり、オブジェだったり、観葉植物だったりの彩も一切ない。

周囲の壁が高いためか、空が見える割には街全体は影に覆われて暗い。

陰鬱でとても冷たい空気が満ちている。

そこのある一角。

「うおぉぉおぉおお!」

「やってやろうぜぇええぇえ!」

これまた見覚えのある屋根の下。

中へと繋がる扉の隙間から、熱気が漏れ出ていた。

 「キャァァァァア!」

 「良い土台だ! やっぱり土台が違うよ! 土台が!」

 「パワー‼‼‼」

 中からは、これから革命を起こそうとは思えない内容の黄色い叫び声が聞こえてくる。

「…………ボディビル大会でも開かれてるの?」

「知らないわよ」

クロイは、そんな扉を片足で押さえつける。

……何してるんだろう。

そんな顔をして見上げていると、ふっと目が合う。

『早く扉を押さえなさい』とでも言いたげに首をクイッとされたので、何も聞かずに両手を扉に押し付ける。

僕はお前の何なんだよ。とか、でもちょっと気持ちよかったな。とか考えていると、遠くにあった声が次第に鮮明になっていく。

「はい、終わりだ終わり! 今から人生をかけた大勝負に出る! 覚悟はいいな、お前ら! さぁ、フィレット――」

「…………」

「おい、フィレット!」

「……え? ぼ、僕?」

やっぱ聞いていた通り、フィレットさんは乗り気じゃないのかもしれない。

やけに声が小さいし疲れてるっぽいけど……周りは何も気づいてないの?

「えっと……本当にやるの?」

「当たり前だ! 俺たちがどれだけの不遇を受けてきたと思ってる……それは、お前が一番分かってる筈だ!」

「だ、だけど。皆には家族が――」

「家族はここに――この街にいる全員だ!」

そうだそうだ。という声が粒々に聞こえる。

その奥で、フィレットさんの「うぅ」という唸り声が鳴った。

連帯感や一体感は、他の街の比にならないみたいだけど……それで救える国なら、とっくに救われてる。

やる気とか責任とかは原動力に、幸せのためのきっかけにはなっても。

結果をもたらすのはもっと別のなにかだ。

「この数十年、俺たちは我慢してきた。それは、ある人が救ってくれた……守ろうとしたものを、命を、街を、守るためだった」

声は次第に枯れていき、苦し紛れに絞り出した喘ぎ声みたいになっていく。

それでも、声の主は「でも――」と絞り出した声で続ける。

「最近の扱いは何だ? まともに街も出る事すら出来ず、何人が苦しい思いをしている? ふっ…………それどころか、俺達が劣悪な環境で身を粉にして働いた所で、生きるのに必要な最低限の賃金すら稼げねぇ」

分かる分かる。僕もだもん。

ガソリン代とか上がりまくって、どの移動手段を選んでも高くつくんだよな。

「俺たちは忘れちゃいねぇよ……元より、お前の母ちゃんに拾われた命だからな。これは、一種の弔い合戦だ」

「…………その話はやめよう。僕は只、命を無駄にしてほしくないだけなんだよ」

「無駄になんて――」

ガンッ! という鉄を破る音。そして、ツーっと生暖かい何かが僕の額を流れていく。

恐る恐る眼球だけを動かして上を見る。

「…………村傘?」

「チッ」

どうやら、フィレットさんが村傘を起動したらしい。

僕の頭皮を少し削りながら、村傘が顔を半分外に出していた。

あと、チッって音、ちゃんと聞こえてるぞ。

その舌打ちは、村傘にキレたんじゃなくて、惜しかったなぁのヤツだろ。

「僕のお母さんを革命の理由に使うのであれば……僕は君たちを許さない」

何か良く分からないが、ウーンという唸り音が――何かの起動音が連続して聞こえてきた。

「このドエラバラ入りのリモートボムは、国を攻撃するために作った訳じゃないよ」

「……フィレット、お前――」

「どうして僕よりも僕のお母さんを知っている筈の君たちが、そんな事をしようとしているのか分からなくて、何回も何回も考えたよ」

ジリっと足を鳴らす音が――その場に居る全員がそれに合わせて後退りしたのが分かる。

覚悟を決めた様な、強い意志を持った声だ。

「……おい、ヤバそうだ」

「…………逃げましょう」

そんな囁くような声が、扉の直ぐ傍で聞こえた。が――

ガタッ、ガタッと揺れるだけの扉は、開く筈がない。

「……な、なんだ! 向こう側に誰か居るのか⁉」

「何をしているの⁉ 早く開けてよ!」

なんか残酷だし、正直僕は力を入れて無いけど……ガタッガタッと揺れていた扉も、しばらくして動かなくなった。

最後の最後で「この悪魔め!」と聞こえてきた。

分かってんじゃん。諦めなね。

「逃がすわけがないでしょう。このお話は、それを始めた貴方達の中で終幕してもらわないとね。外になんて絶対に出させないわよ」

綺麗な足から、絶対的な意思が伝わってくる。

「…………何がお前をそこまでさせるの? 正直、この国がどうなろうが関係なくない?」

「何を言っているの? 沈みかけの命があるのなら……その場に私が居るのであれば、すくってあげるのよ……それがどんな魂を持った奴でもね」

「おぉ」

なんか感動した……初めて天使らしい一面を見た気がする。

「いやぁ、どんな悪魔にも良い一面があるって――」

僕は崩れたリュックサックを持ち直して振り向いた。

「その上で――」

クロイは、狡猾な相を浮かべて続ける。

「あのアストラとかいう一家の娘さんに、大金を請求するのよ……生きるために、戦うために一生困らない程の額をね! ついでに罪も擦り付けるのよ!」

「えぇ…………」

なんだコイツ! 一瞬でも感心した僕がバカだったわ!

「その為にチェボブ君に頼んであるのよ」

うわぁ……普通に嫌な予感しかしない。けど、一応――

「何を?」

「アストラの娘さんを誘拐してね。あの女に合わせる代わりに大金を貰えるよう、説得してもらっているのよ……その為に一旦、全責任を渋柿に――彼は身代わりになったわ……」

「きえぇぇ」

あ、悪魔だ……本物だよ……!

その涙は偽物なんだろうな。

「あ! 姉貴! に、兄貴!」

聞き覚えのある声が聞こえ、悪魔の相からその方に顔を動かす。

クロイのメイド服からひょこっと顔を出すと――

「ぎぃいやぁあああああ! み、緑の化け物‼‼‼‼‼」

「誰が汚らしくも醜く、体調が悪い時の鼻くそみたいな色の化け物じゃ‼」

「兄貴、被害妄想出てるっすよ」

傷だらけのチェボブと、それに背負われた小さな女の子がいた。

てか、その下のも緑の化け物だろ。下瞼だけ閉じてんの?

だから子供って嫌いなんだよ。

「ようやく来たのね」

クロイは足を下ろしてチェボブの方を向き直した。

「お姉ちゃん……さっきは、助けてくれてありがとう、ごさいました」

チェボブの背中に隠れながら、女の子は呟いた。

「あ、そうだ姉貴! 話は着いたっすよ、ほら!」

チェボブは左手に握った小さな巾着を掲げた。

「……それは?」

「お金っすよ! これでフィレットの姉貴に合わすって――うわっ」

「ごめんなさい、お姉ちゃん!」

突然、女の子はチェボブの背から飛び降りてクロイの元に駆け寄った。

その懇願するような目は、全ての生き物を魅了し、同情させるような悲哀を纏っていた。

「ど、どど、どう、どうしたのよ」

流石のクロイもタジタジだ。

ズルいよね。分かるよ。

女の子はここぞとばかりにクロイの手を握り、上目遣いで続ける。

「あたしのパパとママすっごく忙しくて……年に一回、帰ってくるかどうかで……それで、それで――」

うぅ、と小さく唸ってシクシクと泣き出してしまった。

感情が読めねぇんだよな……子供って。

でも、この子だけは分かり易いわ――

「おいクロイ! これウソ泣きだぞ!」

何故なら僕の方を睨んでやがるからな!

下向いてりゃ騙されると思うなよ! 僕だって小さいんだからな!

「……あなた、そこまで心が腐っていたとはね」

「流石っす兄貴!」

「えぇ⁉ 僕が悪いの⁉」

あと褒めてないよねチェボブ君!

……漫画とかアニメとか、二次創作でよく見る展開だけど! こんなに辛いんだね、独りぼっち……あ、いつも通りか。

「お小遣い、帰ってきた時に貰えるんだけど……もう、少なくって――」

「あぁ、もう。いいわよ……中に居るから、好きにしなさい」

「やったぁぁあ!」

コロッと切り替えた女の子は扉を開けて中に入っていく。

「…………子供って、読めないわね」

「姉貴って子供に弱いんすね……意外でした」

感情の起伏とかじゃ説明できないだろ。

騙されたこと、認めよ?

女の子が姿を消した扉を、静かに三人で眺めていると――

「「「「「「逃げろぉぉおおおおおおおお‼‼‼」」」」」

数えきれない程の人の波が、扉を破壊しながら押し寄せてきた。

身長の低い僕は、一時の抵抗も許されず一瞬で飲み込まれる。

雪崩る様な人、人、人。

蹴られ、踏まれ、回され……今自分がどこを向いているかも分からなくなった頃。

ドーンッ‼‼

地を揺らすような爆音が走り、今度は視界一面が道を通り過ぎていく砂粒の嵐に覆われた。

そして――

「てめぇら! 生きてこの街から出られると思うなよ‼‼‼」

耳を劈くような店長の叫び声が街中に轟いた。

けど、そんな事はマジでどうでも良い。

「うぅ……最悪だ」

人の大群が今度は街の奥に走り去っていくのを感じながら、道端でゲーを吐く。

「兄貴、マジで人混み弱いんすね」

口元を拭いながら、声の方を振り返る。

「今のは、人混みがどうとかは関係な――ねぇ、何してるの?」

「足を埋めて耐えたんすよ。兄貴にはこういう臨機応変が足りないっすよね」

世の誰しもが迅速に足を半分埋めれると思うなよ。臨機応変って言葉に謝ってこい。

「まぁとにかく――これで邪魔者が居なくなったわね」

そよ風でも通り過ぎた後みたいに涼し気な表情のクロイが、そんな事を言った。

「……すくえる命たちが溢れ出したけどいいの?」

「えぇ、よもや私には何の関係もないわ」

何だコイツ!

「さ、そんな事より決着を着けに行くわよ」

「決着?」

「え、なんすか? そういや今ってどういう状況なんすか?」

ハッキリ言って革命軍はバラバラだし、街からは誰一人として出られそうもない。

 クロイ風にいうなれば、僕達には関係ないことだと思うんだけど。

 「スッキリしない物事はね、時として迷いを生むのよ。今からは、そんな癌を取り除くための緊急オペ……外からやって来た部外者が、定められた脚本を書き換えてやるための、今日一番の大決戦よ」

 「うーん……なんか、凄いって事っスよね」

 何で普通に説明しないの? 分かってない子いるよ?

 「要はフィレットさんと話し合うってことでしょ?」

 「いえ、まぁ…………時と場合よね」

 「なにそれ不穏……喧嘩はやめてね」

 「そういえば、殴り合いと書いて話し合いと読むって、言ってましたもんね姉貴」

 「おい、何だそれ。いつ言ってたんだよ」

 確信犯じゃん。殺り合う気でいるじゃん!

 「何でもいいじゃない五月蠅いわね。丸めて草に詰めて川に流すわよ」

 「草団子じゃねぇよ!」

 あと川に流すのは何なの? 魚たちへの慈愛故なの?

 「そんな事言って無いじゃない。あなたは虫けら以下なのに……草団子って食べたことある? 結構美味しいのよ」

 「うん。美味しいよね、あれ」

「あ、兄貴が折れた……」

肩を落とす僕に何か声をかけるでもなく、満足げなクロイはフィレットさんの家に向かって歩き出す。

「兄貴ー、俺達も行きましょう……あの人たちが戦いだしたら洒落にならんすよ」

「……うん。そうだね」

やっぱり、緑の化け物同士、仲良くなれそう――

「因みに俺って草団子クラスっすよね?」

「知らねぇよ!」

何だ草団子クラスって! 虫けらクラスは僕とカメムシの大群か⁉ おい!

ダメだ! 構ってらんねぇ! ……行くか。

ぶつぶつ、ぶつぶつと何かを話しているチェボブをよそ目に、クロイの僅かに出ている足を追いかけた。


部屋の中に入ると、そこはがらんとしていた。

チカチカと点滅する手作り感満載の照明が、その周囲を仄明るく照らしていた。

辺りを見渡すと、さっき聞こえてきた音の正体であろう『リモートボム』がこれでもかというほど乱雑に投げられていた。

「床にも落ちているから気を付けなさい」

「あぁ? ……うん」

時たま僕の思考を読んでくるの、怖いんだけど。

そんなクロイは、辺りを見渡しながら暗い部屋の奥に進んでいく。

「なんか不気味っすね。さっきまで人が居たんすよね?」

後ろから現れたチェボブは、足元の『リモートボム』を小さく跳ねて避けながら、クロイに付いて行く。

確かに、チェボブの言う通りだ。

あまりにも閑散とし過ぎている……さっきまでの騒ぎが嘘みたいだ。

背後の扉は既に無く、通気性もいい筈なのに……鉄と、何かが焼けるような匂いが漂っていて、つい鼻を塞ぎたくなる。

僕はクロイ達には付いて行かず、部屋の真ん中を占領しているテーブルの上によじ登った。

リュックサックを置き、歩き回る。

その上には大きなRED STOCKの全体地図が広げられ、使い方の分からない変な形の文房具が捨てられていた。

地図の正面に廻り、よーく眺めてみると――

「何だこれ…………クロイ!」

貧困街を血管のように走っている。

「これは……電線図か?」

「正解だよ。ごんだたけしくん?」

「うわぁっ!」

背後から耳元に囁かれ、全身に電流が走るとともに足が勝手にテーブルを蹴り上げた。

距離を取った僕は急いで振り返り、声の正体を捉える。

「ふぃ、フィレットさん?」

「せいかーい! ふふっ」

口元を隠して小さく笑うフィレットさんは年頃の女の子の様で、いつものイメージと違って見えた。

服装は前と変わらず……やっぱりどこを見ていいのか分からない。

「これはね、この街を丸ごとロボットにする計画……私史上最高傑作の設計図だよ!」

「ろ、ロボット? 設計図?」

唐突かつ壮大な計画に脳みそがフル回転して波を立てる。

街をロボットって、どういう事だよ。どんな技術だよ……ここ、異世界か?

疲れて見えるのは、それを開発しているからなのか?

「でも、そんなものを作ってどうするんですか?」

「うーん……そうだなぁ」

フィレットさんは唇に指を当てて考え事を始めた。

「言ってもいいんだけど……でもなぁ」

「どうしたんですか?」

僕が聞き返すとフィレットさんは考えるのを止め、顔つきを一変させた。

目つきが変わり、口元を横一文字にし……雰囲気が重々しくなる。

さっきからの緩急が凄すぎてずんだになりそう。

「君、この計画の邪魔をしそうだから――」

フィレットさんの目が青色に――別の瞳が上に重なった様になる。

それとほぼ同時に、多数の視線を肌に感じ、悪寒が走った。

「ここで爆死して塵散りになるか、今すぐにこの国を出るか……選ばせてあげるよ」

「うん。国を出ます」

「はや!」

ハッキリ言って、この国がどうなろうがどうでもいいよ。

ただ、今のこの状況の真実だけは知りたい。

「……クロイとチェボブは、無事なんですか?」

「うん。無事だよ――そういえばたけし君、今何処にいるか分かってる?」

「何処って……フィレットさんの家でしょ?」

「うーん。合ってるようで、合ってないんだよねー」

何だその言い方……。

ほっぺに指当ててくねくねしやがって……可愛いな。

「どういう事ですか?」

「たけし君、アストラ・アリエスって知ってる?」

「……アストラ」

どっかで聞いたな……どこだっけ。

「たけし君達より先に入って来た子なんだけど……見てない?」

「あー」

チェボブが背負ってきた子か。

僕の悪口を言ったのを鮮明に覚えている。

「あの子の能力って洗脳と幻覚、別の世界空間を作り出し、無機物を操れるってやつなんだけど……今、僕たちはその世界の中にいるんだよ」

「…………はぁ」

ダメだ。頭が考えるのを止めやがった。

捻りだした言葉が『はぁ』なの、情けなすぎない?

「それにしても良かったよ。君が素直に従ってくれるみたいで」

僕が脳震盪を起こしているのをいいことに、フィレットさんが続ける。

「僕はこの戦争に、僕以外の人間を巻き込みたくなかったから」

脳みそが小さく揺れる。

戦争? 巻き込みたくない?

「これは僕の戦争なんだ。お母さんが望んだ『小さな幸せと他人(ひと)の為の正しさ』をこの国にばら撒く……それは、誰にも邪魔されたくないんだよ」

僕の? お母さんが? ばら撒くって……?

「なに、勝手な事言ってるんですか?」

「ん?」

脳の回転数が元に――ちょうどいい回転数に落ち着いて、口が止まらない。

「フィレットさん……もう、遅いんですよ」

僕が一本歩みを進めると、フィレットさんは目を細めた。

「あなたは、既に何人の人間を巻き込んだか、自覚してないんですか?」

「僕は何も――」

何も?

「富裕層街で一番高いとこにある女の子の能力を強化……その後、嗾けて大暴れさせ……挙句に関わってくんなって……無理がないですか?」

「一体何が――」

一体?

「他人の僕ですら片足を突っ込んだ事案です……それなのに、この国に住む人どころか、あんたを心配して身を粉にしてた人間すら追い出して……」

「つまり、たけし君は何が言いたいんだい?」

「自分勝手だって言ってるんですよ。お母さんを利用してるのは、貴方じゃないですか」

「ぼ、僕が? ぷぷっ――」

意思を継ぐだとか、復讐だとか。今までそんな気にもなったこと無いから、僕には分からない。

ただ、なんか分からないけど。ムカついた。突発的な怒りだった。

多分、納得するような理由が欲しいんだと思うけど。自分でも怖い。

そんな僕を見て、フィレットさんは小さく笑っている。

どこか、僕なら分かってくれる筈と確信している様な、そんな信頼を向けてきている、そう思わされるような笑顔だった。

「僕はむしろ、お母さんに利用されてる側だよ。それに君は、この頃のこの国の事を知らないんだ」

「まともな生活が送れないってヤツですか?」

「ううん」と。フィレットさんは真剣な顔に、僕の目を真っすぐに見据える。

青く淡い光を発するその瞳からは、覚悟が感じ取れた。

「たけし君は、この街に子供がいないことに気がついたかい?」

「いや――」

そもそも、この街の人を見たのもさっきが始めてだし。

「この街の子供たちはね、みーんな攫われたんだよ。その時街にいなかったフォン以外はね…………それを止めに入った両親も、知り合いも、みーんな殺されちゃったんだよ」

「誰もそれを口にはしないんだけどね」と、フィレットさんは呆れた様な、憐れむような笑みを浮かべ、目を伏せてしまった。

僕は、この国の惨事を全く知らなかった。

巻き込まれたとか、片足を突っ込んだとは言いつつも、気がつけば戦いは終わっていて、その辺に投げ出されていただけで……。

怒る理由が、分からなくなった。

急な賢者タイムに、自分でも笑いが出る。

「……誰がそんな事を?」

「――この国は、大型ギルドが拠点を置き、その上に国王が居るんだよ……ギルドは国王の言いなりだ」

フィレットさんは黙ったが、それ以上言わなくても結論は分かる。

「じゃぁ、国王が?」

「うん。ギルドに命令してね……どうやらギルドマスターを通した話でもなく、勿論、不承不承でやってるハンターもいたけど。結果手を貸したんなら、そいつ等は僕の敵だよ」

その場でへたりと座り込んだ。と、言うより腰が抜けた。

話しを聞いて、周りの全てが敵に見えてきた。

あの受付嬢の美人も、ヨボヨボのおっさんも、勿論あの暴君も……全員関わっていたのか?

「……子供達って、どうなったんですか?」

「さぁ……なんせ、街の外の情報は何も入ってこないから……ただ、フォンが持ってきた新聞には何も載っていなかったから、誘拐があった事すら、世間様は知らないんじゃないかな」

確かに、歩き回っていた中で、そんな話は一切耳にしなかった。

小さい小さい争いごとの僕なんかが指名手配の話題に上がるくらいだ。

「そりゃ、国王が『この街の子供たちには、居るべき場所がある』とか言って子供を誘拐したーなんてなったら、批判も来るだろうし……情報統制は覚悟してたけど、そこまでとはね」

「…………それなら、フィレットさんが巨大ロボットで狙うのは、その国王ってことですか?」

フィレットさんは小さく笑い、僕の横に並んでテーブルに小さく腰掛けた。

「国王邸及びギルドだよ……邪魔なんだ。僕と、ある人にとってね」

「そうですか……」

僕に、それを止める義理はない。

「でも、子供たちが中に居るかもしれませんよ?」

「僕の技術は凄いんだから。それくらいは対策済みだよ」

「……なるほど」

な―にを納得しとるんだろうな。

というか、今ってどういう状況だよ。

僕もフィレットさんも、それ以上喋ろうとはしなかった。

目を瞑って、どうしようか考える。

正直言って、冷汗が止まらない。

貧乏揺すりを意識して止めている。

何で美人と横並びで話すわけでもなく呼吸してるの? 何がしたいの?

う~ん。

腕を組んでみたり、鼻息を思いっきり吐いて見たり……そうこうしていると、遠くから何か雑音が聞こえてくる。

小さい、とても小さい、話し声のようだ。

「――きて、――ブ君!」

「――きないよ。――対なんだから」

聞き馴染んだ……クロイの声だ。

アリエスと呼ばれた女の子の声も聞こえた気がする。

何度か同じように叫んで、次第に、次第に、その声は大きく、会話は鮮明になっていく。

「起きなさいよ、チェボブ君!」

「だから、起きないってばお姉ちゃん。この部屋の中で、私の力は絶対なんだから」

「そうとも限らないでしょう? 富裕層街での時はチェボブ君も戦っていたじゃない」

「あの時はあたしがあの緑の化け物と戦っていたからだよ。今は狭い範囲に意識を向け切れてるもん」

「なら、その緑の化け物が、今にでも出て来るかも知れないわよ」

「ふふふ! それは無理よ! だって、私の世界は絶対なんだよ!」

目を、カッと見開く。

あのクソガキ――完全に油断してるところを驚かしてやる!

僕は立ち上がってリュックサックを持ち、その勢いのまま声の方に飛びかかった。

怒ってキャットタワーから飛びかかる猫のような空中姿勢。

そんな状態の僕に、フィレットさんが話しかけてくる。

物凄い早口なのか分からないが……時間がゆっくりと進んでいる様に錯覚するくらい、鮮明に、耳元で聞こえてきた。

「じゃあね、ごんだ君。この世界と共に、爆散してね」

何その文法! 危険で不穏な単語しか使われてないんだけど!

「フィレットさん、何を言って――いねぇ!」

そこにあったのは『リモートボム』で。

フィレットさんの瞳と同じ輝きを放つ無数のそれが、僕と同じように宙に飛び上がっていた。

タイヤの高速回転が見て取れる……間違いなくフィレットさんが操っているのに、この箱のような小さな世界に彼女は存在しない。

だが、フィレットさんは忘れている。

僕は、爆破技師だ。

この場において僕が守らなければならないものは只一つ。

「くらえ、クソガキ!」

体を捩りっての全力投球。声のした方に思い切りリュックサックを投げる。

――鳴る筈のない懐中時計の音が聞こえてくる。

自分の胸が膨らむのが分かる――目の前に居る、見えない誰かの苦悶の声が聞こえた。

覚悟を決めて顔を上げると、そんな僕を嘲笑うかの如く下から現れた『リモートボム』が視界の先で重力に負け始める。

その中で、雨水のような濁った液体が、重力に負けて容器を飛び出すのが見えた。

下に散りばめられた赤い花弁に、それが霧消していく。

間もなくして――

身を焦がすような炎と衝撃の波が、その世界を埋め尽くした。


意識を取り戻し、気がついた時には、真っ暗な世界で横たわっていた。

まぁ、瞼を閉じているだけなんだけど。

カタカタと体を揺らす、身に覚えのある心地よい衝撃が、後ろ半身を叩いている。

確か……バクダだっけか。

あの時と同じように、バクダの引く荷台に乗っているのだろう。

照り付ける日差しが、むしろ心地よく……ポカポカとした陽気の中で、今の状況に何の疑問も持っていなかった。というより、持ちたくなかった。

体を横にして、腕を枕に――

「むにゃむにゃ」

「姉貴、起きてます」

「よし。殴っていいわよ」

「うす――」

ダンッ! メリィッ!

海老反りになって回避、その場から飛び退いて瞼を上げると、荷台に風穴を開けたチェボブが、目を見開いて僕を見ていた。

「何だ。起きちゃった」

「起きちゃった。じゃ、ねぇよ!」

何だよ今の流れる様なドメスティックバイオレンスは!

「起きて早々元気で何よりね」

「おまぇ――」

クロイの方を向いて、声が詰まった。

「お前……ほぼ全裸じゃん」

「よし。その良く分からない杖で殴っていいわよ、チェボブ君」

「はい!」

チェボブは串団子みたいな杖を取り出し、迷いなく振り切った。

あれが当たれば、確実に致命傷だ……さっき死にかけたのに‼‼‼

てか――

「ちょっと待て! 今の状況を教えてくれよ!」

「あれがああなってそうなってどうなって、こうよ――さぁ、思い切りやりなさい」

「はーい!」

「説明になってねぇよ!」

ブンッ! と風を切りながら、屈んだ僕の頭頂部を掠めていく。

「あの国から逃げ出したのよ」

「逃げ出した?」

ブンッ! 切り返しの杖をもう一度屈んで避けながら聞き返す。

「どうやって⁉」

「あなたのリュックサックが急に現れて、アストラの娘さんを気絶させたの。その隙にね」

「へー! 成程ね!」

チェボブは構え直した杖で突いて来る。

何度も何度も襲い掛かってくる杖を躱しながら続ける。

「それで――なんで――そんなに――ボロボロ――なの⁉」

「あの部屋に残っていた『リモートボム』とかいうのが追いかけてきたのよ。死にかけのあなたたちを盾に何とかなったけれど……あれは凄い威力だったわ」

「ふーん! あ、そう!」

僕たちが頑丈で良かったね!

「あと、いい加減立ち止まったら?」

「何でだよ!」

立ち止まれと言われて、つい無意識に従ってしまい――「グフッ」

土手っ腹に重い一撃を喰らった気がして膝から崩れ落ちた。が、実は全く痛くない。

「あなた、リアクション芸人ね」

「リアクション芸人に失礼だろ!」

僕が腕を上げると、お腹の方からパラパラッという音がした。

「兄貴、爆発の炎を直接受け過ぎたからか知らんすけど、真っ黒カチコチ煤だらけだったから、落としてあげようとしただけなんすよ」

「なんか、ごめん」

「別に」

何で僕が謝ってるの? 何でお前はしょんぼりしてるの? さっき猟奇的な眼で攻撃してきてたじゃん。

「それと、あの国の事は全て聞いたわ」

「コレからね――」と、クロイが取り出したのは、気絶してだらりとしているKCちゃんだった。

「何処に居たの? ソレ」

「逃げる時の道にね。『リモートボム』の巻き添えで気絶していたのよ」

……何でだよ。様子でも伺ってたのか?

「じゃぁ、貧困街の子供達の事とかも聞いたの?」

「えぇ、かなり信憑性はありそうな話だったわ」

「…………そうか」

僕が肩を落とす傍で、気を取り直したチェボブが煤を落として歩き回る。

「…………落ち込む気持ちは分かるけれどね。そんな暇があるのならあなた自身がもっと強くなりなさい」

クロイが僕の目の前で屈み、目線を合わせてきた。

「私もだけれど、戦いを知らな過ぎたのよ。この世界にある力も、人々の能力も、関係性もね」

「うん」

「……それに、あんなのは魔王でも何でもないのよ? ただ、その一部ってだけで――」

「一部?」

「えぇ――」

クロイが目の前でKCちゃんをぶらぶらと振った。

「コレも、あのフィレットって女も、そして――」

今度は、僕を指さしてくる。

「あなたも」

「ぼ、僕も?」

「えぇ、これはチェボブ君にも話したのだけれど……あなたたちには共通点があるの。それが何か、分かるかしら」

「………………見た目が良い、とか?」

「あのねぇ……」

「兄貴……」

二人のため息が突き刺さる。

んん。何で? ホントの事言っただけじゃん!

「フィレットの姉貴は可愛かったすけど。あんたら二人はそうでもないっすよ」

「鏡とか見た事あります?」と止めの一撃を喰らって、心臓がキュッとなる。

もうふざけるのやめよ。

「あなた、自分が暴走したことあるって自覚はあるかしら」

「……うーん。無い、かな……気を失う事は多いけど。その言い方だと。僕、暴走したことあるの?」

すっごい怖い話をされていませんか?

僕、気がつかない内に別の人格があったってこと?

「えぇ。それも、とんでもないやつをね」

「はぁ」

止めの一撃の後に、そのカミングアウトはかなり重い。

「頭を落としている場合では無いわよ。ここからが知っていて欲しいことなの」

「……はい」

顔を上げ、真剣な眼差しを見つめる。

「あなたたちは、二面性を持っているの……それはあなたたちにとって、危するべきことでもあり、希するべきことでもあるの。魔王の力のほんの一部ではあるから……大いなる力には、困りもののデメリットも不可避という事ね」

「……どういうこと?」

「二面性を得るには、様々な事情や理由が必要らしいのよ。あなたの場合は原因ね」

「……」

僕は黙って聞く。

じゃないと頭の回転数が足らない。

今、厳ついしかめっ面になっていると思う。

「コレはどこまでも荷物を運ぶために。あの女は、復讐のために……あなたは、この世界に生を受けるために」

「…………なるほど。なら、僕の二面性って――」

「そう。その体の持ち主――ごんだたけし本人よ」

「……マジかよ」

「あの人は俺の憧れっスけど……めっちゃ凶暴で怖いんすよね」

「安心なさい……さっきの気絶中には出てこなかったから、暫くは大丈夫なはずよ」

僕があまりにも落ち込んでいたからか、クロイが肩に手を乗せてそう言った。

でも、そう簡単に切り替えれ無いよ……意識失えないから寝るのも怖いじゃん。

「――――――――そろそろ着きますぜぇ」

しゃがれた声が、バクダの先頭から聞こえてきた。

「バクダ特急便――目的地は『水の街 AQUACLEI CAELUM』」

今度は水の街……改めて、この世界にはどれだけの街があって、どんな人が居るのだろうか……世界の中心RED STOCKでは、あらゆる人や亜人を見たし、国の現状も知れたが、全てでは無いだろうし。それに、それが世界の全てでは無いと思うし……。

よく考えたら、この世界について僕は何も知らない。

それに――

「僕たちは、強くなる必要がある」

「そうね、知る必要もあるわ。焦るのも、もう辞めたわ」

そうだ、僕らは焦り過ぎていたんだ。

そう簡単に、その世界の文化に、特性に、慣れることが出来るはずがない。

「俺もどこまでだってついて行くぜ、兄貴! 現状だと俺のがレベル高いっすけどね!」

だから僕は舐められているのか。そうだ、そうに決まってる。

「わいも手伝うっちゃけ……殺さんでくれや、師匠……」

KCちゃんはそれだけ言うと、また力を無くしてしまった。

もうグ文法も方言もチャグチャじゃん。

「……KCちゃんはどうするの? 一応、魔王の力を持ってるんでしょ?」

「えぇ、そうね……でも、何かの役に立つかもしれないから、一応連れて行くわ。ほら――」

クロイに放り投げられたKCちゃんは、僕の肩の上で項垂れる。

えぇ……コイツ、嫌いなんだけど。

「さぁ、行くわよ。レベル一からやり直しの旅路、再開よ」

「っしゃ! 行くぜぇ!」

クロイが先立ち、チェボブも飛び跳ねてそれに着いて行った。

「さぁ、行くぞ。下瀬」

一度、力一杯に頬を叩く。

「爆破技師、転生。その第一歩だ」

僕の知っているどの異世界転生物語よりもグダグダで、大きく進行の遅れている旅路だけど。

それを楽しんで行こう。

せっかく転生出来たんだし。

「し、師匠……ゆっくり行動してくれや……うぷっ。吐きそう」

「台無しだよ!」

絶対にゆっくり動いてやらん!

大股かつ大きな動きで荷台を降りようとした僕の腕を、何者かが掴む。

「おい、俺も今職がねぇんだ。あんたらの運転手として……金くれ」

「ねぇよ‼」

低音渋々イケボイスでなんてこと言ってんだ!

何もかんもが台無しだよ‼

「うげぇえぇ!」

「うわ! きったねぇ!」

バクダのイケメンがその場から飛び跳ね、肩にを伝って生温かい何かが――

「おいゴラァ! 人様の肩で吐くな!」

「へへっ、師匠。俺に先手を取られやしたね、グフッ――」

「一生そうやって寝てろ!」

あぁ、もう。

最悪の異世界転生だよ。


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