2.砂漠の道、DRY Thirsty
「ねぇ、これ何?」
「知らないわよ、汚いわね」
汚くはねぇだろ。
すげぇ嫌な顔して僕の方を見るの、やめてもらえます?
「まぁさっき食べさせられそうになったものに酷似してはいるけれどね」
早口だけど、クロイはそう答えてくれた。
確かにさっきのやつに似てる。
だけど少し違って、赤い筋がその外周を走っていて、とても気持ちが悪い。
「食べ物では無いな」
「当たり前でしょ? そんなことより、早く行くわよ」
「行くってどこに」
キモ岩を巾着袋にしまいながら、はるか遠くに感じるクロイの顔を見上げと、マジかコイツみたいな目で見下ろされていた。
「……なんだよ」
「あなた、本当に何の知識も無いのね」
「当たり前だろ⁉ 正直、自分が死んだことにすら脳の処理追いついてねぇよ!」
「ハァ……と言っても、私もあまり聞かされていないから……あ、そうだ――」
クロイが身を捩ったと思ったら、視覚から突然隕石の様な何かが――
「だっつ」
それを何とか受け止め、前に抱える。
スカスカの青いリュックサックだった……最悪の記憶が過ったが、直ぐに振り払う。
「その中に必要最低限のものが入っているから。今のうちに確認しておいたら?」
「お、おう」
何その鞭と飴。
あの無能そうな男も、最低限気が利いたってことね。
そう思いつつリュックサックをひっくり返して、絶望する。
――短剣と赤いスイッチ、真っ白なカードにパン詰めにされた綿菓子の袋。
「え? なにこれ」
「あら、顔だけじゃなく、目も悪くなったの?」
「違うだろ! ろくなもんが入ってねぇってことだよ!」
「…………文句が多いわね。武器と食料があるんだから十分でしょう? それと、短剣は大切に扱ってくれると助かるわ」
「短剣なんて扱えねぇし、綿菓子は食料じゃねぇ! それに――」
「おーーーーーーい! ごんだの兄貴ぃいいぃいいぃ!」
「グフッ――」
クロイに睨まれ、怯えた子羊みたいになっていると、横腹を闘牛の様なトラックの様な、腐りかけのシャインマスカットみたいな緑色が襲い掛かってくる。
リュックサックが手元を離れる。
「兄貴ぃ! そりゃつめてっすよ! 俺、兄貴の舎弟として今までやって来たじゃないすか!」
痛すぎて声が出ねぇ……てか、呼吸も出来ねぇ……なんだ、コイツ……またごんだたけしの取り巻きか……?
「ちょ、だ、大丈夫すか兄、貴――どひゃあぁぁあ! 何じゃこの美少女は! いつの間にこんなのをはべらせt――」
グシャッという音と共に、体にかかる重みが消え失せる。
と、同時に、追撃を加えようと動き出すクロイの足首を掴む。
「おい、アイツ死ぬから。マジで」
今の僕の目の前で巻き起こった事象、マジで交通事故みてぇだったから。
聞いた事ねぇ音と見た事ない顔の歪み方だったからね? てかさ、キレ過ぎね? ……ごんだたけし、可哀そう。
「ふん」
クロイが足を振り、僕の手が離れる。
「いいから早く起きなさい、こんな所でうだついている時間はないの」
「あれ? ちっとも優しさとか無いの? ――って」
クロイは道具をリュックサックに詰め直し、それを僕に投げつけてくる。
「早くしないとあの変なの、起きるわよ」
「げっ」
それは嫌だ。
人間の時からだけど、ああいうキャラは苦手だ。
誰かの取り巻きというか、金魚のフンというか……そういう関係は大嫌いだった。
だから友達少ねぇんだろうな。
僕はさっさと起き上がり、先に歩き出していたクロエの尻を追って走る。
その背後から――
「ま、待ってくれよ……兄貴――俺も、ついて行きますよぉ!」
背後からの見事なタックル。
それを僕はギリギリの所で前のめりに躱し、鼻を思いっきり地面にぶつける。
この体、遠近法が難しすぎる。
ズボット鼻を地面から抜き、顔を上げると、その横を凄い速さで何かが通り過ぎていく。
「ドワーフって……変態しかいないのね」
どうやら、さっきの男がタックルの勢いのままクロイの足に飛びついたらしい。
2回目は……当分復帰は無理だろうな。
と、思ったのも束の間、彼はムクッと体を起こす。
「俺は、諦めない!」
てな感じで、なかなかタフガイなドワーフの男、名前をチェボブというらしい彼は、僕たちに付いてくることになった。
チェボブの装備は変な顔の描いてある盾と、串団子みたいな杖だった。装備について、あえてツッコまないでおいた。
ドワーフの村のスカスカ門を抜け、坂道を上がった先にあったのは、一面の砂。
地平線のその先も、右も左も下も砂の海。
「さ、行くわよ。RED STOCKへ」
「……ねぇ、これって歩いて行くってこと? そのRED STOCKって街まで結構距離あるの?」
「知らないわよ、街の名前と方角を聞いただけだから。ただ、行動しないと到着しないのは確かね」
「…………お前って、日焼けとか怖くない感じの女の子?」
「日焼け? 何よそれ」
ありゃー。天使って便利だなぁ。
僕なんか直ぐギシャギシャになるよ。
「兄貴、安心してくださいよ! ドワーフは肌が強いから、日焼けなんてしないっすよ!」
「あ、そう」
元気いっぱい過ぎるだろ。
こういう奴がいる時って、元気貰えるもんなんじゃないの? むしろ吸われてる気がするんだけど……返してよ! 元気!
「あと姉貴、別に歩いてく必要ないっすよ」
「え?」
「村とRED STOCKを繋ぐ唯一の一本道に、バクダが通ってるんで」
「「バクダ?」」
「そうっす、バクダっす」
「…………これが、バクダかよ」
「確かに、バクとラクダを足して2で割ったみたいな見た目をしているわね」
あぁ、それでバクダね、今気がついたわ。
今のこの状況においても面白くも何ともない。
「ねぇ、この生き物……滅茶苦茶キモいのだけれど。どうにかならないのかしら」
言うねぇ、クロイさん。
バクダさん、凄く悲しそうな顔しているよ?
一匹なんて、泣いてるし、えずいてる。
まぁでも、確かに――
「キメェな――」
ドシャ! という音が聞こえ、僕の視界が真っ暗になる。
「気を付けなよ旦那、こいつ等は男には厳しいんだ……キレると視界を奪う涎を吐きかけて来るからなぁ」
「言うの遅せぇよ!」
ジジイが渋い声しやがって! どうせほぼ骸の老兵だろ!
「誰かぁあ! 目が痛い! 何か痛い気がする! あー顔が痺れてきた! 喋り辛くなってきたよ! 何か頭もいてぇわ!」
「旦那ぁ、そんな効能はねぇでさぁ」
「兄貴、落ち着いてくださいよ。傍から見てるとめっちゃダサいっす!」
慕われてねぇなぁ! ごんだたけし!
周りは敵だらけです! 誰か助けて!
「そいで、RED STOCKまででいいんですかい? 今から出ちまったら、着くのは明日の昼頃だが?」
「えぇ、構わないわ」
「へいへい」
「……所で、お金のようなものは持っていないのだけれど」
「あぁ――大丈夫でさぁ……いざという時、このバクダ車と、後ろの荷を守って貰えりゃね」
「分かったわ。さ、行きましょ」
「へい姉貴!」
…………え?
今の言葉に違和感を持ったのって僕だけなの?
クロイさん、何も言わないの? すっごい素直に乗ってるけど。 バクダ、歩き始めたけど……道中なんかあるってことだよねぇ⁉ 今の言い方!
視界真っ黒であたふたしていると、肩にドンッという衝撃が――
「よっしゃぁ! 兄貴! 俺、めっちゃワクワクしてきたっす! 実はドワーフって村出ただけで重罪なんすよ! 行くぜ! 炎のたけし隊! ファイヤァアァァ!」
………………………え? 何言ってんのコイツ。耳元でうるせぇよ。
チェボブがごんだファイヤフェニックスとかいう、超リズム感の悪い曲を歌っている以外、特に雑音もなく。
というか真っ暗な視界と、予想以上のバクダの乗り心地の良さに。ほとんど眠ってしまっていたらしい。
目を覚ました時には、辺りは真っ暗でバクダは停止していた。
そして現在。
僕の顔の右半分は腫れあがってほとんど感覚がない。
「いや、ごめんって……寝てたら体が傾いて――」
「うるさい」
ぺこり。「ごめんなさい」
「あんたら、仲がいいのか悪いのか分かんねぇな」
焚火の炎に揺られるサングラスのイケメン。
……誰だよ、コイツ。
声がとてつもなく渋いけど……まさか、バクダの老兵?
でもなんか喋り方違うしなぁ。
若いっていうか、何て言うか。
「失礼ね。仲がいい訳ないでしょう?」
「ふっ。そうか」
こいつ、一挙手一投足全部がカッコいい。だから嫌いですコイツ。
神様。どうかドワーフに転生させてやってください。
「ところであんたら、何でRED STOCKに向かってる?」
「どうしてそれを、貴方に言う必要があるのかしら?」
「それはそうだ……が、嬢ちゃんの身なりが怪しいもんでな。ま、忘れてくれ」
「……そういやお前寒くないの?」
だって、皮膚の厚いドワーフの僕ですらクッソ寒い。
焚火の炎に当たっているとはいえ薄着だし……天使は大丈夫なのか?
「何を言っているのかしら。とても寒いわ」
「えぇ⁉ 寒いんかい!」
寒いんかよ! 顔色一つ変わらないのすげぇ!
「当たり前でしょう。夜の砂漠なのよ?」
「素直に寒いって言えよ! 凍え死ぬぞ!」
「悪いな、俺も気が利かなかった――これを巻いておきな……少しはましになる筈だ」
イケメンが差し出したマフラーのようなものを、クロイは突き返す。
え? 何で? ドMなの?
「じゃ、貰っていっすか」
「あぁ、別に構わな――」
「それなら、私が使うわ」
「えぇ……」
なんなのコイツ……。僕の伸ばした手の先に何もないの超虚しいだろ。
この手、どうすんだよ。
焚火にあぶられてあちいよ!
「ほら、これでも食って体を温めろ」
空いた手に、木製の器が乗せられる。
あ……役目ができて良かったね。僕の手……。
「……で、何? これ」
木製の器を手前に寄せ、中を見ると、ドロドロで緑色の液体が、ポコポコと気泡を破裂させながら波を立てていた。
「砂漠昆布っていう、この辺で自生している植物だ」
「…………へー」
この世界に来てから美味しそうな食べ物って見てないんだけど。
「気持ちの悪い食べ物ね」
「……ふっ。若いな、嬢ちゃん」
「ん」
おぉーお。横顔でも怖いわ。
しかしバクダ老兵はそんなクロイを意に返さず、自分の為にによそっていた砂漠昆布の液体を一気に飲み干し、ぷはぁと臭い息を吐き散らかす。
「栄養が摂取できるだけでも有難いもんだ……まぁ、いずれ分かる」
「あぁそう」
でも私は飲まないと、そう言いたいかのように、クロイはそっぽを向いた。
…………あの、僕も出来れば飲みたくないんですけど。
と、緑の液体を見つめて絶望していると。
「兄貴! 遠くからなんか来ます!」
「えぇ⁉ 何⁉」
「来たか――」
バクダ老兵は立ち上がった。
やった! 何か飲まなくて済みそう!
「だ、か、ら! 銀色にテカってる何かが来てんすよ!」
「おい! ソイツは四足歩行で蟻みたいな見た目か⁉」
「んーーーーーーーっと。そっすね!」
「何だよそれ」
僕が見に行こうと立ち上がった時。
イケメンがいた方からボンと音がしたので、顔を動かすと、既にそこにはイケメンは居なくなっていた。
「……分裂したわね」
「え? 分裂?」
「あのいけ好かない男がバクダの正体ってことよ――そんな事より、行くわよ」
「え――ちょっ!」
どういうこと⁉ イケメンがバクダの老兵なんだろうなとは思ってたけど。イケメン分裂=バクダって意味わかんないんだけど!
そうやって僕の思考がグルグルキラキラメリーゴーランドしている内に、クロイに掴まれた筈の手が離れる。
気がつくと、目の前の高台でチェボブが膝立ちに何かを見ていた。
そして――
「あれ、シルバーアントっすよ兄貴!」
血相を変え、意味の分からない報告をしてくる。
「シルバーアント?」
「それは何なの?」
「やべぇ生き物っすよ! 一瞬宙に浮くくらい足が速くて、砂漠を歩く人々を轢き殺していくんす! あと、牙も鋭いっす!」
「なるほど、それで――」
やべぇっすよ! とチェボブはかなり気が動転している様子。
一方の僕は、かなり落ち着いていた。
というか、脳の処理が追いついてない。
えーと……バクダがイケメンで分裂してシルバーアントが空を飛んで……?
考え事をしているクロイを見つめながら、そんなことをボーっと考えていると、ふっと目が合い――
「さ、あなたの出番よ」
とか言い出す。
「うーん……何で?」
「シルバーアントは早すぎて一瞬宙に浮くんでしょ?」
「はいはい」
「と、言う事は。どこかのタイミングでお腹に隙が生まれるの」
「うんうん」
「そのタイミングであなたが先頭のシルバーアントのお腹を下から爆破して――」
「おい。おかしいだろ」
真顔でなんてこと言いやがる。
「なに?」
「そもそも、爆弾なんて無いだろ……あるのはこの――」
キランッ! と輝きを放つ短剣をリュックサックから取り出す。
「小っちゃい剣だけだ」
「何を言っているのかしら……それはあなたには扱いきれないわ」
「え?」
「あなたは、馬鹿なの?」
「いや、だから――」
「赤いスイッチがあったでしょう。そして、あなたは今爆破技師なの」
「…………で?」
「シルバーアントの腹の下でそのスイッチを押して、あなた自身が爆発するのよ……その為の道具なんだから」
「…………………………は?」
何それ。爆破技師の能力って、そんななの? 何か思ってたのと違うんだけど? それってただのビックリ爆弾人間じゃん。
「それ、僕死なない?」
「死なないわよ。爆破技師だもの」
だもの。じゃ、ねぇよ!
「いや、無理無理無理無理。爆発とか金輪際見たくないね!」
「わがままを言っている場合じゃ――」
「危ない‼‼‼‼‼」
チェボブお得意のタックル。
しかし今度はチェボブの腕に抱えられ、はるか彼方に飛んでいく。
「さ、早く起きて!」
怯んでいる暇もなく。3人岩陰に並んで、シルバーアントの過ぎ去ったキャンプ跡を見つめる。
と言っても、明かりはなく。そのせいで真っ暗なんだけど。
「ほら、あなたがうだうだと言っているから――」
「無理だろ! 自爆しろなんてよ!」
「自爆じゃないわよ。勇気の突撃よ」
「意味わかんねぇよ!」
「二人とも静かに!」
静寂と同時に遠くからドドドドという地響きが聞こえてくる。
「まさかとは思うけど、引き返してこないよね」
「そのまさかっすよ! シルバーアントは獲物を認識して、殺すまで何回でも行進を続けるんす!」
何だよその性質……。
「それ故に、先頭のリーダーさえ再起不能にできれば、しばらくは戻ってくることは無いんす……獲物を認識して、指揮を執っているのが先頭の――リーダーなんすよ」
「そうか……」
「どう? やる気になったかしら?」
「ぐぬぬぬ」
選択肢ねぇじゃん。って、思ったけどそう言えば。
「お前らの能力って何なの?」
「俺は僧侶なんで! 回復とか、バフとかっすね!」
その見た目で僧侶だったのかよ……マッシブな癖して盾と杖だから何かと思ったわ。魔法戦士があるなら僧侶武闘家があっても良いか、なんて思いました。
個性、大事!
で、問題のクロイだが……何で黙っているのかな? ん?
「クロイさんは?」
「…………さぁ」
「さぁってことは無いでしょ! 爆破技師についてこんだけ詳しかったんだから、自分の職業くらい――あ、そうだ! 職業カード見せ――」
顎に凄い衝撃! 体が、脳が、視界が、宙を舞う。
あ、間違いない……彼女こそが真の武闘家だ。
少し離れた位置に着地し、仰向けに星空を眺める。
……もう、ダメだ……。このままシルバーアントに轢き殺されるのも悪くない。
そう思い始めた頃に、クロイがやって来て、顔を近づけてきて――
「私の能力は『触れたものに原子を一種類だけ加える』よ」
「っな、そんなチート――」
「ほら! 職業カード、モザイクがかかっているでしょう……これを彼に見られるわけにはいかないのよ」
「あぁ、」
なるほど。
時折こいつが天使で、身分を隠さないといけないのを忘れてしまう。
前もあったな……これは、僕が悪い。
「ごめん。僕が悪かった」
「何よ……急に」
と、同時に。
「いい案が浮かんだんだけど……どうする?」
「……どうするって……一体、どうするつもりなの?」
「これだよ――」
僕は懐から木の器を取り出す。
「あなた――これ」
「あぁ、砂漠昆布だ」
「よくもまぁそんなものを溢さずに持っていたわね」
「何でだろうね――」
と言いつつ指を液体に突っ込み、持ち上げると――。
「ドロドロね」
「うん…………」
アイツ、こんなの一気飲みしてたの? 口から先、アイススケートかなんかなの? お雑煮のお餅より粘度あるけど。一発救急車だよ、これ。
「で、だけど……お前の力で、この液体を爆弾にする」
「……どういうこと?」
「なんとかこんとか窒素だよ。昆布にはヨウ素が豊富に含まれてるから……窒素さえ加えれれば、爆弾になる……はず」
「それは現実世界の話でしょう? それに、私が窒素を加えただけで、その、なんとかこんとか窒素とかいうのが出来るとは思えないのだけれど?」
「……それこそ、ここが異世界だからって理由でなんとか解決できるだろ……なんかの因果で爆弾くらいできるよ……多分。マジレスなんてさせねぇ」
「まぁ、死ぬのは私じゃないから……いいわよ。やってあげる……でも、それって赤いスイッチを使った自爆の場合と何が違うのかしら?」
「受動的か能動的かの違いだよ」
「ふーん」
クロイが手を伸ばしたので、その上に気の器を乗せる。
「それにしても、どこからその知識が出てきたのかしら?」
「…………知らん。なんか、パッと思いついたんだよ」
「ふうん」
すっごい疑いの目! でも、本当だし。
「ごんだたけしの怨念じゃないかしら? 体を返せーって、自分の記憶をあなたの脳に植え付けてきているのよ。あなたの中からね」
すっごい怖がらせて来ようとしているのは伝わるけど。
残念。めっちゃ可愛いからね。その煽り顔。
「はい。出来たわよ――」
雑にホイって!
「ちょっと待て!」
「……何よ」
「仮になんか変な窒素になってるとしたら、すっごい小さい衝撃で爆発するから!」
僕が両サイドから木の器を挟むと、クロイが手を離す。
「じゃ、あなたはここから動けない訳ね」
「…………そうだな」
クロイはニヤッと小さく口角を上げる。
「――チェボブ君!」
「はーーーーい!! 何すか! 姉貴ぃいい!」
「シルバーアントをここに誘導できる⁉」
「ういーーーーーす! りょうかいですぅうううう!」
「おい! 了解じゃねぇだろ! ――おい、ちょっと待て!」
「何よ」
普通に立ち去ろうとする鬼畜外道の悪魔王大天使を呼び止める。
変な態勢で木の器を受け取ったせいで、これじゃ可哀そうな人だよ? 皆同情して!
「このまま僕を見殺しにしたら、お前もその目的ってやつ、達成し難くなるだろ⁉ そしたら――」
「別に。あなた、自分が思っている以上にいらないわよ」
「えぇ……? あ、ちょおい! 人でなし! くず! あほ! たこなす! 戻ってこい! 貧乳ガリ!」
「ん」
ぺこり。「ごめんなさい」
…………………………。
顔を上げた時には暗闇の中に、クロイは消えて行った。
いつもみたいに叩いてよ! ……あ、叩かれたら爆発しちゃうわ。僕の心と一緒にね!
そうして何も見えずに、腰の引けた変な恰好でジリジリ後退りしていると。
パァアン! と爆音を立てて、突然空に光が灯った。
「兄貴ぃいいいい! 頑張ってくださああああぁぁぁぁぁぃ――あ、そうだ。これ見つけたんで上げます! じゃ――――」
「お前、そんな事も出来たんか……」
突然現れたチェボブが、何かを地面に置いて、僕を追い抜いて消えていく。
それに呆気に取られていると、地響きが次第に大きく――。
前を見ると、空の光を受けて、銀光の予想以上にデカい蟻が突進してきていた。
「あぁ、神様……僕、ここで死ぬのかなぁ;;」
ドドドドドドドドドド!
空の光が消えたのに、視界から消えてくれないシルバーアントは、どんどんデカくなる。
そこまで来て、ようやく思考が追いつき、チェボブが何を置いて行ったかを確認する。
ひょっとしたら、この危機的状況を乗り越えられる何かが――。
「………………あ、さり?」
足元にポツンと落ちていたのは、異歯亜綱マルスダレガイ上科マルスダレガイ科の、よく見るあさりだった。
それを見て、あることを思い出す。
確か、殻が閉じた状態なのに中に身が無く、砂が詰まったあさりの死骸を、爆弾っていうんだっけ……。
「おい! ふざけるなよあいつ! あとでぜっっったいシバク!」
覚悟を決めろ! 下瀬電! 思い切って前に行け! 前を向け!
あ、ダメだ……涙で前が見えねぇや!
もう、シルバーアントは目の前に――
「っく。クソがァアァァぁ!」
計算していたかのように、先頭を走るシルバーアントが少しだけ宙に浮く。
もし人間の姿だったら、間違いなく牙に、その巨体に轢き殺されていただろう。
シルバーアントも、僕が予想外の小ささだったからか、首を下に――目が合った。
だが――
「もう止まれねぇだろ!」
直後、シルバーアントの腹の下が見えた。
「今だぁぁぁああああ」
僕は思い切り飛び上がり、木の器をシルバーアントの腹の下に押し付け、そして――
「死ねええええぇえぇぇええぇ! ――いってぇぇえ!」
木の器を下から殴って貫通出来れば……あわよくば腹立つシルバーアントの腹を殴ってやろうとしたのだが、予想以上の木の器の硬さに弾かれてしまう。が、次の瞬間。
視界一杯の炎の波と、衝撃波――――――宙に舞うシルバーアント――――。
ドンッッッッ――!
キィィィィン。という耳鳴りが止まらない。
視界も靄がかかったみたいに曖昧で。
頭も、良く回らない。
そんな中で、意識を失ってはならないと、本能的に感じ取っている。
そして、そんな中で目の前で横たわる、巨大な銀色の蟻だけは、否が応でも分かる。
足がピクピクと痙攣している。
まだ、生きている。
「……殺さなきゃ」
ただ、それだけ……。
気がつくと、赤いスイッチを握っていた。
それに気がついたのも、シルバーアントの仰向けの腹の上に乗ってから。
思考も、ようやく回り出した……霧がかった思考の先に、答えが出てる。
周りにはもう、他のシルバーアントは見当たらない。
「……お前も、一人だな……今、殺してやる」
赤いスイッチを押し、拳に力を入れてそれを握りしめる。
何故だろう……感覚で、このスイッチの使い方がわかる。
後は、この拳を振り下ろすだけで――
「やめなさい」
パシッと。僕の拳は志半ばで止められる。
「邪魔するなよ……今から綺麗な爆発が――」
パシッ!
胸倉を掴まれ、持ち上げられ、しっかりビンタされた。
すると、全身を包んでいた霧が晴れていくみたいに、スゥっと力が抜けていく。
手から、スイッチが離れ、落ちる。
「目が覚めたかしら」
「…………あぁ、うん……もう、大丈夫」
「そ、ならいいわ」
クロイが手の力を抜き、僕は腹の上に着地する。
「あー……なんだったんだ……今の」
「知らないわよ。人が変わってみたいで、いつも以上に気持ち悪かったわよ」
「はぁ…………言うねぇ」
でも、否定できないよなぁ……この場合の悪い所は、自分が呟いていたことを覚えてるってとこで……。
「何? 『お前も、一人だな』って――ぷぷっ」
「おい! 笑うな!」
顔に血がのぼっていくのが分かる。
ヤダ! 恥ずかしいっ!
「ま、とりあえず。これは当分お預けね」
「……何で?」
クロイが屈み、ゲテモノを摘まむみたいに赤いスイッチを持ち上げる。
「これを握り出してからだからよ。あなたの性格がガラリと変わったのはね」
「ふーん……ま、自爆したくないから、それはいいんだけど」
「ほら、リュックサックをこっちに向けなさい」
「あいよ」
背中を向けると、少しだけ重みを感じ、楽になった。
その時。
「兄貴ぃいいい! 大丈夫だったすか⁉」
何処まで離れていたのか。アルティメットフィジカルお化けのチェボブが息を切らしてやって来た。
その顔面に一発――パーンチ!
「うぎゃ――何するんすか兄貴!」
ジーンって。ジーンていってるから。殴った手が、腕が、痺れて動かない。
なんて硬さだよ! フィジカルエリート、流石だぜっ。
痛すぎて涙出てるからね、今。
人と殴り合いしたことない弊害出たなぁ……。
「御三人! 頼むからそこから降りてくれねぇか!」
下から声が聞こえ、並んで覗き込むとそこには――
「てめぇ! 一目散に逃げやがって!」
「タダで運ぶ代わりの契約だっただろう? いいから、早いうちにそこから降りてくれ!




