デモン襲来 - demon kill ossan -
エリスとファルスは不満そうだったが早上がりは早上がりでいいものだ。校舎裏まで呼びにきてくれたミネルヴァに生徒を任せて軽い足取りで学舎へと戻った。
校長室の前までやってくると用務員の女性が寄ってきて『お待たせしていますよ、校長先生』と言って、お茶菓子をちょろまかしたのか口をモゴモゴさせながら隣の職員室に駆け込んでいった。
「やあセイウス、校長のイスの座り心地はどうだ?」
客人は[スレイヤー協会レガリス支部]の代表ロバート・カフだった。彼らがレコンキスタを果たしてこの旧都入りしたあの日からの付き合いだ。
「悪かないぜぃ、ロブ。ま、そこ座ってることより、生徒と棒振り回してる時間の方が遥かに長いんだけどねぃ」
彼が楽にしている応接テーブルの方に移って、こっちも用意されていた冷たい茶で喉を潤した。
ロブは黒髪の黒ヒゲの品のいい男だ。育ちは悪くないが末弟で、功績を求めてあのレコンキスタ作戦に参加したと聞いた。歳はまだ30いってなかったはずだ。
「調子の方は? かわいい女の子を4人もはべらしているんだろう?」
「若ぇやつの相手は大変だぃ、体力が有り余ってやがる。……ん、4人?」
「3人の女子生徒に、ミネルヴァ嬢だ。いいな、俺もそっちに転職したい」
ミネルヴァはいいところのお嬢様だ。家柄の高い子がスレイヤーや帝国騎士になること自体はそう珍しくもない。功績を上げて兄兄弟を追い落とすためであったり、免税上で有利であったり、スレイヤーになると色々と便利だ。チャンスがある。
「バカ言ってんじゃねぃ、俺ぁ男子生徒が欲しかったよぃ」
「王子殿下が復学されるまでの我慢だ。それでセイウス、仕事の話なのだが……」
だるそうに身を折り曲げていた男が背筋を伸ばして険しい顔をした。あまりいい話ではなさそうだった。
「なんだぁその顔? また面倒事かぃ?」
「警告だ。お前が帰ってきた頃くらいからデモンの動きが活発になっていてな、確認されているだけでもう7人の死傷者が出ている。民間人を含めない数字でだ……」
「それを俺がやっつけりゃいいと?」
「そうしてもらいたいが神出鬼没、結界の中に入り込んできてを単機で奇襲を仕掛けてくる厄介なデモンだ。いずれこの辺りにも姿を現すだろう」
「そりゃ……ちょいと笑えないねぃ」
茶菓子のチョコレートをかじってこちらも表情を引き締めた。
人間の世界は[結界]と[オベリスク]いうものに守られている。地域に[結界]を発生させるには、莫大な予算と工事日数をかけて[オベリスク]という建造物を建てる必要がある。建ててさえしまえば壊されない限り、結界の範囲内にモンスターが入ってくることがなくなる。
ただし特別な個体[デモン]は例外だ。不利を承知で結界の中に入り込んでくる鉄砲玉みたいなデモンがいることがわかっている。3年前のシルヴィオ王子昏睡の一件だってそうだった。
「このデモンは賢い。自分はまたここが狙われる可能性が高いと考えている」
「まさか王子殿下を襲った個体かぃ?」
「違うようだ、このデモンは飛竜の姿をとっている」
「そうか……」
シルヴィオ王子を襲ったデモンは老婆の顔を持つ怪鳥のような個体だった。しかし竜の姿を持つデモンはかなりの大物だ。竜とは人には叶わぬ怪物の象徴である。必ずといって強力だった。
「わざわざ知らせてくれて感謝だ、午後の教練が終わったら職員会議を開かにゃならんだろう……」
「デモンとは、なんなのだろうな……」
「さあねぃ。師匠は純粋な魔力であると言っていた。賢いデモンと一言で言っても、人間とは知恵の方向がだいぶ異なり、人間一人一人を個体識別することはない――とかだったかな」
「仮にそうだとして、人間を狩るために特化した知能とはなんだ? デモンはなぜ人間だけを襲う?」
「さあねぃ、虫が好かねぃとか、案外つまらん理由かもしれんよ」
ついでに定期報告を頼むとロブが言うので、目の前で報告書をサッと書き上げた。スレイヤーアカデミーレガリス校はアルトゥリアス王国の出資で成り立つスレイヤー協会の下部組織だ。ややっこしいが要するに、学校長からの報告書はこのロブが一応読むことになる。
「元は帝国の商会の用心棒だったと言っていたか?」
「俺かぃ?」
「他にいないだろう」
「ああ、そうだったよ。それから船を任されるようになって、運悪く嵐にあって……ははは、気付けばこの土地に流れて付いてた」
「む、もう書き上がったのか。校長の仕事が板に付いてきたな……」
「案外向いてるかもねぃ、俺」
「ミネルヴァ嬢のご慧眼というわけか。……む」
ところが急に外が騒がしくなってきた。靴を鳴らして石の床を駆ける物音が近付いてきて、ノックもなしに扉がぶち開けられた。
「助けて教官ッッ!!」
乱入者はエリスだった。普段は気品と落ち着きのあるエリスが血相を変えて校長先生の肩に飛び付いた。
「デモンか?」
「校舎裏の先ッ、ミルとファルスが足止めしてるッ、飛ぶドラゴンのデモンッッ!!」
ならばそれは今し方報告にあった個体だ。ここが襲われるというロバートの予想は的中した。
「方角は?」
「あ、あっち!!」
「よく知らせてくれたっ、後は任せとけぃ!」
エリスが廊下側の窓の外を指さすので、窓枠を足蹴にして校舎裏へ飛んだ。外に出ると校舎裏の奥から金属盾と何かがぶつかる激しい物音が響いた。その音を追ってまっすぐに駆けた。
木漏れ日が降り注ぐ校舎裏の林を抜ければ、その先は小さな庭園だ。屋上から放たれたバリスタが飛竜の姿をした巨大なデモンの鱗に弾かれるのを目の当たりにした。たぶん、ロブの仕事だろう。
バリスタではそのデモンを止めることは叶わない。デモンは立て続けに暴れ回り、舞い上がると、血塗れのファルスに襲いかかった。そうはさせねぇんだけどな。
「早かったですね、校長先生……」
「二度と繰り返させやしねぃよ、同じ悲劇を」
後一歩で同じ過ちが繰り返されるところだった。ミネルヴァと俺は追い込まれたファルスの前に飛び込み、それぞれの方法で大切な生徒を守った。
ミネルヴァは白い大盾、デモンを左腕に宿した男は甲殻化させた左腕で飛竜の突進を弾き返した。
ミネルヴァとファルスは傷を負っていた。リーチのある槍と盾を駆使するミネルヴァはともかく、双剣士ファルスの傷が重い。風の術か何かでやられたのか全身を刻まれて赤く流血していた。
「デモンは殺す……デモンは殺す……デモンは殺す……っ、絶対に、許さない……!!」
「ミストルさん、ファルスさんを下がらせてっ、早くっ!!」
「は……はぃ…………っ」
3年前、俺たちは王子を守れなかった。あの日のように再び学舎が強襲され、仲間が傷つけられようとしている。到底、許せるはずがない。デモン化した左腕を人間の腕に戻した。
「よぅ、カチコミとはやってくれるじゃぁねぃの」
飛竜型のデモンは己と同じ気配を男から感じたのか、剣に手をかけて近付く男に注視した。蛇のような不気味な目がこちらを見下ろしていた。
「一度ならず、二度までも……俺のかわいい生徒に手ぇ出しやがって……。クソトカゲ、お前もう生かしては帰してやらん……」
リハビリを乗り越えた王子殿下に安心してお越しいただくためにも、このデモンにはこの場で消えてもらう。もう二度と討ち漏らしたりなどしない。
「生徒の護衛はわたくしにお任せを。憎きデモンに、天罰を、セイウス教官」
さらに前進するとその飛竜型のデモンは臆した。師匠と共に生み出した魔剣がデモンの魂を欲していた。
逃走のためか、次なる攻撃のためか、目前のデモンが翼で突風を巻き起こして巨体を浮き上がらせた。
「逃がさんっ、落とし前がまだだろうがよぃ!!」
我が身に宿るデモンは左腕、右目、心臓の3つだ。右目は精霊型の超大物デモンに焼き潰された時に移植することになった。この右目に秘めたる魔力は詠唱法が失われた古の術すら使いこなすことを許す。
「邪悪なる風の精霊よ、我が敵の翼を切り刻め!! [喪失魔法・タービュランス]!!」
飛竜は攻撃をためらい、高まる魔力の前に逃亡を決意した。しかしもう遅い。通常ならば長時間の詠唱が必要となる失われた術は、全てを切り裂く嵐と案って竜の翼ごと全身を破壊した。
飛竜は無様に地に落ちた。うちのファルスに新しい生傷を増やしたトカゲごときに同情などない。魔剣を抜き、手負いの獣のように凶暴化した飛竜に近付いた。
竜の首は蛇の攻撃のように目にも止まらぬ速さで動いて抵抗をした。しかしそのような瞬発力任せの技はこの左腕に宿るデモンの外骨格には通じない。デモンの装甲でその最期の抵抗を防ぎ、飛竜の動きが硬直したところで[百を屠りしデモンスレイヤー]は右手の魔剣をただ力任せに振り下ろした。
一刀両断。その飛竜型のデモンの首は胴体から切り離され、もはや二度と人を襲うことのない純粋な魔力へと還った。
「これが……デモン、スレイヤー……デモンだらけの世界で、10年生きてきた、人間……」
「す……すごい……」
ファルスとミストルの声に我に返った。憎悪のあまりにとても人には見せられない顔をしていた。それを元通りのとぼけた校長先生に戻して、デモンの魂を吸収した刃を腰に戻して振り返った。
「やりましたね、セイウス教官……」
「ミネルヴァたちが迅速に対応してくれたおかげだぃ。よっ、片付いたぜぃ」
林の中からエリスが姿を現した。先ほどのうろたえた姿が嘘のように落ち着いていた。
「え、ええ……ここから見ていました……」
「そうかぃ、賢いな、エリスは」
「違います……。怖くて、矢すら撃てなかっただけです……」
「そりゃ正常な判断だ。勝ち筋なしに前に出るこたぁ何一つねぃ」
「でも、私、ファルスのクラスメイトなのに……」
少し乱暴にエリスを肩を叩いて慰めると、包帯ごと切り刻まれてしまった怪我人ファルスの前に寄った。白く美しい光を放つただの治癒魔法[キュア]で彼女の傷口を塞いだ。
術を使ったところで失われた血は戻らない。しばらくは安静にして体力を戻してもらう他にない。
「よくやった、ファルス。無謀に突っ込んだのはいただけないが、おかげで最低限の被害で――」
「ボクも……デモン……力……欲し……ぃ…………」
ファルスは左右の手の剣を足下に落として意識を失ってしまった。ファルスを支えてくれていたミストルとミネルヴァの傷も治癒魔法でサッと癒した。
「どうにかなりましたね、今回は……」
「ああ……。しかしどうしてデモン相手に突っ込むかねぃ、シルヴィオもコイツも……」
勇敢さは美徳とされるがそれを全肯定する気にはなれない。エリスやミストルのように、勝算の薄い相手には距離を取るやつの方が長生きをしてくれる。
その後はファルスを背中に背負って医務室に運んで、学校医から命に別状はないと保証されてようやく安堵の一息を吐けた。
デモン。人類を目の敵にする我らの敵。生半可な鍛錬ではとても倒せない命を刈り取る死神そのもの。デモンを討ちし者はそれゆえに[デモンスレイヤー]と呼ばれ、称えられ、新たなデモンを討つ暗黙の義務を負う。
しかしデモンは害ばかりとも言えない。長引いた職員会議の後に夜の廊下に足音を鳴らして医務室を訪ねると、そこにはファルスを囲む2人のクラスメイトがいた。共に前に出て戦えなかったことをまだ悔やんでいるのだろうか。
「ファルスには感謝しないとな」
「はい……」
エリスは嫌に素直だった。
「こんな性格でなかったら、あたし……一緒に、戦えたのに……」
ミストルもまた勇気のない自分を嘆いた。
「違うやぃ、俺が言ってるのはそういう話じゃない」
「え……?」
彼女たちはどちらとも知れず同じような声を上げた。
「今のファルスを背負えば、公然と女子寮って花園に入れるじゃぁないかぃ。ははは、感謝しねぃとなぁ!」
女子花園での簡単な探検を楽しむと、私物一つない部屋のベッドにファルスを横たわらせて、俺の方もその日の活動を終えた。
旧都レガリスはもっと多くの力が必要だ。下級のデモンくらいなら生徒たちだけで討てるくらいの強い力が要るだろう。俺には傷ついたファルスが、かつての生徒シルヴィオ王子に重ねて見えてしょうがなかった。




