着任初日 おっさん教官のつまらない座学と三人の問題児 - 座学バクチ式 -
古典作品では新任教師が教室の扉を開くと、得てして黒板消しなどが頭上から落ちてきて恥をかかされるものだが、そんな古臭いイベントが起きるはずもなかった。
ネームプレートによるとそこはクラス1-X。入ってみるとその教室は他の半分ほどの広さの教室で、奥にはロッカー、天井には魔法式の照明とシーリングファン、手前には大げさな書斎机と革張りのイス、大仰な金縁の黒板が設置されていた。
「こりゃまたすげぇなぁ……俺が教えてた頃はこんなん一つもなかったぞ……」
学習机まで白木で作られた優美で広々とした高級品だ。それが4つ教室の中央に並べられていて、目に見えて大きなガラス窓に寄ってみれば曇り一つない。極み付きはデカデカと奥の壁に刻まれたアルトゥリアス王国の鷹の紋章だ。『全ては復学予定の王子殿下を迎えるため』と隠しもしない環境が整っていた。
「よぅ、どっかですれ違ってるような気もしねぇでもねぃが、一応自己紹介しておくぜぃ」
大仰な書斎机を背に生徒たちへと振り返り、愛想良く笑っておいた。愛想は大事だ。取り合えず振りまいておいて損はない。
「俺はセイウス・オディオ、このクラスXを受け持つことになったレガリス校の元教官だぃ。どんな因果か知らねぃが今は学校長もしている。ま、よろしくねぃっ!」
「はーい、よろしくお願いします、セイウス教官♪」
そう挨拶に応えてくれたのは噂の問題児エリス・VVだ。こういった甘ったるいしゃべり方をする生徒とは聞いていなかったが、見るからに賢そうな娘だった。
髪は薄緑色のショートカット。若者らしい光沢のある髪に軽いウェーブをかけていて、いかにもお金持ちの家のオシャレさんといった風貌だ。こんなおっさんの口から言うのもなんだがえらくかわいい娘さんだった。
「よろしく、エリス。お前さんの噂は聞いているよ、どうかお手柔らかに頼めるかぃ?」
「こんな素敵なおじ様をイジメたりなんてしませんよ♪ どうかよしなに♪」
「お、おぅ……ヘーワ的にいこうぜ、ヘーワ的に……」
「はいっ、仲良くしましょうね、教官♪」
相手に合わせて態度を変える子だと聞いている。エリスは机に身を折り曲げて、だらしなく着こなした学生服から胸の谷間を二の腕に挟んで担任教官に見せ付けた。とんだ問題児もいたものだ。Gくらいはありそうな大迫力だった。
「で、お前さんがミストル・バルドゥウだねぃ?」
「ぁ……ぃ…………」
「ああ緊張しなくていい、ゆっくり伝えてくれりゃそれでいい」
ミストル・バルドゥウは聞いていた通りのだいぶ大柄な女性だった。『巨人の如く』だなんて資料にあったので女オーガみたいな外見かと思いきや、肌が白く少しふっくらとした毛量の多い黒髪のロングヘアの女性だった。
しかしその肢体はスレイヤーなら誰もが羨むほどによく鍛え上がっており、確かにこれはもったいない人材だった。
「よろしく……お願い……しま……します……。ご、ごめんなさい……っ」
「おぅ、よろしくな!」
「ひゃぃ……っ」
「恐がらせちまったかぃ? すまねぃ、なにぶん無骨モンでよ」
窓際の奥の席は王子の席だったはずなのだが、ちゃっかりファルス・デモンストーカーがそこに座っている。
まあいいだろう、野暮なことを言う気はない。彼女の名は『偽り』で姓は『デモンを尾行する者』、露骨な偽名もあったものだ。
「その怪我、大丈夫かぃ?」
返事はなかった。全身生傷だらけの血の浮いた包帯まみれのその娘は、深い深淵を宿した銀色の目でこちらを見つめ返してきた。
髪は美しい白髪。書類通りに体格はだいぶ小柄だが、全身から強烈な魔力を感じ取れた。
「デモンを百体殺した男……」
「お?」
「ここに残るかどうかは、オマエ次第……」
「そりゃ張り切らねぃとなぁ。セイウスだぃ、おっさん呼ばわりでもいいぜ。とにかくその物騒な呼び方はよしてくれぃ」
これ以上の無駄話をする気はないらしい。ファルスは窓の外を向いてしまった。おびただしい生傷さえなければ相当の美少女だったろうに、胸が痛くなるような姿をした娘だった。
「教官♪ 教官はお尻も素敵なおじ様なのですね♪」
とやっていると、前の席の問題児に尻をつつかれた。
「そろそろ授業に入れって意味かぃ? あいわかったっ、始めるとするかっ!」
「いえ、そういうつもりではなかったのですけれど……」
書斎机の前に戻り、そこに尻を突いて懐から六面ダイスを2つ出した。
「あー、悪ぃんだけどな、午前1時間半は基礎教養を教えろって言われてんだぃ」
「チッ……」
そう語るとファルスに舌打ちされた。これがこの学校の今の仕組みらしい。専門分野だけ学びたい生徒からすれば不満だろう。しかし偏った教育をして、社交性も基礎教養もない人材が育ったら元も子もない。この3人の生徒には、戦闘技術よりも重要と言っても過言ではないかもしれない。
「そんな顔するなよぃ、お前ら。これから俺が算数の皮をかぶったバクチの勝ち方を教えてやる」
「ふふっ、初日から生徒にそんなことを教えてしまうのですか?」
「俺ぁ元々悪ガキでねぃ、若い頃はコレで大人どもから小銭をちょろまかしたもんだぃ」
「まあ悪い教官♪」
エリスは乗り気。ミストルもノートを開いてペンを取った。ファルスは話に興味なし。ますます若い頃のタンケルグにそっくりだ。
「バクチから始まる確率計算のお勉強、何かと役に立つから覚えておくといい。戦いにおいて確率計算は重要だ、学んどきゃいずれ役に立つ」
彼らの前で六面ダイスを2つ振って見せた。結果は1・3のハーンだった。
「ダイスAが1、ダイスBが3。この結果が出る確率は何分の一かわかるか?」
「さ……さんじゅ……ろ……」
「36分の1ですねっ、教官っっ♪」
「どっちも正解だぃ。それじゃ、実際のバクチで2回連続して1と3の目が出る確率はわかるかぃ?」
設問を黒板に記した。生徒たちはノートに視線を落として考えたり、ペンを動かして計算しようとした。意外なことにファルスもだ。なかなか答えが出ないのでそれから5分ほど待った。
ずいぶん遠くなってしまったが、これが現代日本の教室ならば、そう待つこともなく答えが出ていただろう。だがこちらでは確率で考えるという文化はさほど普及していない。数学的に考える必要があまりないからだ。
ところが意外なやつが答えを出した。ファルスがうっとうしそうに席を立ち、黒板の前に立つとチョークを鳴らした。『6×6×6×6』とだけ書いて『下らない……』なんて漏らして彼女は席に帰って行った。式は書くのが答えを出さないところに彼女の性格を感じた。
「惜しいねぇ……こりゃだいぶ惜しい」
指の間にダイスを二つはさんでそう言うと、ファルスが不機嫌な目をこちらに向けた。
「正解の式は『6×6÷2×6×6÷2』だ。答えは324分の1というわけだ」
転生前の世界ならば小中学校レベルの算数の話だが、こちらにはミッチリとした義務教育なんてない。あっさりと引っかけ問題に引っかかってくれた。
「ぁ……1・3と3・1……どっちも同じ結果だから……2倍の確率に……なるんだ……」
初めの設問は思考誘導だ。設問に『実際のバクチ』とあれば1・3も3・1も同じ扱いになる。
「それがどうかしたの、どうでもいい……」
「あら、間違えたからって負け惜しみですか?」
「問題の出し方が悪い……っ、賭事なんて、どうでもいい……っ」
どうでもいいつまらない授業で結構。心を閉ざすファルスが感情を見せ、エリスとミストルが設問に向き合う姿を見せただけで十分だった。




