スレイヤーアカデミー・レガリス校 - 校長のイスにこっそり座ってみた -
南アルトゥリアス地方の奪還は空前の開拓ラッシュをもたらした。アルトゥリアス本国のみならず、近隣の同盟国から多くの植民が豊かなこの地に流れ込み、廃墟と化していた石の都市に生命の息吹が吹き込まれた。
そんな中、スレイヤーアカデミー・レガリス校の再建話が持ち上がった。旧都レガリスのすぐ南にはモンスターやデモンが住まう[煉獄の地]と定義される領域があり、レガリスは新たな前線基地都市としての役割があった。
しかし何もかもが足りていない。始まったばかりのレガリス校には校舎すらない敷地だけの原っぱで、教官として訓練を任された俺はガキどもと一緒になって野山を駆けた。その第一期生、始まりの生徒というのが『ミネルヴァ』『タンケルグ』『シルヴィオ王子』『オロミス』の4人だ。どいつもこいつも輝く原石のような才能を持った若者たちだった。
次第に建設が進んでゆく校舎。新しくやってきた別の教官と生徒たち。彼らを横目に教官として4人の宝石を磨いた。日に日に才能を開花させてゆく若者たちに眩しさを覚えながら、こちらも10年遅れの社会経験を積ませてもらった。何もかもが上手くゆくはずだった。
結局、校舎の完成を拝むこともなく去ることになってしまったのだが……。
「じゃ、今度は逃げ出すなよ、センコー」
「そっちこそ功を焦って死なないようにな、[五を討ちしデモンスレイヤー]タンケルグ殿」
「ははは、もう7体目だ! 100を超えたらその剣をくれよな!」
「功を焦るなと言っているだろう……早死になんてしたら葬式に出てやらんぞ」
レガリス市内に入るとタンケルグは国を出る準備があると言ってつれなく去っていった。
「これで二人っきりですね、教官」
「昼食くらい付き合ってくれてもいいのに、忙しいやつだねぃ……」
「ふふ……これからはずっとわたくしがいますよ」
「まさか生徒と同僚になる日が来るとは思わなかったぁよ」
2年離れているうちに旧都レガリスは見違えるほどに復興していた。大通りにそってカフェや商店が立ち並び、記憶の10倍はいるのではないかと思うほどの人でごった返していた。
完成を迎えたスレイヤーアカデミーの学び舎も壮観だった。屋上と塔を持つ白レンガの建物がまるで要塞のようにそびえていた。屋上の四隅と中央にはバリスタが設置され、実際に有事の際の防衛拠点としての役割も担っていた。
「どうですか?」
「こりゃすげぇ。昔はもっと広々としていたもんなのにねぃ、せまくなったもんだ」
「原っぱで教官にメチャクチャな槍さばきを向けていた頃を思い出します」
「それがこんな、綺麗な美人さんになっちまうとは驚いたもんだねぃ!」
「うふふ……嬉しい……。さ、こちらへどうぞ、教官」
生徒たちの注目を浴びながら校門をくぐり、屋根付きの回廊を経由して学び舎へと入った。中は少し薄暗かったが、教室や訓練場には魔法式のランプが設置されている。それらを見物しながら進むと、職員室に案内された。
「こちらが職員室です。教官、用務員、それぞれが対等に休憩や机仕事ができるようになっています」
休憩中の用務員らしき人たちに陽気に手を振っておいた。
「俺の机はまだないのかぃ?」
「こちらにはございません」
「そりゃどういうこった?」
「すぐそこです、こちらへどうぞ」
白い女槍騎士教官の尻を追って職員室を出ると、すぐ隣の部屋に案内された。
「ちょ、ちょっと待ってくれぃ……。いきなり学校長と顔合わせかぃ!? 聞いてねぇぜ、そんなん!」
両開きの立派な扉の真上には[校長室]と書かれたプレートがはめられていた。
「ふふ……」
「な、なんだよ、ミネルヴァ……?」
「失礼します」
ミネルヴァは人の顔を見てそう言うと、校長室の鍵を開けて中に入ってしまった。校長は不在。『ああよかった』と思いながら彼女の尻を追った。
「どうぞこちらへ」
ミネルヴァは学校長の書斎机に腕をかざして悪い冗談を言った。
「おいおい、そいつはいけねぃ」
「あら、どうしてですか、校長先生?」
「はっはっはっはっ、そうきたかぃ。なかなか言うようになったじゃねぃの、ミネルヴァ」
「さあどうぞどうぞ、セイウス校長先生……」
「お、おい、よせよぃ、ちょ、お、おぃぃぃっ!?」
校長の書斎机に座らされた。なかなかいいイスだ、腰にやさしく姿勢に無理がない。ミネルヴァは書斎机の正面に回り込み、校長の席にふんぞり返ったセンコーを幸せ混じりの笑顔で見つめた。
「お、おい……いや、おい、ま、まさか……」
「やっとお気付きになられましたか?」
書斎机の先に倒されたネームプレートが置かれていた。恐る恐る、そのネームプレートを立て直して、こちらへと反転させてみるとそこには――『学校長:セイウス・オディオ』と刻まれていた。
「聞いてねぇんですけど、おぃぃぃーっっ?!!」
「教官と同僚というのも捨て難かったのですが……アカデミーを導けるのは教官の他にいらっしゃいませんし、これからは校長先生とお呼びいたしますね!」
「騙したな、ミネルヴァッッ!!!」
「既に手続きが完了しておりますのでご心配なく! お願いします教官、スレイヤーアカデミーには貴方のお力が必要なのです!」
やるようになったものだ。ネームプレートに目を落としているうちに己の口元には苦笑いが浮かんでいた。何もなかった原っぱで剣や槍を振り回したあの日々の延長線に、まさか校長室のイスに腰掛ける暮らしが待っているだなんて。
「ったく、しょうがねぇな……。そこまで言うなら校長でも都市長でもなんにでもなってやる。けど、給金だけは弾んでくれぃ!」
「はい、セイウス校長先生!」
「なら不満はねぇ! これから一緒にがんばろうぜ、ミネルヴァ教官!」
「わたくし、教官そういう力強いところを特にお慕いしております……元気が、出ますから……」
「よせよぃ、照れるじゃねぇかぃ……!」
そういうわけで、何もない原っぱから始まったスレイヤーアカデミー・レガリス校は腕っぷしと熱意だけが取り柄のおっさんを新たな校長として、復興の情熱溢れる旧都レガリスの地で再スタートを切ったのだった。




