滅びの地のレコンキスタ
昔昔、ある男が[百を屠ったデモンスレイヤー]と呼ばれるようになるよりもさらに10年ほど昔、男は難破船と共に[南アルトゥリアス地方]と呼ばれる滅びの地へと流れ着いた。
男の他に生存者はなかった。転覆した船に引っかかって意識を失っていたところを、滅びの地ただ一人の人間に救出されることになった。
主の名もわからない民家のベッドで男は目覚めた。身を起こすと物音に気付いてか、若く不思議な外見を持つ男性がベッドの前に立った。
「貴方は……誰だぃ……?」
「己か? 己はダレス、この地最後の[モンスタースレイヤー]だ。そちらは?」
「俺は[ボレアス運送組合]のセイウス……。一応、交易船の船長をしていた……」
「その若さで船長? 歳はいくつだ、小僧?」
その男は美しかった。青い目と黄金の髪を持つ浮世離れした佇まいの男だった。いや男と言ったが、その男の胸には女性ならば誇れるほどに大きな胸が生えていた。
「22だ。そっちだって20代だろう、小僧扱いしないでくれぃ……」
「となるとちょうど30下か」
「は……?」
「よくきてくれたセイウスくん。ここ20年間、人間とは誰とも話していなくてね、会いたかったよ、生きた人間に」
当時すぐには信じられなかったが、今から約40年前にあったトロイア戦役にダレスという英雄がいた。英雄ダレスは仲間と共に[南アルトゥリアス地方]に残り、デモン率いるモンスターの大軍を迎え撃って民の脱出のチャンスを作った。これにより多くの無辜の民が救われたが、ダレスとその仲間たちは命を落としたとされていた。
ダレスはそのダレス本人だった。男が流れ着いたのは今やデモンたちに奪われてしまった旧王都レガリスの港で、ダレスはかれこれ20年以上も奴らとの果てなき戦いを続けてきたという。そこは常人ならば生き残りようのない敵地のド真ん中だった。
「筋がいいな、セイウスくん。2日で死ぬかと思われたが、まさかここまでやるとは思わぬ拾い物だ」
「ダレス師匠が敵を片付けるまで耐え忍んでいるだけだぃ、生きた心地がしない……」
「己の仲間はみんな死んだ。生きているだけで結構、結構」
「守りの戦いだけは得意だった。いつまで続くかわかったもんじゃないけどねぃ」
英雄ダレスは人を超越した化け物だった。あらゆる武器防具から五属性の魔法、戦術にまで秀でる鬼神のごとき男だった。一度ダレスが剣を振れば剣圧だけで敵は真っ二つ。腕をかざすだけで光の矢が弓隊となって迫りくるゴブリンどもの大群を容赦なく貫く。生半可なデモンたちでは師匠を傷つけることも叶わない。その男は生き残るべくして生き残った史上最強の存在だった。
「悪ぃな……ダレス師匠、俺はここまでのようだぃ……。案外……楽しかったよ、アンタとの暮らしも……」
しかし凡才がそんな男にいつまでも付き合えるはずもない。やがて男は恐ろしい甲殻類の姿をしたデモンの猛攻を受け止め切れず、左肩から先を失う致命傷を負った。倒れ伏せた凡才の目の前で、ダレス師匠は強力なそのデモンとの激闘を繰り広げ、負傷を負いながら辛くも勝利を勝ち取った。師匠の無事を見届けて男は死に至る眠りに身を任せた。
「おい、勝手に死ぬな。話し相手がいなくなる……それだけは困る」
ところが男は死ななかった。死の眠りから目覚めると拠点としていた民家に戻っていて、失ったはずの左腕が生えていた。
「良かった、目を覚ましたか、セイウスくん」
「どうなって……いるんだぃ……? なぜ、失った、腕が……」
「あのデモンを君の左腕にして移植した」
「な、なんだと……?」
デモンは純粋な魔力の結晶であるとダレス師匠は言う。
「自分にしてきたことを君にもしただけのことだ。己は今日まで、デモンとの戦いで肉体を欠損するたびに、やつらを新しい手足や目玉にして生き残ってきた」
「だから、師匠はそんな男とも女ともわからない姿に……?」
「そうだ。勝手なことをしてすまないな、死なせるには惜しい才能で、ついな」
多くの血を失ったというのに全身から力が溢れていた。師匠を苦戦させたほどの強力なデモンを左腕に宿し、男は強大な魔力をも得た。師匠がなぜこの地から撤退しないのか、その理由にも納得がいった。ダレスという男は、ほぼ全身をデモンの肉体に置き換えたデモンそのものだった。
「勝手なことして、怒ったか……?」
「いや、これはこれで悪くないねぃ。これで師匠と共にまだまだここで戦える」
「そうかっ、気に入ったのならば良かった!」
寂しがりな師匠を残して死ぬのが心残りだった。生き返ってしまったのならばどこまでも付き合うのみだ。その折、急に小耳に挟んだ話を思い出した。
「ところで師匠。師匠はレコンキスタって知っているかぃ?」
「聞いたこともないな」
「デモンどもに奪われた土地と暮らしを取り返すこと、それがレコンキスタだぃ。[北アルトゥリアス地方]に王都を移した[アルトゥリアス王国]はこの地の奪還をまだ諦めていない」
突然の話に師匠は言葉を詰まらせた。この地で戦い続けていたのだから当然だ。この戦いもいつかはピリオドが打たれるかもしれない、という知らせだったのだから。
「己の戦いはムダではなかったということか……」
「どれだけ先のことになるかはわからない。だが師匠とやつらをここで待つのもそう悪くなさそうだ」
「うん……そうか! ならばこの先も付き合ってくれるか、セイウスくん!?」
「いつかレコンキスタの軍勢がこの地を訪れるまで、師匠の下で学ばせてくれぃ。俺たちの戦いは決してムダな徒労では終わらない。……そのはずだ」
こうしてその男と英雄ダレスは来る日も来る日も戦いに明け暮れた。肉体を欠損すればデモンを己の肉体に変えて、さらには作り出した魔剣にデモンの力を吸収する方法まで編み出した。ただ生き残り、敵を屠り、いつか訪れるレコンキスタが達成されるその日まで、邪法に手を染めようともその男たちは戦い続けた。
それから2年経ってもレコンキスタの軍勢はやってこなかった。さらに3年経ってもそれらしい動きは何一つなかった。もうさらに2年、それからまた2年が経って、当時若者だったその男がおじさんとなってしまっても、レコンキスタは訪れなかった。
けれどもそれからさらに1年が経つと――
「ちょうど君が来て10年目だ、そろそろかと思っていたよ、己は」
ついにここ、旧王都レガリスまで勇敢なるレコンキスタの軍勢がやってきた。城のバルコニーから彼らを見下ろすと、デモンどころかモンスター1体すらいない城下町に戸惑う姿がうかがえた。
探したところでモンスターなどここには居ない。旧都レガリスは男と英雄ダレスがとうの昔に奪還して、己の根城としていたのだから。
「感慨に浸ってないで師匠も早くきてくれぃ、勇敢なるモンスタースレイヤーたちを迎えよう」
「お、己は隠れる……」
「真の英雄が隠れてどうするんだぃ。師匠、さあ帰りましょうや、人間の世界へ」
「こんな姿を見せたら笑われてしまうよ、セイウス……ダレスだなんて、とても名乗れない……」
「笑う者がいたら俺が殴り飛ばす。さあ、早く、レコンキスタを果たした勇者たちに手を振ってくれぃ!」
男は引っ張るように城の奥から英雄の中の英雄を連れ出して、並び合って城のバルコニーから彼らを迎えた。敵は既に根こそぎ狩り尽くされている。よってレコンキスタは彼らスレイヤーの軍勢がここにたどり着いた時点で果たされたも同然となった。
モンスターを狩るのがモンスタースレイヤー。そのうちデモンを一体でも倒した者は[デモンスレイヤー]と深い尊敬をもって呼ばれるようになる。討ったデモンの数を聞かれても、百を討ったところでもう数えなくなった。
そのことをレコンキスタの軍勢に問われて答えると、英雄ダレスと無名のセイウスはこう呼ばれるようになった。[百を屠ったデモンスレイヤー]と。
男と英雄ダレスはその後、レコンキスタから続く復興に加わり、それぞれの事情で土地を去るまで旧都レガリスに貢献したという。




