宿敵[デモン・ヒプノス]討伐令 - 3年遅れの終止符 -
「教官、わたくしの方はどうでしたかっ!?」
「んな顔しねぃでくれぃ、ちゃんと見てたよ。お前は何の心配もいらねぇ鉄壁のミネルヴァだ、余裕の勝利だったな」
「若い頃に教官が手取り足取り教えて下さったおかげです。見てて下さいね、モンスターの攻撃は全部受け止めちゃいますので!」
「俺の出番はねぃのかぃ……?」
「ありませーん! さあ行きましょう、ファルスさん!」
露払いは任せろと言うのでしんがりを担当することにした。タンケルグがスレイヤー協会にした報告によると、ターゲットはこの滅亡都市の中央広場を根城にしていたという。広場を目指して進んでゆくと、多くの戦いの爪痕を目にすることになった。
それは不幸なスレイヤーの死体だ。彼らはデモンや先ほどの魔導生命体系のゴーレムのように死んだところで、死体が消えるようなことはない。
一人、また一人と新たな死体が発見されるおぞましい死の大通りを抜けて、腐敗臭漂う亡骸の隣を通り過ぎた。戦いに敗れれば次は自分たちがああなる。生徒たちにはいい経験になっただろう。
やがて報告にあった広場にたどり着いた。広場には多くの負傷者が倒れ伏せていた。デモン討伐に失敗したモンスタースレイヤーたちだ。しかし彼らに治癒魔法を使おうとするとミネルヴァに止められた。
「ここはわたくしたちでどうにかいたしますので、教官は先に行かれて下さい」
「護衛、がんばりますから……」
「デモン、必ず、討って……」
「未熟な私たちが挑んでも呪われてしまって終わりだとミルが言うので残ります……」
標的はもう目と鼻の先だ。負傷者の中には呪いを受けた者も多く、昏睡から目覚めさせるには標的デモン・ヒプノスを倒すことが最大の治療法だった。
腰の魔剣に手をかけて事切れた遺体が転がる広場を進んだ。遠い叫び声が聞こえてくる。勇敢な男の叫び声、大きな何かが崩れる物音、激痛にあえぐ高い声。次第に滅亡都市の広場は地獄めいた様相を描いていった。
王子を呪ったデモン・ヒプノスには莫大な懸賞金がかけられている。王子のみならず、多くの者がこのデモンに呪われた。数多くのスレイヤーが名誉と懸賞金を求めて挑んだが、後に残るのは血の海ばかり。アルトゥリアス王家も半ば諦めかけていた。
彼のデモンは狡猾にして慎重。少しでも傷つけばその翼をもって天へと逃げてしまう。タンケルグがもたらしてくれたこの機会を逃せば、次に討てるチャンスがあるかもわからない。
「貴様どこの者だっ!? このヒプノスは新参者ごときが相手にできるデモンではないぞ!!」
「そちらさんは?」
「我らは[砂のデモンスレイヤー]サフィド討伐団!! 命が惜しければ下がれ新参!!」
「おう、噂は聞いてるぜぃ。まだ現役だったとは驚きだぃ。だが悪ぃな、ソイツの首を取るのは俺の仕事だぃ」
魔剣に手をかけながら翼を折られたデモンに寄った。魔女の顔と怪鳥の翼を持つそのデモンは、一人の男の接近だけで断末魔のような奇声を上げ、それにより発動される昏睡の呪いを男に放った。
通常は斬り払うことのできない呪いも、この魔剣ならばどうということはない。この剣はやつらデモン自身を材料にしてここに存在しているのだから。
「貴様、何者だ……?」
「俺かぃ? 俺ぁスレイヤーアカデミー・レガリス校の校長だぃ。タンケルグってバカ野郎の師匠だよ」
「タンケルグのっ!? はっ、まさか、貴様は……っ!?」
「仲間を後退させろ、後方で俺の仲間が治療を行っている。手柄は山分けでいいからよ、コイツの始末は俺にやらせてくれぃ……大切な、生徒を、傷つけられた恨みがある……」
サフィド討伐団は獲物を譲ってくれた。傷ついた仲間を抱えて彼らが後退してゆくと、後には追跡者と獲物だけが残った。
「3年前はうちの生徒が世話になったな……」
翼を折られたデモンはもはや逃げ道がないことに気付くと、その呪いの力を全身からほとばしらせた。まるでミサイルのように次々と昏睡をもたらす呪いが全方位から降り注いた。
「そんなもんもう効かねぃよ!」
右目に宿る精霊系デモンの力を用いて喪失魔法[テンペスト]を発動させた。魔結晶を触媒とするが、魔法も物理も効かない鉄壁の防壁を発生させることができる。全ての呪いは[テンペスト]の壁に弾かれ、純粋な魔力となって浄化されていった。
「さて、次はこちらから行くぜぃ」
デモン・ヒプノスは切り札を潰されて恐怖した。デモンをその身に宿した追跡者がデモン殺しの剣を構え、今にも光の速さで飛びかかろうとしている。しかし折れた翼はヒプノスに激痛を与えるのみでやつを空には逃がしてくれない。
その刹那、ヒプノスの目前にデモン殺しの男が瞬間移動した。振るわれる刃をヤツは魔法盾を展開させて防ごうとした。しかし望み適わず盾は砕け散り、ヒプノスの怪鳥の胸が残酷に切り裂かれることになった。
おぞましい黒い血が吹き出し、血は酸となって石畳を腐食させた。さらに一刀を振るうと、新たな魔法盾を砕き、ヒプノスの喉が斬り裂かれた。ヒプノスは渾身の力で、鉄の盾すら切り裂く鍵爪の足を用いて相手の肢体をバラバラに引き裂こうとした。
「往生際が悪ぃぜぃ……」
しかしこちらには師匠が命と共に与えてくれたこの甲殻の左腕がある。どんなデモンの装甲より硬い腕を盾にして防ぐと、続けて術をデモン・ヒプノスに放った。
「[バインド]!! さあっ、3年に渡った長きに渡る追いかけっこを、ここで終わりにしようじゃねぃかぃっっ!!」
強靱なる魔法の蔦を生み出す拘束魔法[バインド]で標的の動きを完全に封じた。老婆の顔が恐怖に引き歪み、言葉にすらならないおぞましい絶叫を上げるがこちとら慣れている。
「滅びろ、デモン・ヒプノス!! シルヴィオの人生を今っ、返してもらうっっ!!」
全てタンケルグの手柄のようなものだ。傷だらけになってまで格上のデモンに挑み、呪いをその身を受けてでもアイツは宿敵の翼を砕いた。
結果、デモンヒプノスは顔面をまっ二つにかち割られ、さしものデモンも活動を止めた。左右に割られた頭で魔女の頭が呪詛の言葉を吐こうとするが、舌がなければもはや発音もかなわない。
そのデモンは最初から最後まで呪詛を巻き散らして、死により浄化された純粋な魔力を魔剣に吸い上げられていった。
これにてシルヴィオ王子の呪いは完全に解かれた。王子が再び昏睡に陥る不安はなくなった。タンケルグも校長室のソファーで目を覚ますことだろう。
足音に後ろを振り返るとミネルヴァがやってきていた。
「よぅ、やっと片付いたぜぃ」
「教官……っ」
「これでまたシルヴィオと会える。楽しみでなんねぃなぁっ!!」
「ええ、わたくしも……。ありがとうございます……こんな日がくるなんて、夢みたいです……」
「これからはお前は教官として、3年遅れのアイツを導けるってわけだ。はははっ、これはこれで面白いじゃねぃの! 指導してやれよぃ!」
「はいっ!! 教官の生徒ですけどっ、ビシビシ鍛えちゃいますっっ!!」
かくして一体のデモンが地上から消滅した。ヤツに呪われた多くの者たちが目を覚まし、家族にその目覚めを迎えられたことだろう。
しかしデモンと人間の戦いは終わらない。やつらは今も人間を襲い、結界を越えて街を強襲し、呪いや災厄をもたらす。やつらがどこからやってきたのかは知るよしもないが、人を呪詛する悪意そのものがそこに存在するのならば、スレイヤーは無言で迎え撃ち、敵を滅ぼす他にない。目の前にある平凡な幸せを守るために。
「[デモン・アシミレーション]……その力を盗むまで、僕、離れないから……」
「こんなに気弱なあたしがこんなところまでこれるなんて、今でも信じられません……。あたしももっと、教官に教わりたいな……」
「ふふ……教官、お疲れでしょう? 後でたっぷり、特別サービスをして差し上げますね……♪」
いや、平凡という表現はやはり取り下げよう。腕は上げたが問題行動ばかりの現生徒に頭を抱えて俺はこう答えた。
「勘弁してくれぃ……」
皆がその返しにやさしい声で笑ってくれた。
さあ、早く帰ってこい、シルヴィオ。自分の教官のことを少しでも想うならば、一日でも早くレガリス校に帰ってきて、この混沌としたクラスに秩序をもたらしてくれ。
決着を付けたデモンスレイヤーはエリスとファルスを六足ラクダの前後に乗せて、ブーブー文句を言うミネルヴァをなだめながら、廃墟を抜け、砂漠を越え、湖の都へと戻り、再び素っ裸になってエリスに引っ掻き回されてから、そして帰るべきレガリス校へと、乗合り馬車に揺られて夕刻頃に帰り着いたのだった。
ま、生徒との裸の付き合いもそう悪いものじゃなかったさ。




