エピローグ たとえ衰えようとも熱い情熱をその胸に宿す限り、君は再び片翼となり得る
シルヴィオ王子の送迎をミネルヴァに任せたのは、それからほんの10日ばかり後のことだった。ミネルヴァは3日間の船旅を終えると北アルトゥリアス地方の新王都を訪れて、空中庭園で目下リハビリ中のシルヴィオと再会した。
「お久しぶりね、シルヴィオ」
「なんだ、君か……」
「何よ、ご挨拶ね。迎えがわたくしではご不満?」
「いや……」
3年の歳月は長かった。同一人物とはわかるものの、先日までの記憶よりもずっと大人びて、落ち着いた喋りをするミネルヴァにシルヴィオは現実を突き付けられた気分になった。
「他のみんなは元気か……?」
「ええ、タンケルグもオロミスも元気よ。教官も相変わらずよ」
「君はセイウス教官の金魚の糞だからな」
「ええ、そうだけどそれがどうして?」
シルヴィオはまだ状況を受け止め切れていなかった。昏睡により人生の3年間を失い、共に卒業するはずだった仲間たちはすっかり大人になってしまっていた。それは運命を嘆かずにはいられない不幸だった。
「人の気も知らないで……」
「教官に教わるのがお嫌ならわたくしが教えましょうか? 当時の貴方よりずっと強くなったのよ」
「お断りだ。僕はまた彼に教わりたい。君に追い越されたままでは納得がいかないからな……」
シルヴィオは当時から全く変わっていない。彼の精神はあの頃から止まったままで、彼は今や取り残されてしまった[片翼のデモンスレイヤー]だった。
「あら、わたくしを追い抜いていた時期があって?」
「あったとも。僕の方が確実に実力は上だった」
「ふふっ、なら追い越してみてごらんなさいよ。追い越したら認めてあげてもいいわ、貴方の方が上だと」
「いいだろう。僕が君を追い越したら君に伝えたいことがある。それまでせいぜい僕に追い越されないよう鍛錬に励むといい」
時の流れは残酷だ。大人になってしまったミネルヴァはあの日のままのシルヴィオに言葉を合わせた。かつての二人はなんだって張り合う好敵手だった。それが今では筋力と経験を衰えさせて、当時の力すら失ってしまった好敵手がそこにいる。
「待っているわ、貴方がまたわたくしの片翼にふさわしい存在になる日を」
「そう待たせはしないよ。君たちがアレを討ってくれた頃からすっかり調子がいいんだ。時折深い眠気に襲われることもなくなった」
「そう、よかった……」
誰よりもシルヴィオの身を案じていたのはミネルヴァだ。ミネルヴァはシルヴィオの帰りを待つためにスレイヤーアカデミーの教官となった。彼女はずっと帰りを待っていた。
「新しいクラスメイトにも感謝しなさいよ。クラスに合流する貴方のために、一人で行きたがる教官に無理を言って付いていったんだから」
「君もだろう。君はセイウス教官の金魚の糞だ、いっそ彼と結婚してしまえばいい」
「いちいちそこに突っ関わるわね、貴方! 金魚の糞で何が悪いのよ!」
「悪いさ、僕にとっては非常に、都合が悪いさ! 僕は君を越えるっ、必ずだ!」
ミネルヴァはシルヴィオの気持ちに気付いていない。誰から見てもお似合いの二人だろうに、ミネルヴァは年上が好みで、当時は自分の担当教官の背中ばかり追っていた。今もそう変わっていない。つくづくシルヴィオは報われない男だった。
シルヴィオは確かに衰えた。だがこんなところで終わる男ではない。彼の胸に宿る情熱は本物だ。熱い情熱を胸にたゆまぬ努力をするというのならば、俺も教官としてシルヴィオにいくらでも付き合おう。エリス、ミストル、ファルス。3人の厄介なクラスメイトも彼が4つ目の机に座る日を待っている。
シルヴィオ。早く帰ってこい。外でもないお前のためにセイウス・オデュオは教官に復帰したのだから。俺はお前の帰りをここで待っている。輝かんばかりの情熱を胸に、再びお前が燦然と輝く日を。




