砕かれし翼、追い続けた獲物
飛び切りの問題児にして未来のデモンスレイヤーとなり得る才女を3人も抱えれば、騒動に次ぐ騒動続きの日々が約束されていたようなものだった。
彼女たちの問題は好転してこそいるが根深く、熱い情熱をその胸に宿したところで――いや宿しているからこそ、次から次へと問題が吹き出すことになった。
しかしそれら全てを語っていては筆を置くこともかなわない。エリス、ミストル、ファルス。彼女たちは列挙し切れないほどの事件と輝く日々をもたらしてくれた。日に日に成長し、女性としても戦士としても輝きを増してゆく姿に、直視しかねるほどのまぶしさを覚えたほどだった。
6月中旬、新校長先生として問題児の教官を初めて2ヶ月ほどが経った頃、麗らかな午後の校舎裏に傷だらけの男が訪ねてきた。
男の名はタンケルグ・ブウェ。[七を屠りしデモンスレイヤー]にして俺の元生徒だ。彼は全身包帯だらけのミイラ男となって、右肩をかばい左足を引きずりながら教練に乱入してきた。
「タンケルグ……!?」
ファルスは傷だらけのタンケルグに驚いて駆け寄った。ぶっきらぼうで人との距離を取りたがるファルスだったが、かつて己を死地から救ってくれたタンケルグには気を許していたようだ。
「よぅ、ちったぁマシな顔するようになったな……。センコーに任せとけば、そうなるって俺はわかってたぜ……」
「うるさい、年上ぶるな……っ! それより、その怪我…………どうしたの……?」
「心配いらねーよ」
タンケルグはファルスの頭を撫でて子供を扱いした。するとファルスは一歩下がって相手を不快そうに睨むと、仕返しに相手の靴を強く踏み返した。相手はあまり痛そうな顔をしなかった。むしろ眠そうに目元を擦る始末だ。
「寝ていねぇのかぃ?」
「寝るわけにはいかねーんだよ……。センコーに、報告を、済ますまではな……」
そう言ってタンケルグは自分で自分の顔に平手打ちをした。
「俺が……討ち漏らした……デモン……デモンを討伐してもらいたい……」
「聞こう」
タンケルグが人に獲物を譲るなどただ事ではなかった。タンケルグがここまでこっぴどくやられるだなんて、相手はデモンの中でも相当の大物だ。
タンケルグは頭を振り払って『ちくしょぅ、頭回んねぇ……』とぼやき、たまたま目に付いた気の幹に頭突きをした。
「標的は翼を持つ怪鳥系のデモンだ。その片方の翼を……俺はへし折ってやった……。今なら、あの日みてぇに……逃げられやしねぇ……。トドメを……頼むぜ、センコー…………」
タンケルグはそれ以上語らなかった。ついに眠気の限界が訪れて、背を木の幹に預けて立ったまま眠り始めた。
「教官、どうなさいましたか?」
「タンケルグでも倒せない、翼を持つデモン……強烈な睡魔……怪鳥系……」
タンケルグが詳しく語らなかったのは睡魔もあるが、デモンの外見を説明する必要がなかったからだ。タンケルグは各地を転々としながら、とある特別なデモンを追っていた。同級生であるシルヴィオ王子に傷を負わせ、昏睡の呪いをかけた個体だ。
老婆の顔を持つその特別なデモンは眠りの神から取った[ヒプノス]の名が与えられていた。
「やれやれ、こんなところで寝ちまいやがって……。運ぶ側にもなってもらいてぇもんだぃ……」
とぼけた苦笑いを生徒に見せながら、腰の魔剣を握り締めていた。探し続けてきた標的をついにタンケルグが見つけ、翼をへし折り、同じ志を持つ男へとバトンを渡した。居ても立っても居られない。
「さ、教練の続きをしよう」
「え……? そのデモンを教官が、これからやっつけに……行くのではないんですか……?」
「そうは言ってももうじき夕方だぃ、そう焦るこたぁねぃよ」
「意外……」
「ええ、教官も教官で、デモンを目の敵にしているところがありますもの……。落ち着きがかえって不気味です」
それはお前たちが付いてくると言い出しかねないからだ。ミネルヴァを抜きにして言えばこの3人は頼れる即戦力ではある。しかし相手は昏睡の呪いをまき散らす危険なデモンだ。これ以上被害者を増やしたくない。
だから俺は平静を取り繕って、16時の鐘が鳴るまでの午後の教練を普段通りに終わらせた。終わると重いタンケルグをおぶって校長室に帰って、普段通りに姿を現すはずのミネルヴァを待った。
「今日もお疲れ様です、校長先生。…………校長、先生?」
普段の余裕が顔になかったせいか様子を疑われた。ソファーに横たわらせたタンケルグを指さすと、ミネルヴァはそれを暴挙と取って怒り混じりの顔をした。しかしすぐに気付いて、顔面を蒼白にさせた。彼女はこれを既に一度見ていた。
「これは、昏睡の呪い……どうして、タンケルグまで……っ」
「タンケルグはついに見つけたようだ。3年前、ここを強襲し、全部台無しにしやがったあのデモンの居所を」
ミネルヴァはその話を聞いて震えた。武者震いではなく、トラウマを刺激された恐怖の震えにしか見えなかった。
「ヤツを倒せばタンケルグは目覚める。少しは王子殿下のリハビリも楽になるだろうよ。討たねぇ理由はどこにもねぃ」
「お供します」
「俺独りで十分でぃ。タンケルグに翼を折られたヤツなんぞ、俺の敵じゃねぃよ」
昏睡の呪いが厄介だが、まあどうにかなるだろう。タンケルグだって眠らずにここまで報告に帰ってきたのだから。
「貴方はいつもそう……。生徒には突っ走るなと言っておいて、自分は突っ込むんですからズルいです!」
「そうは言ってもよぅ、残ってくれた方がレガリス校の守りも安泰なんだがなぁ……」
「いいえっ、もう貴方を独りでは戦わせません!! わたくしが貴方を守ります!! ……あ、あら? 貴女たち……」
熱くなっていたミネルヴァが目を丸くして窓の外を見た。校舎の表側には体力訓練で使われる広いトラックコースや回廊、庭園があるのだが、その窓からうちの問題児三人組が校長室の中をのぞいていた。
「ボクも行く……。デモンに生活、引き裂かれた気持ち、よくわかるから……」
「あ、あたしも……っ、あたしも行きます! 4つ目の机の新しいクラスメイト……っ、早く合ってみたい、ですから……っ」
「ご高名なる[百を屠りしデモンスレイヤー]の本気を拝見させていただきたく存じます♪」
困ったことになった。彼女たちは一度言い出したら聞かない人間だ。援護を任せられる頼りがいのある戦士には育っていたが、まだまだ未熟な若造どもだ。
「では教官はスレイヤー協会に詳しい話を聞きに行って下さい。わたくしは生徒たちに遠征のイロハを指導しておきますので」
「お前まで何を言うっ!? 生徒を危険にさらす気かよぅ!?」
「この子たちはスレイヤーです。危険から遠ざけるばかりでは本末転倒ですよ、教官」
彼女たちは一歩も譲らなかった。あきれるほどにガンコだった。なのでやむなく『デモンの前には絶対に立たない』と誓約をさせてから、都市部にあるスレイヤー協会レガリス支部へと駆け込んだ。
「遅かったな」
代表室でロバート・カフが待っていた。
「うちの生徒とミネルヴァがな……」
「タンケルグは大陸南西部の国、西トルポリア首長国からこちらに[転移]してきた。どうしても直接報告すると言うのでな、ここで応急手当だけ受けてそちらに向かわせた」
「うちのバカが世話をかけた。明日、すぐに西トルポリアに飛べるようにできないか?」
この世界には[魔晶石]と[魔晶式ポータル]という資源とワープ装置が存在している。[魔晶石]は用途が多く、転移装置である[ポータル]の動力になるだけではなく、結界であるオベリスク建造にも大量に必要となる。
「構わないが、男女で別々に飛ぶ贅沢はできないぞ」
だから浪費は絶対に許されない。[魔晶石]は人類の未来を守り、さらなるレコンキスタを進めるための戦略資源だ。そして[魔晶式ポータル]は仕様上の目をつぶりかねる問題を抱えている。
「わかってるよぅ……。はぁ、抜け駆けしてぇ……」
「もったいない、いっそ男を見せつけてやればいいだろ。まったく羨ましいやつだ」
「バカ野郎っ、生徒だぞ、生徒っ! 一期一会の女スレイヤーならともかくっ、毎日顔を合わせなきゃならん相手なんだぜぃ!?」
「正直になれよ、セイウス。女子生徒と仲良くなるチャンスだぞ? 若い女はいい――うおっ、危ねっ?!」
人の気も知らん不良支部長の頭の上から魔剣を振るって、飛び退くヤツに抗議した。[魔晶式ポータル]は『生きている者以外運ぶことができない』という大きな欠陥を抱えていた。




