教え子[片翼のデモンスレイヤー]の昔話
今から4年前、4人の生徒が校舎も何もなかった頃のレガリス校に集められた。その特別な4人を育てるために選ばれたのが[百を屠りしデモンスレイヤー]セイウスで、彼は協調性も何もない生徒たちに毎日頭を抱えていた。
デモンへの憎しみに突き動かされる若者『タンケルグ』、頭のキレと魔法の才能は天才の域だが倫理観と協調性皆無の『オロミス』、模範となるべく自ら志願したアルトゥリアス王国の第二王子『シルヴィオ』。そして紅一点、素性不明の才女『ミネルヴァ』。何もかもがバラバラの出自や気質を持つ生徒たちに、トラブルが引き起こされない日なんてなかった。
しかしその全てにスポットライトを当てていたら門限までに帰るのは難しい。今回はミネルヴァとシルヴィオ王子の話をしよう。
そう語るとエリスは『まあっ♪』と好奇心と色恋の予感に目を輝かせた。
「君も聞き分けのない人だな……っ!」
「あら、貴方には負けますわ、シルヴィオ王子殿下」
この二人は特にそりが合わなかった。顔を合わせるたびに威嚇や皮肉を飛ばし合うくらいの、今では信じられないほどに大人げない関係だった。
「セイウス教官の特別授業を予約したのは僕が先だ」
「何をご勝手なことを。貴方が一方的に教官に宣言しただけではありませんか」
「セイウス教官は『お、おぅ……』とおっしゃられた! 認めたということだ!」
「はぁ……これだから甘やかされたお坊ちゃまは困ります……。教官にご迷惑をかけていることを少しは察しては?」
「そっちだって強引に約束を取り付けただけだろう!!」
教官から言わせればどちらも強引であり頑固な生徒たちだった。ミネルヴァは当時身分を隠していたが、互いに似たものを感じ取っていたのだろう。
そう語るとエリスは『まあ素敵、恋の予感がしますね♪』なんて人の苦労も知らずに言ってくれた。
「どっちにも付き合ってやるからジャレ合うんじゃねぃよぅ……」
「なんでこんな横柄な方と一緒に!」
「この女が隣にいたら気が散る! 外してくれ、教官!」
「それはこっちのセリフです!」
教練で特別なことは何も教えていない。ただ教えられるだけのことを教えているだけというのに、4人の生徒たちに両手両足を引っ張られるような毎日が続いていた。
このまま連日ケンカをされたら手がかかってしょうがない。そこで俺はこの二人の個別指導を同時に受け持つことにした。そうでもしないと、どっちがどっちを優先したと人に抗議をしてくるのだから他になかった。
そう語るとエリスは言った。『今とそう変わりませんね♪』と。嫉妬深いミネルヴァを刺激している自覚があるならば、少しは手加減してもらいたい……。
それで両者の実力はと言うと、こちらも面白いくらいに拮抗していた。正統派の盾剣士のシルヴィオ王子と、盾槍使いのミネルヴァは、勝負を始めれば決着が着かないまま1時間張り合うこともあった。
けれどそんな二人が歩み寄ることになった事件が起きた。先日の飛竜型のデモンの強襲のように、建設中のレガリス校が襲撃を受けた。
その頃はたくさんの新しい生徒たちとそれを受け持つ教官たちも入ってきたところで、そいつらが狡猾なデモンの標的にされてしまった。
「君は女だろう、さっさと下がれ!!」
「貴方こそ王子でしょう。さっさと下がって下さいませんか?」
「こんな状況で僕に張り合うな!!」
「そっくりそのままのお言葉をお返しします。教官が到着するまでわたくしと貴方でここを守る他にありません」
ミネルヴァは昔から勇ましい娘だった。気品はあるが何かと男勝りで、一度決めると絶対に譲らない頑固者だ。
ちょうどその夕方は『オロミス』と『タンケルグ』が都市部に外出していて、どちらも素行が悪いので引率として俺も付き合っていた。
デモンはどこかに身を潜めてチャンスをうかがっていたのだろう。戦力が落ちた夕刻のその時を狙って襲撃をしてきたのだから。
当然、急報を受けて俺たちはレガリス校に飛び戻った。その頃には数名のスレイヤーと教官の一人が殉死していて、シルヴィオ王子はデモンの前に膝を突き、ミネルヴァは胸を貫かれて今にも死にかけていた。
「ミルヴァを守れなかった……済まない、教官……」
「いいや、希望はまだある。コイツを、デモンを、新しい心臓にすればいい……」
「心臓……デモンを心臓に変えれば、ミルヴァは助かるのか、教官……?」
「よくここまで弱らせてくれた。後は俺が師匠にしてもらったことを、ミルヴァにするだけだ」
そのデモンは女悪魔の姿をした妖艶にして残忍な怪物だった。だが今やコウモリの翼を砕かれて地をはうただの獣だった。
鼓膜を破りかねないほどの金切り声で威嚇するその怪物に近付き、真っ向勝負に持ち込んで、ただ首をはねた。デモンは人間への悪意を失い、純粋な魔力へと還っていった。
「これが……教官たちが編み出した邪法……[デモン・アシミレーション]……なんという超常的な術だ……」
その魔力をとらえて新しい心臓を生み出すと、ミネルヴァの胸へと押し当てて移植した。破損した心臓からの内出血が止まり、傷口までふさがって、遠ざかる痛みにミネルヴァは目を開いた。
禁忌の術とはいえ、大切な生徒を見捨てるなんてできなかった。救う方法が手元にあったのだから使わない方が罪であったと思う。
「教……官……。ぁ……シルヴィオ……無事でしたのね……」
「君が無事でよかった……」
「シルヴィオ、わたくし……貴方に黙っていたことがあります……。わたくし……実は、帝国侯爵の娘で、本当の名をミネルヴァ・ルズィファともうします……」
「君も……?」
「わたくし、貴方がとても気に入りませんでした……。地位を省みずにスレイヤーになろうとする貴方の姿が……わたくしの夢に、そっくりだったんですもの……」
「もういい、それは僕だって同じだ。僕も君と自分が重なって気に食わなかった。似たような志を胸に抱えているというのに、おかしいな……」
その日を境にミネルヴァとシルヴィオ王子は仲違いを止めた。しばしばジャレるように口論をすることはあれど、信頼と友情が二人の間に結ばれた。さらなる高みを求めて訓練に訓練を重ねるようになり、俺も教官としてそれに付き合った。
何せどちらも頑固で強引で、どちらかの個人指導を優先させると抗議してくるような二人だ。俺は二人の成長が楽しみでならなかった。
だからその四年後の俺とミネルヴァは王子殿下をここに迎えなければならなかった。老婆の頭と怪鳥の身体を持つデモンに、昏睡状態にされてしまった王子殿下を再びここに迎えて、彼を卒業まで導かなくてはならない。
失われたあの日をもう一度取り戻す。それがレガリス校第一期生の願いだ。どうかシルヴィオがリハビリから復帰したら、アイツを温かく迎えてやってくれ。頼むよ、エリス。
そう願うとエリスは『素敵』と一言言って、いつになくやさしい微笑みを返してくれた。
あの日、ミネルヴァとシルヴィオ王子は[デモンスレイヤー]を名乗る権利を手に入れた。あの二人が倒したようなものだったからだ。そこで俺は若い二人が慢心せぬようこう言った。
「お前らは二人で一人の[片翼のデモンスレイヤー]だ。今は半人前だが資質は悪くねぃ。これからも互いに足りないところを支え合い、見つけ合い、さらなる高みを目指してくれぃ」
片翼のデモンスレイヤーの片割れは今もレガリス校でもう一つの翼を待っている。もしあの二人が再会したら、きっといつもの口ゲンカから始めることだろう。




