夜と女と騎士と芋焼酎 - こんなに強いなんて聞いてない! -
午後に入っても生徒たちのやる気はくすぶる陰もなかった。いつものように夕日が浮かぶまで生徒に付き合って、それから思い出して街に出ることにした。
今日は来客も夕食会もなく、ゆっくりと自分のことをすることができる日だった。男は夕方5時からが本番だと昔の偉い人も言っている。都市部に着く頃には日が暗く傾きかけていた。
普段ならばこのまま酒場に直行だ。前校長に教わった店に行くのも悪くない。時々の命の洗濯も大切なことだ。
ところがその日は普段と様子が違った。俺の予定もだが、背中の後ろに感じられる足音が特に妙だった。どうも複数人に尾行されているようだった。
「何か珍しくて強い地酒はないかぃ? 贈り物なんでできれば味もいいやつがいい」
「おお校長先生、アンタが酒を瓶で買うなんて珍しいね」
「だから自分用じゃぁねぃよ、師に送るんだぃ」
「偉いね、校長先生は。アンタ人ができてるよ」
店内を物色すると見せかけて背中の後ろを横目でのぞいてみた。店のガラス窓からフードの怪しい小柄なやつが店内をのぞいていた。
「この酒なんてどうだい? 芋を使った蒸留酒でね、癖はあるが美味いしこの辺りでしか流通してないよ」
「いいねぃ、芋酒は師匠も好きだ。そいつを包んでくれぃ」
金を払って酒を木箱に詰めてもらった。ところが梱包を待っていると外で騒ぎが起きた。
「校長先生っ、ちょっと止めてきてくれよっ、うちの店の前で暴力沙汰なんて困るよ!」
「俺は街の便利屋じゃねぃよぅ……」
とはいえ襲われているのは声からしてご婦人のようだ。すぐに店を出て、店をのぞいていたフードロープの人物と、それを囲む3人の暴漢の背後を突いた。
「邪魔立てするな!」
「おお恐い恐い、落ち着けって」
暴漢たちは汚れた白布をまとっていた。そのうちの下っ端の2名が両手を上げたおっさんの前で剣に手かけた。
「およしなさい! 民間人に手を向けるだなんて騎士の誇りはどこにいったのです!」
それを見て鋭くローブ女が怒った。その話が本当ならば彼らは帝国騎士と従者たちだろう。若い頃に憧れた帝国騎士と従者がご婦人の誘拐まがいのことを始めようとしていた。おまけにここは異国の地だ。
「なんだぃ、訳ありかぃ。俺はセイウス、ここスレイヤーアカデミーで学校長をやっている。教育者の前で誘拐なんてよしてくれよぃ」
名乗ると従者たちが浮き足だった。噂になっているのか腰に吊された魔剣に気付いてさらに後ずさった。
「お前が噂のデモンスレイヤーか……」
「おう。うちの街で勝手なことをしないでくれねぃかね……?」
「面白い!! ならばどちらが上か確かめてやっ――だぁっっ?!!」
ところがフードのご婦人はやり手だった。背中を向けて歩き出す騎士様の足下に自分の足を差し込んだ。結果、白マントの鎧騎士は前のめりにぶっ倒れた。
「これ以上、醜態をさらさないでいただけますか、騎士様?」
そのフードロープのご婦人は仰々しい言葉づかいを止めた。どこかで聞き覚えのある、人をからかうところのある余裕のある声に変わった。
「人の足引っかけておいてよぅ、醜態をさらすなも何もねぃだろぅ、エリス……」
「嬉しい……っ、声だけで私と気付いて下さったのですか、教官っ!?」
ご婦人がフードロープを下げると、そこからエリスの少し媚びの混じる笑顔と薄緑色の髪が現れた。日暮れの街で校長先生を尾行していたのは校長先生自身の生徒だった。
「そりゃ、お前さんみたいな癖の強い女はそういないからねぃ……」
「国にお戻り下さい皇女殿下っ!!」
……皇女?
「いいえ、お断り申し上げます♪ この期に及んでいまだ野心を捨てられぬ皇帝家に残っても、破滅の未来しか見えませんもの……」
小悪魔エリスが帝国の皇女とはなんの冗談だろうか。確かに気品や教養は感じられるが、この子は学校長をたぶらかす小悪魔だ。
「皇帝陛下が悲しまれますぞ!!」
「民を省みない国の皇帝、その悲しみにどのような価値があられるのでしょう……? 私は私の道を自分で切り開かせていただきます」
「お父上を侮辱されるのは感心できませんぞ! むっ、貴様っ、皇女殿下の前に立つとはなんたる無礼者かっ!!」
周辺の店の営業妨害だ。エリスの前に立って魔剣にだらしなく手をかけた。騎士は飛び上がり、従者に左右を固めさせて、独善的な怒りを乱入者に向けた。
「手を引いて一緒に逃げて下さいますか、教官……?」
「何言ってやがる、自分の問題は自分でどうにかしろぃ。エリスッ、あの騎士をぶちのめせ!」
魔剣を抜いてエリスに握らせた。
「皇女殿下をそそのかすな、無礼者!! なっ、殿下っ!?」
エリスは魔剣の輝きにニヤリと笑って、教官の指示通り騎士の前に出た。
「お、お止め下さい、皇女殿下っ!! 騎士である私を貴女が倒せるわけがありませんぞ!!」
「おおっと……それ言っちまったねぃ……」
場を離れて従者どもに手招いた。彼らも皇女相手に暴力など振るうわけにもいかず、剣に手をかけたままこちらにやってきた。
「なんてことをしてくれる……っ」
「いいからいいから、ここで見物してようぜぃ、エリス皇女殿下の大勝利を」
「貴方が私に勝てたら祖国に帰りましょう。ですが私が勝ったら手ぶらで父に報告をしていただきます。よろしいですね、騎士様?」
「勝てば、お帰りになられるのですね……?」
「お約束します」
エリスは魔剣を構えた。制御の方法を知らなければそれはただの鋭いだけの剣だ。慢心した騎士はエリスに余裕の刃を向けた。
「どこからでもどうぞ、皇女殿下」
「では……失礼」
エリスが飛んだ。魔剣をひらめかせて打ち合いを始めようとした。ところがそれはフェイントだ。目前で彼女は迎撃の刃をやり過ごし、異常な加速力で敵の背後へと滑り込んだ。重装の騎士相手に正面からやり合うほどに彼女は愚かではなかった。
「あ、ああ……っ?! そんなバカな!?」
「騎士ハッテイナが皇女殿下に負けた!?」
背後に回り込んだエリスは騎士の後ろ首に魔剣を突き付けていた。成長著しい以下のエリスならば、皇女捜索を押し付けられた残念騎士の相手などたやすかった。
「い、今のは油断していただけだ……っ、やり直しを要求するっ!!」
それはそうだが負けは負けだ。
「だったら次は俺の相手をするかぃ?」
「言っておきますけど騎士様、私を高みに導いて下さって教官はこの大陸で一番強いお人ですよ?」
エリスはそう言って自分の教官を盾にした。そのたわわな胸の谷間に男の二の腕を埋め込んで『もうこの人とは離れない』と言い出しかねない演技を始めた。
「勝手に話盛るんじゃねぃよぃ……。ま、この期に及んでそれでも下がらねぇって言うなら、教官としてやるべきことをやらせてもらうぜぃ」
「く……っ、揃いも揃って帝国を裏切るか……っ!」
「漂流しちまって帰れなくなっただけでぃ」
「家出しただけでぃ! ですわ!」
騎士ハッテイナと従者は引き下がった。騎士はえらく悔しそうな顔をしていたが、従者たちは半ば諦めの境地に至った顔だった。その顔には『姫がこんなに強いなんて聞いていない!』とあった。




