おじさんだってたまにはズル休みしたい
ファルスが教練に復帰した。水を差すのもどうかと思いわざと遅刻して1-Xの教室を訪ねると、復帰を大喜びするクラスメイトに戸惑う人間らしいファルスの姿があった。
着任当初より全身を包んでいた包帯からファルスはようやく解放され、生傷だらけではあるが見違えるほどに健康的に見えるようになった彼女がそこにいた。
「遅いですよ、教官」
「それには同意……」
「悪ぃ、今朝から腹の調子が悪くてよ」
ファルスの机の左右をエリスとミストルが囲んでいた。それが担任の到着で元の席に帰って行くと、ファルスはそれぞれの背中を目で追って少し寂しそうな顔をした。
「あてて……急にぶり返してきたよぃ……。悪ぃがちょいと席外すぜぃ……」
「教官……」
ミストルには仮病を見破られてしまったかもしれない。腹を抱えるふりをしていつものやたら豪勢な教室を出て、それからしばしトイレで仮病のアリバイを作ってから、屋上で身体をほぐしてゆっくりして、一階までグルッと散歩を楽しんでから三階の教室に帰った。
「ああ残念、教官が帰ってきてしまいましたね……。ファルスの好みの男性を聞き出すチャンスだったのですけど……」
「うるさいっ、しつこいっ、死んでも言わない……っ」
「もう一押しだったのに……」
協調性も何もあったものではないうちのクラスで恋バナとは驚いた。ファルスは強い言葉を使うが表情に怒りはなく、その目はエリスの目を正面から見つめて眉をしかめさせていた。
「そりゃ邪魔して悪ぃねぃ。あたた、次は腰が……」
「仮病はもういいです。さ、いつものおかしな座学を始めて下さい」
「おいおい、言いがかりはよしてくれぃ」
気付いていなかったのはファルスだけだったようだ。目を丸くして教壇の不良教官を見つめていた。
「そうだ、腹を下したついでに、今日はこの辺りの食える草や木の実の話をしてやろう」
サバイバル技術の話に興味を覚えたのはファルスだけだった。年頃の女子は野草も謎の木の実も食べたくないそうだ。
「煉獄の地ではおかしな植物が生える。人の顔に似たキノコだとか、葉がナイフのように鋭い野草だとか、色のおかしなオレンジだのリンゴだの、一見は食えそうもないがこの辺は一通り食える」
「知ってる、紫色のリンゴ……。中もすごい色だけど、あれは美味しかった……」
「おぅ、ありゃいけるねぃ。師匠の好物だった」
ただし甘い物ならば例外。果物の話ならばとエリスとミストルも乗っかってきて、今度手に入ったらご馳走すると安請け合いする教官に素直な喜びの歓声を上げた。
煮ると美味い野草だとか、カブみたいな味のする球根は絶対に要らないと言われた。そう言われると用意したくなるのが教官心だろうか。一度食べれば気を変えるはず。
それからダラダラと取り留めもなく語って、基礎教養の語学と数学を軽く教えると、いつものようにつまらない座学を少し早めに切り上げて、校舎裏でファルスお待ちかねの実技訓練を始めた。
ファルスはやる気と気概にあふれたエリスとミストルの姿に驚いていた。二人の情熱にあてられて、負けじと教練に打ち込んだ。復讐のためならば後先を考えない狂戦士ファルスに、健康な風が吹き込んだのを俺はこの目で確かに見た。
「ファルス、行こう……?」
「う、うん……ミストルがそう言うなら、付き合う……たくさん、世話になったし……」
「それではご機嫌よう、セイウス教官♪」
昼休みが始まると3人は揃って学食に駆け込んでゆき、後には誘ってもらえなかったおっさんの少し寂しい気持ちだけが残った。
無論、おっさんはおっさんでおっさんを構ってくれるミネルヴァを校長室で汗を拭いながら待って、彼女がやってくると嬉しさのあまりに午前のことを語りまくっていた。
「教官……っ」
「おっと悪ぃ、久々にはしゃいじまったよぃ!」
「それはいいですから服を着て下さいっ、服をっ!」
「おおっ、話に夢中ですっかり忘れてた!」
恥ずかしそうに頬を染めるミネルヴァが面白くて、少し筋肉を強調させるポーズを取ってみると、書斎のネームプレートを顔面に投げ付けられた。育ちのいいお嬢様はこういうのはお好きではないようだった。




