女子生徒ミストルの事情 - おっさん、メチャクチャ慕われる -
「ふぅ、食った食った、動けるかぃ?」
「はい、お付き合いできます」
「やるねぃ」
「美味しかった……楽しかった……はしゃいでしまって、ごめんなさい……」
「いちいち謝るんじゃぁない、楽しい雰囲気が台無しになっちまうよぃ」
「ご、ごめ……あ…………っ」
これはもっと乾かさないと情熱という名の火が点かない。もっともっと楽しい気持ちになってもらって、それを殻を破るエネルギーにしてもらおう。
「用務員のおばちゃんは飯の後は大公園で散歩がいいって言うんだけどよぅ、さすがにジジババ臭いかねぃ?」
「い、いえっ、食べた分、消費しないと……」
「ダイエットなんて教練で消費すれば余裕だろう?」
「む、胸……最近、苦しくて……」
「そうか、なら散歩に行くかぃ」
成長期の末期に至っても発育が続いているのはスレイヤーとして喜ばしい。大公園と呼ばれる元々は約40年間管理されなかった大型墓地を訪ねて、豊かな木々が頭上を囲う憩いの場をランニングした。大公園を5周もすれば4キロメートルほどの軽い食後の運動となった。
「教官……あたし、なぜだか今……明るいあたしになれています……」
「おお、そいつはよかった!」
ただのランナーズハイかもしれないが。
「教官が元気をくれたからです……。こんふうに、気持ちまで考えてくれる人なんて……他にいなかった……」
「それはお前さんが俺の大事な生徒だからだ。ああ言っとくが『お仕事でやっているだけ』という意味じゃないぜぃ、お前さんの成長を見届けたいんだ」
こんな健康な休日はそうそうないだろう。いちいち抱え込みたがる彼女また笑いかけて、さあそろそろ次に行こうと誘った。
用務員のおばちゃんいわく、汗をかいたところで公共浴場に誘っていったん別れ、さっぱりしたところで合流すれば後は落としたも同然。『がんばりなよ、校長先生!』だそうだ。彼女は何か大きな勘違いをしている……。
「あたし、教官みたいな……明るい人になりたいです……っ」
「はは、こんなチャランポランなおっさんに?」
「教官は立派です! みんな、エリスもファルスも教官のことを尊敬しています!」
「なんかくすぐってぇよぅ……」
だがいい傾向だ。目標。なりたい自分。それが具体的に見えたということは、彼女のハートに炎が宿ったということだ。初めは後ろを歩くばかりだったミストルが自然体で隣を歩き、こちらに控えめな目を送ってくるようになっていた。
「スレイヤーとして、経験を積んで……しばらくがんばって……それから……教官みたいな、教官になりたいです……っ」
「いいねぃ! そしたら頼れる部下が一人増えるってわけだ!」
「あ、あたしごときには、過ぎた夢ですけど……」
「何言ってるっ、夢ってのは人の力の源だぃ!」
「力の……源、ですか……?」
「夢、志、目標、コイツを持っているやつは輝きが違う! お前さんの弱点である心の弱さは、夢を追い続ければいずれ克服できる! 俺はそう踏んでいるぜぃ!」
足を止めてそう叫んでみたがどうも説教臭くて気恥ずかしくなってきた。しかし思い付きとはいえ生徒が夢を持ってくれたのが嬉しかった。だから気恥ずかしさを乗り越えて、彼女の肩を叩いて保証した。臭かろうと頼りがいのある教官を演じた。
「教官の……昔の夢は……なんだったのですか……?」
「若い頃の俺の夢かぃ?」
「教官はあたしの目標です……。もっと強くなりたい……誰かを守れる勇気がほしい……教官みたいになりたい……。そのために、知りたいです……」
彼女は精一杯の想いを込めてそう主張した。
「大した夢はなかったねぃ。俺は農奴の家に生まれたガキでね、景気の悪ぃ顔したクソガキだった」
「意外です……」
しかしその辺りで前世の記憶がうっすらと目覚めた。このまま農奴を続けていても未来が全くないことに気付いた。
「俺は貧しい暮らしが堪えられなくて家を出た。そういうやつは帝国の都市部ではそう珍しくもなくてな、日雇いの仕事をして暮らしてたんだが……。ある日[ボレアス通商組合]の御曹司と親しくなった」
年寄りの話が長くなるのはまとめるつもりがないからなのもあるが、また一方でまとめようがないほどに紆余曲折しているという面もあると思う。幸い、ミストルは深い興味を持ってくれていた。
「そんな厳しい生まれから、デモンスレイヤーに……。やっぱり教官って、すごい……」
尊敬してくれる生徒に『師匠がよかっただけだぃ』と返してから話を続けた。
「で、その御曹司が言ったんだ。『いつか俺は帝国騎士になるから、君は俺の従者になってくれ』ってな。帝国騎士の従者になること、それがお前さんくらいの頃の夢だったよ」
その望みが叶わなかったことは語るまでもない。御曹司は帝国騎士になるという夢を実現したが、彼の従者に選ばれたのは農奴の息子ではなく、名のある貴族のせがれだった。子供の夢と現実の間には大きな隔たりがあった。
「その人、酷いです……」
聞きたがるので結局そこまで語ってしまった。
「そうでもねぃ。確かに少年時代の誓いは破られたが、俺は[ボレアス通商組合]の中型交易船の若き船長となった。それなりに羽振りのいい生活に満足していた。熱く燃えるような夢は失っちまったけどな……」
そしてその船は嵐に遭い難破。仲間としていた水夫たちは全て失われ、当時は[滅びの地]と呼ばれていたこの地方に流れ着いた。
「あたし、教官の力になりたいです……。貴方の波瀾万丈の人生の支えになりたい……」
「そんなに波瀾万丈かねぃ?」
「壮絶な人生です……。教官は、今度こそ報われるべきです……っ!」
「ありがとよぃ。じゃ、そろそろ風呂行くか、風呂!」
「…………えっ、ええええーっっ?!!」
その後、公共浴場の建物内で別れて汗を流した。それから合流して、髪の毛がシットリした彼女とさらに遊び倒した。店から店へとハシゴするたびに社会経験を積み、わずかな自信を付けてゆくミストルの姿がかわいくて仕方がなかった。
結局アカデミーに帰ったのは日が沈んだ後で、女子寮に疲れ果てたミストルを送り届けると、軒先にはミネルヴァが待ち伏せしていた。
「お楽しみだったようですね、校長先生……?」
「も、門限までには連れて帰ってきただろがよぃ!? 何が不満なんだぃ!?」
「っっ……全部ですっっ!! 言っておきますけどっ、来週の教官はわたくしの教官ですからねっっ!?」
「お、おぅ……」
「わたくし以外の生徒とこんな時間まで遊び倒すなんてっ、もうっ、もぉぉーっっ!!」
「どうしても必要なことだったんだ、許してくれぃ」
嫉妬深いミネルヴァをなだめて、夜中の食堂で月夜のお茶をしてさらになだめた。今日の収穫を伝えると、彼女の嫉妬の炎も消えていた。嫉妬に狂っても教官は教官だった。
「初めからそう言って下さい……」
「昨日言った気がするぜぃ……」
「教官との休日を奪われた嫉妬でそれどころじゃありませんでしたっ!」
「そ、そうかぃ……」
「ミストルさん、ご自分の夢を見つけられたんですね……。よかった……」
「初めにその感想が欲しかったねぃ、俺ぁ……」
俺たちもまたミストルを見習おう。夢や目標を達成した反動で急に未来が見えなくなることが人にはある。ある種の燃えつき症候群だ。
「わたくしの次の夢は……きょ、教官と……っ」
夢を忘れずに生きようとミネルヴァとも誓い合った。ミネルヴァと共に生徒たちを導き、旧都レガリスの守りを盤石にして、このレガリス校をさらに強く大きく育てよう。時々嫉妬深いが頼れるミネルヴァと共に。




