女子生徒ミストルの事情 - おっさん、生徒を騙してこき使う -
それから一晩が明けた翌日の昼前、予定より早めに待とうと決めて校長室の前にやってくるとミストルが扉の前で待ちぼうけしていた。
こちらに気付くと彼女は私服姿の胸を揺らして大きくお辞儀をして、気恥ずかしそうにスカートを押さえた。シャツにミニスカートだなんて意外な私服だった。
「み、身軽な方が……お手伝い、しやすいかと、思って……」
「驚いた、そういう格好もするんだねぃ?」
「エ、エリスが……選んで、くれて……」
「アイツの趣味かぃ……。いや、だがエラく似合ってるぜぃ」
変わりたいというミストルの願いにエリスが応えたのかもしれない。着る服を変えれば気分も変わるのが人間だ。少し目に毒だがいいチョイスだった。
「さあ行こう、今日はこき使ってやるっ!」
「は、はい……っ!」
手招いて、いつになく元気な声を上げるミストルを背中の後ろに引き連れて、まずは冒険者アカデミー・レガリス校の敷地を出た。
アカデミーは旧都の最南端にある。ここより南の土地は開拓が許されておらず、アカデミーは南からのデモンとモンスターの侵攻を防ぐ防衛線という側面も抱えている。
アカデミーから北側は農家がまばらにある程度。小麦畑や野菜畑の彼方にレガリスの都市部がそびえている。そんな少しへんぴな土地から、都市部行きの乗り合い馬車に乗り込んだ。
「いやぁ、かわいい娘さんだねぇ!」
「お、旦那もそう思うかぃ?」
多めに運賃を払うと馬車はすぐに出発して、御者のおっさんがイメチェンをしたミストルを横目に褒めてくれた。
「思う思う、これだけデカけりゃ出産も安心! うちの息子の嫁に欲しいくらいだ!」
「お、おぅ、農家らしい褒め方だねぃ……。確かにこれだけ色々大きければ、いいお母さんになるだろうねぃ?」
まあ自信を付けてくれるならなんだっていい。農家出身の御者と一緒になって、向かい合って腰掛けるミストルに笑いかけた。
「あ、あたし、要領悪くて……農家なんて、とても……」
「いやお嬢さん、それだけの体格があれば引く手数多だよ。農家になりたかったらいつでも声かけてくれ」
「おいおい、うちの生徒を誘惑しないでくれるかぃ? ま、引退後に農家をやるスレイヤーもそう珍しくないがねぃ」
「教育……受けさせていただいた恩義……ありますから……ごめんなさい……」
つくづくミストルは真面目な娘だった。あまりに模範解答過ぎてつまらないという感想は引っ込めて、また明るく笑いかけた。
「4,5年スレイヤー協会に付き合ったら好きな道を選んだっていいんだぜぃ。なぁ旦那さんは農家始める前は何をしてたんだぃ?」
「新王都で御者をしてたよ。けどバクチで借金こさえちまってなぁ……。全部捨てて家族と逃げてきた」
「ほれ見ろ、人生色々だ。俺は嵐に遭ってここに流れついたんだ」
「嵐……あっ、もしかしてアンタッ、百を討ったデモンスレイヤーかい!? 新校長先生の!」
素直に肯定して、御者をやっていた農家のおっさんにうちの斧戦士ミストルがどれだけ有望なのか自慢してやった。ミストルは温かいお日様の下で顔を赤くしたり青くしたり言葉を詰まらせたり、自信に繋がるいい刺激を受けてくれたはずだ。
やがて都市部の馬車駅に着いた。すっかり元御者の農家のおっさんとは仲良くなってしまって別れを名残惜しみながら、色白で黒髪でミニスカのかわいい生徒の手を引いて街へと繰り出した。
「広場の旅芸人たちは見たことあるかぃ?」
「あ、はい……すごく遠くからなら……」
「そりゃ見てねぃのと同じだぃ」
「ぁ……っ」
おっさんに手を引かれても嬉しくもないだろう。しかしこの子には多少の荒療治が必要だ。今の彼女は炎を失ってしまった薪だ。湿ってしまったその薪を乾かして、炎をくべてやるのが教官の仕事だ。
「犬、好きかぃ?」
「す、好き……です……」
「なら犬の芸を見ようぜぃ、旅芸人といったら動物芸だ」
「見たいです! 教官と、近くで……」
そう決まったので大通りに面する広場に立ち寄って探してみると、ハスキー犬を使役する珍しい旅芸人を見つけた。物珍しさから既に人が集まっていて、強い興味があるのかミストルはすぐさま芸に夢中になった。
大きめのチップを払うと旅芸人は気をよくして、観客のミストルを芸に組み入れてくれた。低く出されたミストルの腕の上をハスキー犬が飛び越え、股の下をくぐり、犬の手でジャンピングハイタッチまで交わして見せた。
かくして演芸は大成功。旅芸人は沢山のおひねりを。ハスキー犬は旅芸人から3枚ものジャーキー受け取った。
「緊張しました……」
「いい経験になったじゃねぃの」
「はい……。それに、すごく、かわいかったっ! すごく、楽しかったです、教官!」
「そりゃよかった! 今日はもっともっと楽しいところに連れてってやるよぃ!」
そこで『こき使う』という話と食い違っていることに今さら彼女は気付いた。だがそんな疑問は陽気に吹っ飛ばすべく、彼女の色白の手を取った。
「腹は減ったかぃ?」
「急に、減ってきました……。朝ご飯、緊張で、食べれなくて……」
「難儀な気質だねぃ。じゃ、おっさんが少し珍しい飯屋に連れてってやろう!」
昼食は行きつけの店に決めていた。復興間もない頃からの付き合いで、昼は食堂、夜は酒場、全日を通じて宿屋をしている店だ。スレイヤーの利用者も比較的多い。ご主人が甘味好きで甘い物が充実しているところがまたよい。
「セイウスさん、ごぶさたね。ご注文は?」
席について少しすると、店の奥さんがオーダーを取りにやってきた。
「あー、オレンジジュースを2つ。他はもうちょい待ってくれぃ」
「あら、今日はお酒じゃないんですね」
「生徒の前で昼間から飲んだくれるわけにはいかねぇよぃ」
ミストルはメニューを抱え込んで悩みに悩んでいた。どのスイーツをごちそうしてもらうか真剣に。今は集中しているのか奥さんの言葉すら届いていないようだった。
「ようセイウス、えらくかわいい美人さん連れてるじゃないか!」
昔なじみの熟練スレイヤーにも声をかけられた。
「美人なのは認めるが、この子はうちの生徒だぃ」
「はぁ、生徒とデートだぁ!? とんだ校長先生もいたもんだなぁっ!!」
「へへへ、羨ましいかぃ?」
「ちっくしょ……。超羨ましいわ、普通に……。クソ、調子に乗りやがって……」
やり取りしているとミストルと目があった。集中していると思いきや聞かれていたようだ。彼女は赤くなってメニュー表の中に顔を隠した。
「で、そろそろ決まったかぃ? もう15分はそうしているぜぃ?」
「あ、あの……2つ、いいですか……? この中で、迷ったのですけど、どうしても決められなくて……」
そう言って彼女はメニュー8点を指で叩いた後に『チョコケーキ』と『イチゴソースのプリン』を選んだ。
「いいとも。飯の方はいっそ俺が選んじまっても大丈夫かぃ?」
「は、はいっ、よろしくお願いします!」
先ほどの奥さんに手を上げて欲張りセットな注文を通した。メインディッシュは店で一番上手い[ホワイトシチューオムライス]にして、デザートには『チョコケーキ』と『イチゴソースのプリン』と残り6つのスイーツを付けてもらった。
「そ、そんな……っ、あんなに、悩んだのに……」
「あははっ、今日は景気がいいじゃないか、セイウスさん!」
「いっちゃん楽しくなる方法を選んだだけだぃ。8種のスイーツ、一緒にやっつけようぜぃ、ミストル」
趣旨はくすぶってしまっている彼女のハートに再び火を灯すという一点のみだ。がっつりとした[ホワイトシチューオムライス]と戦ってからの8種のデザート攻略を楽しんだ。




