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オジ専門小悪魔エリスとの危険な個人授業 - 後ろをのぞいたら嫌ですよ……? -

 ミネルヴァはああ言うがエリスに邪心はなかった。夜の弓術訓練場で落ち合うと、彼女はひたむきに英雄ダレス仕込みの射撃術を学んでくれた。


「教官は真面目なんですね……」


「自分ではそうでもないと思っているが」


「いえ、十分過ぎるほどに真面目な方かと……」


 弓のフォームを指導しているとそんなことを言われた。手に触れたり、彼女の背に胸を寄せたりはするが邪心はない。おかしな感情を抱いたら学習意欲に溢れた今のエリスに失礼だ。……俺、真面目か?


「私、それなりの家の出身でして……」


「へぇ、道理で気品があるわけだ」


「ですが実家のやり方がどうしても受け入れられず……家出しちゃいました……」


「……そりゃどっかで聞いた話だ」


 ミネルヴァの実家は帝国貴族だ。国と実家のやり方がどうしても認められなくてこちらに流れてきた。


「はい、ミルのまねをしました……。ミルの生き方がまぶしくて、私もあんなふうに生きたくなってしまったんです」


「となると、エリスも帝国貴族出身かぃ?」


「はい、まあそんなところです……」


「同胞なら同胞と早く言ってくれぃ、これからも力になる」


 出自が同国とわかってますます力になりたくなった。


「私、ミルのようにスレイヤーになろうと思いました……。でも、あの日は動けなった……弓が引けなくて、隠れて震えているだけでした……」


 その件については話がループしているのでこれ以上の回答は控えた。エリスの手から離れた矢は的の中心に力強く突き刺さった。矢に魔力を込めて放つ。すると魔力が空気抵抗の具合を変えてしまうので、これには慣れが必要だった。


 その後も彼女のやる気に応えてミッチリと技を教えた。小悪魔エリスが信頼を寄せてくれるようになったのが嬉しいのもあった。問われれば笑顔で何でも教えてやった。素直でかわいい生徒だった。


「ところで教官……」


「なんだぃ、腹でも減ったかぃ?」


「ミルから聞いたのですが、時々肩を揉んでもらっているそうですね」


「ああ、どうも師匠に孝行したいらしい。そこまでしてくれなくともいいのにねぃ、お爺さんでもあるまいし」


「私も、弟子ですよね……?」


「もう弟子っちゃ弟子だねぃ」


「でしたら……」


 サービスするので座れと言うので弓術場に一つだけあるテーブル席に座った。エリスは教官の後ろに回り込んだ。個人指導のお礼がしたいだなんてかわいいところがあるものだ。


「では、いきますね、教官……」


「悪いねぇ、おじさん冥利に尽き――ヌハッッ?!!」


 わずかな衣すれの音がしたかと思えば、いやにふっくらとしていてすべやかな感触が首の左右に走った。


「後ろをのぞいたら嫌ですよ……? 前だけ、向いていて下さいね……?」


「なっ、なっ、なっ、何をしているっ、何をっ!? お、おい、エリスッッ?!!」


「ごめんなさい、教官……他にお礼の方法、思い付かなくて……」


 エリスは人の首を磨いた。温かくて、ふわふわしていて、すべすべのナニカで心ばかりのサービスをしてくれた。『そんなことしてくれなくてもいい』と伝えるのは思春期の女性の気持ちを傷つけるかもしれなかった。


 誓って『ほぉぉこりゃぁ極楽じゃぁぁ』などと思っていない。ほぉぉ……っ。


「ふふふ……楽しい……」


「も、もういい……もうそろそろいい……っ、夜眠れなくなっちまうよぅ!」


「では教官、目をつぶっていただけますか?」


「まだ続ける気かねぃ!?」


「正面からではお嫌ですか……? 私、顔が火が出そうなほどに恥ずかしいのに、精一杯がんばっているのですけれど……」


 精一杯の感謝。羞恥を堪えてのサービス。それを倫理観を盾にして拒むのは正しいことなのだろうか。わからない。答えなんてない。


「わかった、それが終わったら服を着てくれぃ……。ここはあえて、喜んで受け止めるから、今後こういうことは控えよう、お互いにっ」


「教官……私……え、えい……っ」


「ウッ、ウォホッ?!!」


 詳しい説明はしない。できない。したくない。正面側から先ほどと同じようなことをしてもらった。彼女のしたいようにさせた。形はどうあれ代価を支払ったと満足すれば、明日からまた精力的に学んでくれるだろう。


「ご気分はどうですか、教官……?」


「今なら空も飛べてしまうだろうねぃ。しかしそろそろ、目を閉じるのにも疲れてきた、離れてくれぃ、頼む……」


「はーい♪ …………ではどうぞ、目を大きく開けてみて下さい♪ ……あ」


「はぁ……っ。気持ちは嬉しいがこんなことしちゃいか――」


 目蓋という名のトンネルを抜けると――


「み、みねるう゛ぁぁあっっっ?!!」


 その向こう側には夕食会帰りのミネルヴァが立っていた。本気の化粧をまだ落としていない甘い香水の香る姿で、眉と、口元と、握り拳をピクピクと震わせておられていた……。


「ち、違うっ、違うんだ、ミネルヴァッッ?!!」


「校長先生」


「ひゃ、ひゃいっ!?」


「わたくし、言いましたよね……? エリスには気を付けて下さいと、わたくし、言いませんでしたかねぇ……っっ?」


「お、お……俺が……俺がピュアボーイでございました……」


 エリスはもう弓術場にいなかった。影も形もなかった。さすがのエリスも怒ったミネルヴァだけは苦手なようだった。


「いいですか、校長先生……?」


「な、なんでございますかぃ、秘書さんや!?」


「エリスはああいう子なんですっっ!! 本当に外交問題になってしまいますよっっ!?」


「も、もうしないっ、約束するっ、気を付けるよぃっ!?」


「そうですか、わかりました……」


「ほ……っ」


 あっさり引き下がってくれて助かった……。


「こうなったら、わたくしが代わりに、教官の欲望を受け止めるしかありませんね……」


「……は?」


「次にエリスにムラッときたらっ、わたくしのところにきて下さいっ!! どうにかしますのでっ!!」


 と言ってミネルヴァは握り拳だけで3本の矢をへし折った。『次やらかしたらお前はこうなる!!』という意味にしか感じられない。


「教官はずっとずっと昔からわたくしの教官なんですっ!! お願いです、わかって下さいっ!!」


 3本の矢は握力だけで6本にちぎれた。


「休日に埋め合わせをするよぃ……悪かったっ、本当に悪かったっ、この通りだ許してくれぃっっ!!」


「わたくし、別に怒っていませんよ」


 それは怒っている人が言うセリフだ。


「とにかく気を付けて下さいね? エリスは教官を狙っているんです。あの子は昔からオジ専なんです。やさしくしたらつけあがりますっ、厳しく指導されて下さい!!」


 オジ専の美少女、本当に実在したのか。とにかく今のミネルヴァには反論しない方がいい。落ち着くまで平身低頭の構えで彼女をなだめた。


「教官がいけないんですよ、教官が。教官はあの子たちを甘やかし過ぎです。甘やかすならわたくしにして下さいっ、いいですねっ!?」


「はいっ、おっしゃる通りっ、そういたしますっ!」


 俺はなんて謝っているのだろうと思いながらなだめ続けると、やっとミネルヴァは落ち着いた。


「一人で怒ってごめんなさい……」


「あれだけ言ってくれたのに油断してた俺のせいだぃ……。これから気を付けるよ……」


「…………いまいち、信用できません」


「なんでだよぃ!?」


「対策を検討しておきます……では、おやみなさい」


 何もやらかさないでいてくれるのが一番なんだが?


 嫉妬深い元生徒を持ってしまった元教官は、何も言えずに去りゆく女性を見送る他になかった。まったく酷い目に遭った。しかしいい目にも遭った。冷たい夜風を感じた頬と首には、エリスのすべやかな感触がまだ残っていた。


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