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重いものを押す人間の姿勢ではない。背筋は定規を当てたように美しくまっすぐに伸び、顎を引き、一歩踏み出すその瞬間も、頭の位置が上下に一ミリもブレていない。
歩行時の幾何学的重心が完璧に水平移動している。常人なら、自重を前傾姿勢に預けて強引に押し出すはずの重量を、彼女は純粋なインナーマッスルと、ゴリラ並みの軸ブレしない体幹だけで完全にコントロールしていた。
「あ、すみません。少し場所を広く使ってしまって。実家からキノコのプラントをそのまま持ってきちゃいました。これがないと私、心が寂しくて死んでしまうんです」
少女は陶器人形のような顔に、ぽわんとした無邪気な笑みを浮かべた。
だが、そのワンピースのポケットには、消臭スプレーの代わりに、何やら禍々しい文字が印字された「謎のキノコ胞子スプレー」が常時六本以上、ペンケースのように規則正しく刺さっているのが見えた。
「いや、実家のプラントとか、そういう話じゃなくて……重い、だろ。それ」
アキラは引きつった顔で指をさした。
「重い? いえ、そんなことはありませんよ。少し、今日の重力が健康的なだけです」
「健康的な重力ってなんだよ。ここは一Gの標準重力下だぞ。お前の筋肉、どうなって――」
アキラが言いかけたところで、搭乗ゲートの自動センサーが電子警告音を鳴らした。
『――ピー、警告。手荷物の総重量が、エコノミークラスの規定を大幅に超過しています。追加料金、一万二千デルタ・ジュールが発生します』
「あら、困りました。私の口座、もう実家から止められていて一デシベルも残っていないんです」
少女は人差し指を頬に当てて、困ったように首を傾げた。
アキラは(当然だ。そんなゴミ屋敷みたいなキノコ畑を持ち込もうとすれば、どこの宇宙船でも止められる)と心の中で毒づく。
しかし、そこは「最悪の激安ツアー船」の搭乗ゲートだった。
不審そうに近づいてきたターミナルの格安航空員は、少女が胸元からチラリと覗かせた『あるエンブレム入りの身分証』を見た瞬間、青いサイバーアイを激しく明滅させた。
「あ、失礼いたしました……! こちら、タカシ様の『最優先特別配慮顧客(ロイヤル・債務者)』のコードですね! 通過を許可します! 荷物の積載スペースはCデッキの通路中央を確保しております!」
「ありがとうございます。やっぱりタカシさんの契約は融通が利きますね」
少女はにこりと微笑み、再び「ずずん」と空気の圧縮音を響かせながら、三百キロのキノコ台車を片手で押し進めていった。
(タカシ……! あの野郎、こんな怪力キノコ娘にまで高金利ローンを踏み倒せない特等席を用意してやがったのか……!)
アキラは自分のこめかみを押さえた。
胃の痛みと、脳内の破断音、そして今しがた現れた規格外の同乗者。
「ねえ、そこのツナギのお兄さん」
エリがゲートをくぐり抜けながら、アキラを振り返った。
「私、エリと申します。一緒に船旅を楽しみましょうね」
「アキラだ。……楽しむ余裕があれば、だがな」
不揃いに切り落としたボサボサの髪をかきむしりながら、アキラは重い足取りでエリの後に続いた。
搭乗ブリッジを渡る。その鉄板を踏みしめるたび、足の裏から「歪んだキールの微小な振動」が、冷たくアキラの骨へと伝わってくるのを感じていた。
後にこのオンボロ船と海賊団、そして全員の命を救うことになる「台車三台分のキノコ」が、アキラと共に「イカロス翼号」の暗い船内へと搬入された瞬間だった。
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