初夜なのか!?
ほのかにクラウの甘い香りが漂う部屋。
ベッドはふかふか。
窓辺には夜会の灯りが庭の薔薇を照らす光が映り込んでいる。部屋の隅にはクラウの小さな机があって、本やインクの瓶が丁寧に整頓されて置かれているのが彼らしい。
でも、今、私の心臓はバクバクと暴れていて、部屋の様子をじっくり見る余裕なんてない。
だって、ここ、クラウの部屋だよね?
更には、薄い布でヒラヒラのワンピースのような夜着。羽織るストールもスケスケ。
…この状況。
つまり…
初夜なのでは!?
いや、婚約で初夜は違うよね?結婚してからのはず。…でも…でもだよ?状況は明らかに…ね?その可能性を考えると、私の顔が一気に熱くなる。
落ち着け、リーシュ、まだ何も決まってない!
ガチャッ
ドアの開く音に、ハッと我に返った。
「ふぁー、疲れた~…」
小言を漏らしながら入ってきた人物。それは紛れもなくクラウで、扉からベッドへと数歩踏み出した所で私と目が合った。そして数秒…妙な空気が流れる。
「…え!? リーシュ!?」
私はベッドの端に座ったまま、思わず飛び上がりそうになる。クラウはこの部屋に私がいると思ってなかった??…これではまるで、婚約して早々に襲いに来た婚約者じゃないか。
肉食系にも程がある。
クラウが部屋に入ってきて、お風呂上がりなのか、髪が濡れている。ピンクの髪のリボンをほどきながら固まって、紫の瞳が私を見て驚くように見開かれていた。
こうなったら…襲うしかないか。
うん。
…だって、ここで何を言ったって状況は変わらないんだよ?襲ったほうが流れ的に…ね?
「え、なんで!? リーシュ、なんでボクの部屋に!?」
「ここで寝ていいって、案内してもらって…」
私は夜着の薄い布をぎゅっと握りながら、いつ、その時を迎えるか獲物の動きを見定めた。すると、クラウの顔が一瞬で真っ赤に…。
襲うなら今だろうか?
「思い出した!!間違いじゃない、んだろうけど…! うわ、ちょっと待って。そうだ、忘れてた。」
クラウが両手で顔を覆って、ドサッと椅子に座り込む。クラウが深呼吸して、ようやく立ち上がって私の前に来る。その忙しない動きで焦ってるんだな…とよく分かる。
今、彼は混乱している。襲わないほうがいい。
「さっきのプロポーズで頭いっぱいで…忘れてた。その…、リーシュがボクを好きって知らなかったから。こう、既成事実というか…そこまでいかないまでも、一晩同じ部屋で過ごせば同等の意味を持つから。上手く丸め込んでしまおうと思ってたんだった。」
「そっか。これから丸め込まれるんだ。」
なんだ、手間が省けた。そう思って安心してベッドに座り直した。クラウがハッとしたように私を見て、顔がまた赤くなる。
「ち、違う!!そんな、女の子にしないって!女の子は大切にしないといけないって…教わってて。」
「男だったら大切にしなくても良いってことはないと思うよ?」
「それは…ホント、そう。ごめん。どーかしてたんだ。君を手に入れる事しか考えてなかった。」
これまでの私に対しての行動を思い返したのか、クラウの表情には反省が見られる。心のなかで、その表情がクラウのお母様そっくりだと微笑ましく思った。でも、私が気にしてないんだから問題ない。
ここからが肝心!
私は空気を切り替えるように手をポンと叩いた。
「じゃあ、クラウ。予定通りしよっか」
「?」
「初夜。」
「え!!なんで!」
「男も女も関係ない。せっかくだから丸め込んで欲しい。」
両手をパッと広げると、私の胸元に視線が移った。
「ま、待って!!」
クラウがバタバタと手を振って、まるで何かを振り払うみたい。その姿が愛おしくて、私は立ち上がってクラウに近づく。
すると、クラウは近づいた分だけ後退る。
なぜ?
だって、私達は成人の年は越えているし、婚約したなら…こういうの、あり、だよね? クラウがゴクッと唾を飲んで、目を泳がせる。
「えっと…一緒に、過ごすのは…いい、けど大切にしたいんだ、君を。」
クラウの声がどんどん小さくなる。
「じゃあ大切に抱いてもらって。」
「違うってば!」
「じゃあ、今日は一緒にベッドで寝るだけ?」
「寝る…だけ。」
チラッと私を見て、ほっとしたように息をつく。するとクラウがベッドの端にそっと座ってくれる。
「…本当に、寝るだけだよ? リーシュ、変なことしないでね?」
「私が警戒される側なの?」
とても警戒した視線に、狼の前に差し出された子猫のようにも見えてくる。
仕方ないから私達はふかふかベッドの中に潜り込んでいった。横に並んで足を伸ばす、そして手を伸ばせば彼の体に少し当たった。それだけでも互いにビクリとして身構えてしまう。だけど、このままは少し寂しい。昨日まで数日会えなかったのだ…寂しい思いを挽回できる何かが欲しい。
「クラウ…手、繋ぐのはいい?」
私はドキドキしながら、そっと手を差し出す。
クラウがゴロンとこっちを向いて、ちょっと躊躇いながらも私の手を握ってくれる。
その温かい指先が触れるその感触だけで、胸がきゅっと締め付けられる。
「リーシュ…好きだよ。」
クラウが小さな声で、でもはっきり言ってくれる。私の寂しさを察してくれたのかも知れない。
「私も…クラウが好き。」
私は握った手に力を込めて、クラウの瞳を見つ返す。 クラウがゆっくり体を起こして、私に近づく。顔が近い。
「もしかして、これがファーストキスになるのかな?」
「…っ!?」
その言葉に、近づいてきた彼は触れそうな位置でピタリと止まってしまった。
「そっか…文化祭のは夢…にしたんだっけ?」
「うん」
「ファーストキスがベッドの上って…なんか…ダメな気がする。」
そう言って離れようとするクラウ。私はその頭を捕まえた。
「せっかくだし…して欲しい。」
「煽らないでよ…。」
「しかたないなぁ」
私は笑いながら、クラウをぎゅっと抱きしめる。
クラウも私をぎゅっと抱き返してくれて、互いの胸からバクバクとうるさい鼓動が聞こえる。
「ファーストキスは、ロマンチックなのがいーじゃん…」
「文化祭のをファーストキスにするのはダメなの?」
「ダメ…あれは…ボクがあまりにも身勝手すぎた。ロマンチックじゃない」
「こだわるね」
はぁ…とため息が耳元で聞こえる。
「ボクは…女の子を襲いかけたってことか。ホント最悪。紳士なんて一生言えない」
「その前にも、ウサギマスコット探して体を弄って来たよね」
「ぅっ!!あった…あったね。何で怒ったか理解が深まった…ごめん。男だと思ってたから…」
「いいよ。男だって、偽ってたんだから。」
ははっと笑うと彼の髪を撫でた。そんな私の仕草に身を委ねて気持ちよさそうに目を細める。
「なんか…まだ信じられない。君が女の子って…。元から可愛いとは思ってたけど。」
クラウが私の耳元で、ぽつりとつぶやいた。
「確かめてみる?」
私は好奇心でそう聞いてみた。
◇ ◇ ◇
5月5日完結目指して、明日もよろしくお願いします!!




