隠れていたのは。
ダイエット中の美しい魚を見つめながら、今も髪を結うクラウ。すると、彼はいつものように話題をくれる。今回の話題は真剣に聞かなければならない雰囲気があった。
「ボクさ、ここに隠れてたんだよ。婚約発表が始まるまでは誰にも会いたくなかった。」
「それって…私がマルーナさんを部屋に泊めたせい?」
「ううん、他人に聞いた不確かな情報を鵜呑みにする家族のせい。あとは…まぁ少しリーシュのせい。」
「やっぱり私のせいじゃない。」
後ろのクラウに目を向けようとしたら、前を向いててと言うように、両手で頭をクイッと正面に向かされてしまう。そう言ってはぁとため息が聞こえた。
「見ちゃったんだ。少し前の朝、君の部屋からマルーナさんと一緒に出てくるの。『楽しかった♪』とか言って。」
「…あの時?」
優しく触れる指が髪をどんどん整えていくのが分かる。しかし、私の背筋はピシッと伸びた。
「まぁ、少しは勘違い…したかも。でも、婚約して結婚するのはボクだし。」
それは婚約者としての余裕みたいなものだろうか。
「あと、最後の火遊びにしては相手が悪すぎるから。マルーナさんみたいな貴族令嬢が、男の部屋に泊まるのを家族が簡単に許すとは思えない。何かあったんだろうとは思った。」
「察してくれて助かるよ。…あの時、マルーナさんの屋敷に魔物が出たんだ。」
「そーなんだ?…」
誤解は解けたかな?…と思う。一応は一安心だ。しかし、その手が止まる。
「それでも、少し揺らぐ気持ちもあった。招待状を直接渡そうと思ってさ…絶対居そうな朝に行ったのに。直接渡すなんて怖くて出来なくなった。何らかの事情でマルーナさんとの関係が認められたって可能性もゼロじゃない。だから扉の間に入れただけ」
「だから…あんな状態に?」
「うん…やっぱりやめるって言われるのが怖くて、当日に招待状持って行って逃げれなくした。」
「…招待状貰った日にパーティーなんて驚いたよ」
ごめん…と一言聞こえると、再び髪を結う指先が動き出す。
「リーシュはボクを好きで婚約をした訳ではなくて、ボクを助ける為に婚約したんだから。」
「いや…それは…」
助けたい気持ちは本当だけど、私に下心があったとは言い出せなかった。
「でさ、今日は周りがうるさいし…リーシュにやっぱり婚約しないって言われないように、あっちの木陰に隠れてた。…そしたら『君、綺麗だね?』とか呑気に誰かを口説く声が聞こえるじゃん?ホント、冷や汗ヤバかったんだから。」
「うぐっ」
確かにそれだけ聞けば確かに口説いてる!!今さら、そんなことに気がついた。
「信じてたけど、故郷のお姉さんたちと仲良く経験豊富なリーシュだし?…ボクの中のいろいろなことが崩壊するような瞬間だった。」
「わぁ…、誤解に誤解が上乗せされてる。」
そう言うと、緊張が解けたようにフッと笑う息遣いが聞こえた。
「それでもさ、リーシュが綺麗って口説く人が、どんな人物か知りたかった。ボクとの婚約は決まったも同然だから。リーシュの好みを知って…結婚してから…少しずつでも恋愛対象として好きになって貰えたらいいって思ったんだ。それでなるべく気配を消して近づいた。」
「…?クラウ、それってまるで…」
私を恋愛対象として見ているみたいな言い方だ…と、思った。
両頬を後ろからむにゅっと挟まれた。それを彼の両手によってムニムニと動かされる。
きもちいい。
「そしたらさ、驚いたよね。リーシュに声がそっくりの『可憐な令嬢』の後ろ姿が見えて。口説いてたのは魚なんだから。でも声はちゃんとリーシュなんだよ。大混乱だよね。」
「へへっ」
つい変な笑いが出た。驚くよね。
「ボクが声かけたのに、魚が話してるって勘違いするし。魔物に慣れすぎて変な勘違いするよね。」
恥ずかしくていたたまれない。物語のお姫様みたいだ!…と、生き物に話しかけた瞬間を聞かれた事実。
髪を結い終えて「完成」と後ろから小さな声が聞こえた。そして、その気配が移動し私の目の前に膝をついた。そのクラウの姿は騎士様のようだった。
◇ ◇ ◇




