呼び出し。
クラウさんと朝の交流を重ねるうちに、武術の授業も更に本格的になっていった。疲れるけれど、終わった後の清々しさは少し癖になる。
そんなある日のこと。
授業の後片付けに追われていた私に、教官が声をかけてきた。
それは、指導室への呼び出し。
周囲の生徒たちが「お、何かやらかしたか?」と言いたげにニヤリと笑う。心当たりが全く無ければ怯えずに済んだのだが……悲しいかな、身に覚えは結構ある。
髪型が崩れるのを気にしてたこととか…
相手がルールを破り、私に掠り傷が出来た時「私のも一発受けてもらおうかな?」と詰め寄り木剣の先で軽くグリグリして怯えさせた事とか。
それに関しては、謝るべきは相手な気がするのだけど。
放課後。
教官の元を訪れる足取りは、ひどく重かった。怖い…皆の前で言えない事なんて…そんなの怒られ話くらいのものだろうし…。
しかし、ニヤついた奴らを更にニヤつきさせるのは癪だ。だから、得意の無表情を張り付けてやって来た。そうして平静を装うものの…指導室って存在だけでも怖いのに、今から入らなければならないの?と、扉の前で胃がギュっとなる。
だけど、教官を待たせるわけにはいかないので時間通りに扉を開けた。
軽くノックして、ギィ…と扉を開けた。その瞬間、教室などとは少し違う香りが漂ってくる。その香りに緊張感が増しながらも、そこへ足を踏み入れた。
「失礼します。リーシュです。」
「よく来たなリーシュ。座りなさい。」
「はい。」
部屋に入ると、資料置き場のように本棚に囲まれた部屋だった。狭い部屋の中央に机と椅子。教官に諭されるまま、向かいの席に座った。想定していたよりも柔らかい雰囲気の教官に、悪い話ではないのだろうか?と、少し気が緩んだところで早々に本題を切り出された。
「リーシュ、君は武術の訓練で手を抜いているな。何か理由があるのか?」
このひと言で身構えた。指示された範囲の事は全てやっている。しかし、こうして呼び出されたからには、キツく叱られるものだと思っていた…それなのに、教官は私の事を心配する様子で「理由を聞きたい」と続けてくれる。
「それは…」
建前を言うか本音を言うか…非常に悩んだ。
でも、教官は心配してくれている。それなら、深刻な問題じゃないことを伝えなければ…と本音を言うことにした。
既に手は、汗でびっしょりだ…。
「ムキムキに…なりたくなくて…。」
意を決して声を絞り出し話せば、教官は少しの間をおいて、豪快に笑顔を作っていた。
「ふっははは、そうか、お前も女の子らしい事を考えるんだな!!」
教官は、私が外見のまま男らしい性格だと思っていたのだろうか?学園の申請はちゃんと女性で出している。見た目が男の子を装っているだけ。だから先生も、武術の授業で平等を保ちつつ気にかけてくれていたようだ。
教官は、私に呆れることもなく訓練場へ移動すると、簡単な「筋力補助」の魔法を教えようかと提案してくれた。
本来なら負傷や病気などでの筋力低下を補助するものだそうだ。基礎訓練はしっかりやるとして、それ以上はこの補助魔法を使い、望まない筋肉を育てない方法を教えてくれたのだ。まさか、そんな理想的な提案をしてくれる人だったなんて!私は前のめりに「はい!よろしくお願いします!」と頭を下げていた。
…
「『甘ったれんな!』とか…言われるかと思いました。」
一通り教わってから一息ついた頃。
素直に出てしまった言葉に、教官はニッと笑って私の頭をわしゃわしゃと撫でる。その手は、お父さんのように大きな手で落ち着く。
「甘ったれられるのも学生のうちだけだろ?それに、これが上手く扱えりゃ普通の人間じゃ出せない力が出る。それが『身体強化』の魔法だ。騎士なら扱うのも当たり前、少し教えるのが早くなっただけで、それも悪くない選択だ。」
はっはっはと豪快に笑う教官に心が熱くなった。その瞬間に、私の中では頼れる教師1位に輝き、紙吹雪が舞う。
「ありがとうございます!」
元気にお礼を言うと更に武術へのやる気が出てきた。私のやる気が教官にも伝わったのか「少しだけ手合わせしてみるか?」と提案してくれる。教官との手合わせは私に合わせた力量で行うものだった。
…それが楽しくて楽しくて。
指導を終えた時には、だいぶ真っ暗。帰るために暗くなった学園の廊下を歩きながら、手を握ったり開いたり…余韻に浸る。
「熱血教官からの個別指導も、なんか青春っぽい。楽しかったな…。」
疲れた体をムニムニ揉みながら、荷物の置いてある教室に足を進める。私の足音だけがコツコツと響くき、普段は生徒たちで賑やかなのに「自分しかいないのでは!?」と思える今も何だか楽しい。
無駄にスキップしてしまいそう。
そうしてウキウキと荷物を取り、教室からの帰路を歩く。
そんな時、暗い廊下の隅で何か動く気配を感じた。
(… 誰かいる?)
目を凝らすと、階段の踊り場に膝を抱えて蹲る人影が見える。ピンクのふわふわした髪が、薄暗い中でも目を引いた。
「クラウさん?」
声をかけると、その人影がビクッと跳ね上がるのだった。
本日はあと三話投稿予定です。(16時頃・21時頃・21時30分頃)手動で数分ずらすかもしれません。




