あっけない契約。
次の瞬間、彼の顔がみるみる真っ赤になり、耳まで朱に染まる。
「に、兄!? あれが…リーシュの兄!?」
「うん。初恋って言うのは昔『大きくなったらお兄ちゃんみたいな人と結婚する!』って言ったらしくて、ゼインがずっとネタにして、からかってくるだけ。」
クラウの声は裏返り、慌てて私の手を離すと、両手で自分の顔を覆う。
「うわ、ボク、なんて…! 勘違いして…!」
「いや、あれはゼインが意図的にクラウをからかってたと思う。」
「はぁ!?」
彼は恥ずかしさで身をよじり、廊下の壁に額を軽くコツンとぶつける。
「ああ、恥ずかしい! すっっっごいバカなこと言った! リーシュの兄って…あの、でっかいのが!? リーシュのお兄さんならもっと綺麗系を想像していたんだけど!うわ、ボク、自分勝手に嫉妬してた!そっか、だからリーシュの気持ちに答えられない!?そういうこと!!」
私は笑いながら、彼の珍しい姿を眺める。笑う私に、クラウはジトッとした目をチラリと向ける。けれど、すぐに顔を真っ赤にさせた。
「怒りたいのに…笑った顔が可愛すぎる。」
「ふっふはは、ごめ、ごめん。ツボに入っちゃって、ははっ」
「笑いすぎだし!!」
いつものクラウらしく、プンスカ怒るのだけど、膨らんだ頬はすぐに引っ込んでこちらを見た。その瞳は真剣で、私もつられて真剣にそちらを見る。
「でも、リーシュは男性も恋愛対象になるのは本当なんだよね?…じゃあ…リーシュはどんな男性が良いの。教えて。」
「クラウさんはそのままで十分魅力的だよ。」
「絶対無理してる!」
「無理してないよ。素直にそう思ってる。」
「いや、だって、ぁ、あの時…」
あの時ってどの時?
そう思いながら首を傾げるとクラウが顔を真っ赤にして恥ずかしそうに指をモジモジさせて言う。
「反応しなかったじゃんか!!」
「ハンノウシナカッタ…って?」
「もー!言わせないでよ。文化祭の終わりの時、いろいろしたのにボク相手に興奮しなかったじゃん。ボクばっかり変に意識しちゃってさ。それってそういう対象に見れないってことでしょ?」
その言葉で、私は思い出した。
私の上でもじもじお尻を動かしてたのって、体の反応を確認してたのか。
あれ?でも、あの時って私の付与魔法で変になってたんじゃなかったかな。
何であっても…その誤解も私が女だと知れば解決する。
だけど、婿を求めてるって言ってたクラウに、女だと伝えて良いのだろうか。婚約するなら言うべきだよね?…しかし、伯爵様は私が女だと知っていて縁談の話をしていたし…。
女だと言うことで、クラウが婚約を求める人物ではなくなるのでは?
伯爵様は私を女性と正しく認識している。クラウが勘違いしたまま婚約に了承さえしてしまえば…。
そうすれば、問題なく婚約が成立する。
そんな卑怯な考えが浮かんでしまった。
いや、でもそんなのって、良くないよ。と自問自答していると。クラウが沈黙に耐えかねて先に動き出した。私に背を向け、外へ向かう扉がある方向に視線を向ける。
「とにかく。父上に報告してくる!!」
「あ、うん。」
彼の足音が遠ざかり、私は一人残される。
…
なんだか…
婚約したというのに寂しい。
だけど、ずっと偽り続けた私には自業自得なのかもしれない。
少しモヤモヤとしながらも、クラウと伯爵様がどのようなやり取りをするのか気になって仕方ない。病衣姿だから外には出れない。仕方なく、学園の校舎から広場がよく見える場所を探して走り出した。多分、伯爵様はそこにいるから。
校舎の一階。
広場に一番近い窓がある部屋を見つけ、壁の影に隠れた。広場の様子を伺うために、すこーーしだけ窓から外を見る。
その広場では、撤収作業をする生徒達と先生方から最終報告を纏めていた伯爵様の姿があった。
忙しさも一段落。
後は片付けをして終わり、といったところだろうか。そんな人混みの中。
「父上、リーシュと婚約する!」
窓越しの私にもハッキリと聞こえる大声で突っ込んで行ったクラウ。
強い。
伯爵様も困惑しながら「そうか、後で聞くから。」と話している。そのやり取りを見ると、普段からこうなのかな?と想像できた。それが面白くて頬が緩む。
…だけど、クラウにこんな振り回される伯爵様が本当に無理に婚約させるようなことをするのだろうか?
◇ ◇ ◇




