恋愛対象は男です。
「リーシュは、男性も恋愛対象になるの?」
迫るクラウの気迫に押されながら、それでもしっかり頷く。それはもう、最初から恋愛対象は男性です。
「うん。でも、ゼインは…」
だけどゼインは兄で…と言おうとした。
しかし、突然彼によって引き寄せられ、クラウが私の肩に顔を埋める。その行動に、困惑して言葉が続けられなかった。はぁ…と深いため息をついたその吐息で、体がざわりとして固まってしまう。
さっきからどうしたんだろう?
何かを恐れるような、少しの震えが伝わってくる。
「ごめん…リーシュ。本当に…本当にごめん。ごめんなさい。」
「どうしたの?そんなに謝って。」
震える声が耳元で小さく響いた。
耳元で発せられた言葉なのに、かろうじて理解できる…というくらいに小さな声。
謝られても、彼から悪いことをされた記憶がない。何をそんなに謝っているの?
不思議に思っていると、少し低いその声がハッキリと響いた。
「リーシュ。」
「?」
ただ事ではない様子に身構える。
だけど、今の彼の状態が心配でならない。
「お願い、ボクを…助けて。」
「もちろん、出来ることがあるなら力になるよ?」
そう言って、精一杯「大丈夫」と伝えるように抱き締める。少しでも心配が和らげば…と頭を撫でたけれど、その体はさらに強張ってしまう。そしてゆっくりと体が離された。
「ありがとう…あのさ、婚約者になって欲しい。」
…
「ん??」
また顔を出した「婚約者」という言葉。
婚約がクラウの助けになる??
なんで??
いや、嬉しいけれど。
なんで??
「君は…まだ好きなの?彼のこと。でもあいつは君の気持ちに答えられないんでしょ?ボクじゃ…ダメ?代わりになれない?ボクを助けると思って、このまま婚約してくれないかな?」
「待って、落ち着いて。状況が理解できてない。どういうこと?」
捲し立てるように、しかし、切実な表情で言うクラウ。
握った手に更に力を込めて引き寄せられる。
「父上、言ってたでしょ?婚約者も決めずフラフラとって。父上は、ボクの婚約を急いてる。このままだと…よく知りもしない相手と婚約させられるかもしれない。」
「伯爵様が、そんなこと…」
あの生徒達の怯えも見逃さない伯爵様が、クラウの意思を無視して婚約なんて進めると思えない。
「広場でのやり取りで知ってるでしょ?君にも縁談の話をしていたじゃないか。」
「それは…そうだけど。」
私の腕を握る力を強め、彼は更に続けた。その強い力が私を離すまいとしているように思える。
「父上はボクが騎士になれない代わりに、騎士になれる婿を探してる。それも、聖女様の騎士になれるような人を。」
「それで…私?」
男装が少し気に入られただけの私が!?
それって、とても荷が重い。
ただそれだけで、護衛になれるなんて決まってない。護衛になれなければガッカリされるんじゃ…。
婚約できるならとても嬉しい。
だけど、それで婚約してしまっていいの?
考えを巡らせていると、クラウが更に続ける。
「ボクは貴族だから、家のために結婚するのはよくあることなんだ。でも、どうせ結婚するなら誰とも知らない人より…仲の良いリーシュがいい。」
「あー、そういうことか、やっと分かったよ。」
そっか…、クラウは本来は女性が恋愛対象なのに、騎士になれる婿を探しているなら…少しでも仲の良い友人がいいってこと??やっと理解が追い付いた。
「騎士にはなれるように努力はする。…けれど、聖女様の護衛となると…保証はできないよ?聖女様次第だから。」
そう言うと、パッと表情を明るくしたクラウ。その表情に少しだけ安心できた。
「いいよ!それでいい!聖女様の護衛になれなくても、君が婚約者になってくれるなら…それで。それでいいんだ。だから、お願い。婚約者として、ボクの側にいて。」
「…うん、それでもいいなら。」
鬼気迫るクラウの様子に急かされるように、しかし、しっかりと頷いて返事をする。
それにしても…
婚約って、もっとロマンチックなものじゃないのだろうか??
こんな切迫した婚約はあるの??
しかし、私の返事を聞いたクラウは瞳を潤ませ心底安心したようにホッと息をついた。
「ありがとう、リーシュ。すごく嬉しい。」
「それはいいんだけど…、最初拒否してたのに何で急に?」
そう聞くと、私の手を掴んだまま、もう少しだけ距離が空いた。
「それは、ボクから話そうと思っていたから。急に父上に言われても困るでしょ?」
「それはそうかも」
ははっ、と笑うとクラウは少し視線を下げた。
「ボクは、可愛いものが好きだけど、リーシュが男らしいのが好みなら男らしくする。筋肉質になるには時間かかるけど…でも頑張るから。」
「筋肉質なクラウ…それは、ちょっと見てみたいかも?」
そう言うとパッと表情が明るくなる。しかし、私はハッキリと言う。
「でも、クラウにそれを求めてない。クラウはそのままで十分魅力的だよ。」
「それって…、ボクじゃリーシュの理想になれないってこと?やっぱりあいつが良いの?」
クラウの迫る圧に混乱しながら、思わず笑いがこみ上げる。
「ふっははっ」
「な、何で笑うのさ、本気なんだけど!真面目に話してんのに!」
「だって、ごめん、説明不足で。好きも何も…ゼインは私の兄だから。家族として好きなだけで。」
クラウの動きがピタリと止まる。
彼の瞳が大きく見開かれ、口が小さく開いたまま固まる。まるで時間が止まったかのように、彼の表情が一瞬で凍りつく。
◇ ◇ ◇




