帰ってきた聖女様。
「魔物だ!!」
この日。
故郷の森で幾度となく目にした大型の魔物が現れた。その姿を遠くに捉えたとき、心臓が跳ね上がるような興奮が全身を駆け巡った。
「きっと大きな核が取れる!」
そう確信し、一番乗りで魔物の前に立ちはだかった。
それは、うねうねとした触手の中心に美しい女性の姿を持っていた。艶やかな髪、誘うような微笑み。色仕掛けで惑わすタイプの魔物だ。
だからなのか。
なんだかイラっとした。
魔物の「私を傷つけるなんて無理でしょ?」って顔がイラっとした。
その魔物へ容赦なく距離を詰めると、思いの丈をぶち込んでいった。男性を惑わせたとしても、私には効果がない。
「クラウの方が可愛いし!」
風を切る音をたて、思い切り剣を振り下ろす。
「マルーナさんの方が上品な美人だし!」
ゴスッ
「私の方が…っ、…私の方が……くっ、思い付かない!!強いくらいしか!」
あらゆる思いをぶつけて討伐した。
「せめて、愛嬌が欲しい!愛嬌が!」
最近の忙しさに加え、ムキムキになりたくないのに訓練に励む日々。皆を守る為、指導を受け鍛えられ、剣を握っている現状。筋力補助の魔法を使えるからマシなものの、魔物の存在のせいで剣を握っているのに、魔物は人間の男性を惑わすほど美しいなんて。
イラッとした。
周囲から「魔物より怖い」とか聞こえたけれど気にしない。
加勢しようとしてくれた仲間にも「これは私の獲物だ」と視線で威嚇してしまう始末。後で謝らなければならない。
…
「ふぅ。」
魔物を倒し、息を整える。
額に浮かんだ汗を拭い、乱れた髪を適当に掻き上げた。目の前には、灰となって崩れた魔物の残骸。
採取できた核は、私の人生で一番の大物。色は赤くて甘い果実のように輝いていて魅力的だった。
核の質の良さだけは認めてやろう。
「綺麗。」
呟きながら、手にした核を眺める。
魔物の核はエネルギー源として重宝されるが、こんな美しいものは宝飾品に加工され、大切な人を守る贈り物となることも多い。
その代物は高価で、特別な意味を持つ品だ。
ボロボロになった赤いマントの端で核を丁寧に拭う。光にかざし、透明度を確かめると、まるで内部に星が宿っているかのようにキラキラとしていた。
「これは凄い。肌身離さず持っておこう。」
服の中に手を突っ込み。
胸を押さえる装備をほんの少し緩めると、中にグッと押し込む。それから締め付け具合を調節した。これなら、落とさないし取られる心配もない。
「お疲れ。」
「お疲れ様です。」
仲間と軽い挨拶を交わし、灰となって残った魔物を眺めていた時。遠くから馬車の音が聞こえてきた。遠目からでも分かる厳重な警備。そして高級感。
「聖女様が帰ってきた?」
それを察したのは私だけではなかった。周囲にいた人々は馬車の通る道の脇へ詰め寄っていく。道は開けつつも、聖女様の姿を一目見ようと瞳がキラキラとさせていた。
しかし、聖女様を守る兵が少ないような??
とりあえず剣を下ろし、額の汗を拭った。土と魔物の灰にまみれ、髪は乱れ、息は荒いけど、守り抜いた達成感はなかなかのものだった。
学園の塀を生きて越えた魔物はいない。
大切な人達を、みんなで守り抜いた。
良かった、本当に。
学園で学んだ作法通り、馬車に向かい礼をする。すると前を通りすぎると思っていた馬車が目の前で止まった。頭を下げたまま不思議に思っていると、馬車の方向から声がした。
ちらりと見ると、黒髪が太陽の日差しで輝き、大きな瞳が私を捉える。次の瞬間、彼女の弾けるような声が響いた。
「あなた、男装女子!? なんて素敵なの!」
一瞬、言葉を失った。
視線だけ少し上げると、聖女様は馬車から身を乗り出し、キラキラした笑顔で手を振る。噂通り変わった人だけど、力は本物の聖女様みたい。私を一目見て、ただの制服と思わず「男装」と言った。その瞳には鑑定能力があると聞いた事がある。恐ろしい。どこまで彼女に見えてしまっているのだろう。
すると、馬車の後方から、遅れて若い長身の男がやって来た。それはとても聞き覚えのある声。
「おーい、聖女様ー。早く行って下さいよ。王都が大混乱なんでー。」
「あぁ、そうだったわ。ごめんね。貴方、その姿とても似合っているわ。後日お話を聞かせて欲しいの。絶対連絡するから!またね!」
聖女様の言葉にも驚いたけれど、もう一人の聞き覚えある声に咄嗟に礼を深めて顔を隠した。
この声。
5番目の兄ゼインだ!!
何でここに…
身内に男装バレしたらキツイ。泣いちゃう。見つかったら絶対面倒なことになる。
冷や汗が滝のように流れた。
だが、ゼインは周囲に興味を示さず、気だるげにあくびをしている。馬に揺られながら、面倒臭そうにする姿に、思わず安堵する。
良かった。兄が雑な性格で。
しかも聖女様を急かすし…。
特殊な能力を持った人物に敬意はないのか。聖女様がいなくても生きていける狩人らしいっちゃらしいけど。
そんな兄の様子に、聖女様の護衛達がピリピリとしているけれど何も言わない。向こうで何かあったのだろう。兄がごめんなさい。
そう思いながら嵐のように通りすぎる彼らを見送った。
聖女様達はそのまま急ぎ王城へ向かい、加護を強めたようだ。見回りをしながら帰ったけれど、魔物の影はひとつも無い。
王都に平和が戻ったのだと確信した。
そうして王都に聖女様の加護が戻った夕暮れ。学園の広場まで戻る途中で、避難者が帰宅を喜ぶ姿が目についた。家に帰れるのを喜び、急ぎ足で帰って行く人達とすれ違う。そして、魔物の灰まみれの私を見て「ありがとう!」と言って去っていく。
この人達を守ったんだ。
実感が湧いて勝手に誇らしくなる。
少し浮ついた気持ちで広場へ着くと、最終確認をしている伯爵様の姿があった。
「リーシュ、戻ったか。」
伯爵様に呼び止められ、足を止める。
魔物避けの焚き火は役目を終えて消えかけて、炭の中でチラホラ光が残る。その横を避難民は続々と通りすぎ、ざわめく音が遠くに響く。
「今回の活躍、見事だった。」
「ありがとうございます。」
その言葉が素直に嬉しくて、自然と笑顔になっていた。伯爵様は緩んだ私の表情を叱ることなく、目を細め、突然の言葉を口にした。
「君は…結婚を約束した者はいるか?」
「…いいえ。」
「それはいい!私の息子を紹介したい。」
「…へ?」
嬉しそうに微笑む伯爵様から出た驚きの言葉に、耳を疑った。
◇ ◇ ◇
また明日も3話以上投稿できるといいな…と考えています。読んで下さる方、リアクションを下さる方。本当にありがとうございます!




