少し顔をみたかった。
この日もまた、先輩とペアで街中まで警備へ。
紛れ込む魔物のせいで、王都の喧騒は消え、代わりに漂うのは重苦しい不安の気配がある。そんな中、人混みに現れたソレ。女性を狙おうと腕を伸ばした「人間そっくりの魔物」に気がついた。
私は迷うことなく踏み込み、その首を背後から狙った。
「ぎゃあああ」
本当に人みたいに鳴く魔物だな、とつくづく思う。しかし悲鳴は魔物だけでなく、周囲からも上がった。魔物がどさりと石畳に倒れる。
「……な、なんてことを!人じゃないのか!?」
「ちょっと!危ないじゃない!」
「恐ろしいガキだ。顔色一つ変えずによくできるな……」
そんな陰口が耳に届く。王都は狩りがやりにくい。そんな周囲の言葉を無視しようか言い返そうか考えた時。先輩が、私の隣で足を止め、顔を真っ赤にして拳を握りしめた。
「誰の為にやってると思っているんだ!! コイツがやらなきゃ今頃――」
「先輩、待ってください」
私は先輩の袖を引いて制止した。…先輩も人間のような形をした魔物相手にし続けて神経が疲弊しているのだろう。住民も、私たちも心がすり減っている。
だから、私はまだ灰になって消えきっていない、切り捨てたばかりの魔物を掴むと、文句を言ってきた声のする方向へ無造作に放り投げた。
「ひっ、うわああぁっ!」
「文句があるなら、あなたが処理してください。コレが人間だと言い張るなら、埋葬でもなんでもしてあげればいいじゃないですか。」
声を低くして言い放つと、男は腰を抜かし、這いつくばるようにして逃げていった。
魔物は穴が開いている体で今も立ち上がろうともがいている。それは人間なんて到底思えない。それに、暫くすれば灰になることすら知らないだろう。
「……やるな。お前は、何でも無難にやり過ごすヤツかと思っていた」
「私が守りたい人と、優しくする人は、私に『優しくしてくれる人』だけと決めてるんです。先輩達みたいな仲間も守りますよ。」
「そうか」
はっきりと言い切った私に、先輩は困ったように、けれどどこか納得したように苦笑いを浮かべた。
「それがお前の考えなんだな。だが、あまり嫌われすぎるなよ?」
「先輩も。私の為に怒ると学園や家に苦情入りますよ?文句言うやつには笑顔で魔物の詰め合わせを送ったらいいです」
「それ、いいな」
そうして先輩と笑いながら警備を進める。優しくしてくれる人。その言葉を口にした瞬間、胸が痛んだ。乾いた心に潤いが欲しい…そんな感覚。
学園のみんな元気かな……。
クラウに、会いたいな……
今、無性に顔を見たくなった。いつも、頑張ったね…と言うように褒めてくれる彼に。会えたらきっと、褒めてくれるかな?また逃げられてしまうかな?
居ても立ってもいられなくて休憩時間になると足早に学園へと向かった。学園の門を通る許可はなくても、外周の警備を口実に近くまで行くことはできる。
しかし、学園の敷地が見えてきたその時だった。
その高い壁を越えようと、異様に長い手足をしならせている魔物を見つけた。今までの「人間そっくり」なものとは違う不気味な個体だ。
休憩時間とはいえ、学園の壁を越えようとする魔物は見過ごせない。
剣を抜き、壁に張り付いた魔物の急所を狙い振り下ろす。黒いネットリとした血のような灰が舞い散る。それが、私の頬やマントを汚した。
「せっかく水浴びしてから綺麗な服着てきたのにな…」
魔物は断末魔を上げ、学園の壁を越えて敷地内の地面に叩きつけられる。私は着地と同時に、ソレへ剣を突き立てた。
ふう、と息を吐き、剣を振って血の様に黒い灰を払う。
ふと視線を感じて顔を上げると、多くの学生たちが物資を運んでいた。ちょうど夕食の準備時だったようだ。
「きゃあああ!」
女子生徒が、その光景に尻もちをつく。彼女の反応は、この恐ろしい見た目の魔物に対してだろうか?と思ったのだけど、私が彼女へ一歩近づくと後退りした。
あぁ…彼女は私も怖いのか。
じゃあ、さっさと魔物を片付けなければ。そう思って「ごめんね、怖がらせて」と、言ってから背を向ける。
周囲の生徒は何も言わないで私を見ていた。彼らも私が怖いのだろうか。そう思ってぐるりと周囲を見渡し、建物の方を見た時。ちょうど視線を向けた学園の三階に、窓際に立つ彼の姿が見えた。ピンクの髪は目立つからすぐに見つけられる。騒ぎを聞きつけて、外を覗いたようだ。
「クラウ……」
呼ぼうとして、喉が凍りついた。
今の私は魔物の灰でドロドロだ。彼からどう見えているだろう。さっき、街の人にはどう見られても気にならなかった。イラッとはしたけど。でもクラウも同じ事を思ったら?と思うと怖くなった。クラウは怖がりだから。
魔物の灰に汚れた私は見られたくない。可能ならもっと…可愛い時に会いたい。せめて綺麗な時に。
窓の向こうで、クラウが走り出した姿が見えた。もしかすると、こちらへ来るのかも知れない。
さっきまで会いたかったのに…急に恥ずかしくなる。弾かれたように背を向けると、灰になりかけた魔物を担ぎ、学園の門から外へ向かった。門から出てしまえば、学園に残る生徒は騎士が同行しなければ出てはダメと言われているから。
「まって、リーシュ……っ!」
門から学園の外へ出る瞬間。微かに声が聞こえた。追いかけてくる声を振り切るように、私は拠点へと走る。
逃げるように、ただひたすらに。
頬についた灰が、いつまでも熱くこびりついている気がして、私は何度もそれを手甲で拭った。
◇ ◇ ◇




