聖女様の不在。
伯爵様の指示のもと、学生たちは役割を分担し、学園を守る陣形を整えていく。
マントを羽織った私達は、伯爵様から直接指導を受ける機会が増えていた。訓練中、伯爵様が私をじっと見つめ、短く言葉を投げかける。
「剣はどこで学んだ?」
「基礎は故郷にて、魔物から身を守るため教わりました。」
伯爵様は片眉を上げ、懐から紙の束を取り出す。マントを受け取った私たちの情報は、学園から提供されているようだ。
「『国境の狩人』の娘か、なるほど。過酷な環境で育ったのだな。魔物をどれほど仕留めてきた?」
「視界に入れば狩っていましたので…数はわかりかねます。」
「そこに、人に形が近いものも含まれるか?」
「はい、2割は人に近い姿のものです。」
伯爵様は、顎を撫でて少し考えてから慎重に言葉を続ける。
「仮に、人間をやれと言われたら可能か。若しくはその経験は。」
「経験はありません。しかし故郷の者なら習います。やれるかどうかは相手次第です。その上で、私が実行するかどうかは誰が何の目的で私に指示するのかによります。」
「そうか、頼もしい。しかし、油断しないように。」
ただ、当たり前の事を言ってしまった気がするけれど、それで良かったみたいで安心した。伯爵様の威厳を前にするとなかなか緊張する。
そうして、避難や物資が十分と判断されたその翌日。
聖女様が王都を離れた。それからしばらく経っても加護が強いうちは魔物なんて来る気配はなかった。
とても暇だった。
見回りのペアとなった先輩と学園の外周をお散歩状態。ペアを選ぶクジも白熱した。
そしてペアになった先輩と「匂いで晩御飯当てクイズ」とか「今までにあった怖い話」をして互いにビビり散らかす遊びをするほど余裕があった。
しかし5日ほど過ぎた頃。
「先輩、あれ魔物です!」
学園の外周、警戒地域で魔物が現れ始めた。
本当に魔物が現れるなんて少し驚いてしまう。
王都に聖女様がいないとはいえ、大きな壁に囲まれている。その壁の内側にも現役騎士たちが見回りをしている。その警備を越えて、街に近い学園近くまで来たというのだろうか。
「先輩!先輩!あそこにもいました!凄いですね。人間そっくりじゃないですか。王都は魔物までおしゃれですね!」
「魔物のトレンドとか知らないが、お前といると緊張解けていいな…。」
それから更に数日。
魔物に剣を突き立て、剣先で手早く素材を取る。採取した素材と魔物の核で、用意した袋は一杯になってホクホクしていた。
「良い稼ぎになるな。聖女様が帰ってきたら、国から更に報酬とかも貰えるかな?」
つい、笑みがこぼれる。
魔物から剣を引き抜き、今度は腹を切り裂いてキラリと光る魔物の核を取り出す。傷がなく、大きいものは高く売れる。核を取った瞬間に、魔物の肉体は灰のように消えていった。
故郷で見かけた魔物は、獣型が8割だったけれど、ここは人にそっくりな魔物しかいない。国境の狩人達が取りこぼした魔物ではなく、王都周辺から発生した魔物なのだろう…。
ん?
王都周辺から発生した魔物?
こんな羽もない人にそっくりの魔物が王都の塀を越えるのか?現役騎士達の見張りを潜り抜けて??
「伯爵様に聞いてみようかな。」
そうして相談した結果、見回りのついでに魔物の発生源を特定するために動いた。探してみれば案の定、王都の中に魔物の発生源がいくつか見つかり、聖女様の作った道具で潰していく。そのつど、報告と場所を地図に書き込んでいった。
私から見れば、地面の亀裂や歪みで自然発生するよくある魔物の発生源。
しかし、貴族達からすると異様に思えたらしい。避難する王城では騒ぎになったようだ。人為的なものじゃないか?と犯人探しが始まり疑心暗鬼な状態になったそう。
調査する為に街の警備が人手不足となり。
街に残り働く人達の、魔物による被害が増え。
学園に避難民が多くなったから、仕方なく私達の警備範囲を街にも広げたり。
そうしていたら、疑心暗鬼になった貴族が…信頼できる身内を側に置きたいと、一緒に警備していた貴族の学生達も王城側へ呼ばれて行ってしまった。
疑心暗鬼になる人々と、人手不足に次ぐ人手不足。
私は、学園を中心に、広い範囲を警備する忙しい日々を過ごすことになった。
更に、現れるのは人間そっくりの魔物。
王都育ちの人間には、見分けが難しいらしい。学園以外は大混乱だった。
しかし、私達学生には伯爵様に支給された赤いマントがある。それを片手で軽く振り回して放り投げると、魔物はあっさりとそちらに向かって行った。
この方法がとても楽で確実。
魔物が人に似た声で悲鳴を上げるのを見て、一緒に行動していた先輩が眉間に皺を寄せる。
「相変わらず容赦ないな。それに、そんなにマントを投げて魔物に食いつかせて。ボロボロじゃないか。綺麗なマントは騎士の誇りやステータスなんだぞ?」
「私は騎士ではありませんから。楽なのが一番です。」
先輩は、自分の身につけるマントに、目を引かれる存在を注意深く見る。彼の人と違う視線を見分ける観察眼はなかなかのものだ。
聖女様の加護がほぼ薄れ、魔物の弱体化も減った。
しかし、ここ数日で慣れた私達学生は問題なく対応できていた。魔物の核を綺麗に採取できて微笑む私を呆れた目で見るのに、先輩は自分の綺麗なマントを脱ぎ、差し出してくれる。
「実際助かってるよ。お前のお陰で、学園の敷地内にはまだ魔物は侵入していない。魔物の対処もだいぶ学べた。俺はこの後、休憩で学園に寄るから、そのボロマントを代わりに交換してきてやる。」
「良いんですか?助かります。」
先輩から綺麗なマントを受け取ると、臭かったら嫌だな…と思い匂いを嗅ぐ。するとゴツゴツした先輩からは想像できない美しい花の香りがした。
「花の香りですね、先輩。」
「…いいだろ、別に。お前の投げまくって魔物が噛んだマントよりマシだ。婚約者に貰った香水なんだ…元気出るんだよ。」
「微笑ましい。」
「うっせぇ!」
照れて大声を出す先輩。
互いに少し笑ってから、ボロボロのマントを先輩に渡した。先輩はそのマントを手にして、眉間にシワを寄せたけど、しっかり畳んで持ち直す。こういうところが婚約者に愛されているんだろうな。なんだかんだやってくれて優しい先輩だ。
「学園で、俺の婚約者も避難民の対応しているんだ。王城へ避難しろって言っても聞かなくて。こうして人手は減るし…守りきれるか不安だった。でも、お前がいて心底頼もしい。王城より良いかもしれないとすら、今では思っている。」
「先輩もなかなかですよ。」
「そーかよ。」
休憩で学園に戻る先輩を見送りながら「いいな。」って素直に思う。
相思相愛の婚約者がいるのも羨ましいけれど、婚約者が学園にいる先輩は、学園に寄ることも許されている。私は、婚約者や身内が学園にいるわけではない。だから避難民の快適さを優先して、入ってはダメだと言われていた。
「クラウ、元気かな。会いたい。」
◇ ◇ ◇




