夢の時間。
この瞬間を、ただ心から味わいたい。
彼との甘い時間が途切れてしまうのが怖くて、何も尋ねず、ただ目の前の幸福に身を委ねることにした。
そっと彼の頬に手を添え、指先に伝わる滑らかな肌の感触を確かめる。キスをしやすい角度に彼の顔を導こうと、ほんの少しだけ力を込めた。
すると、彼の肩が微かに強張り、緊張が伝わってくる。その小さな反応が愛おしくて、胸の奥が温かくなる。
ふと、さっき見かけたカップルの情熱的なキスを思い出し、試してみたくなった。リップ音を響かせるような、あの甘い音を自分たちでも再現できるだろうか。彼の柔らかな唇に軽く吸い付き、ゆっくりと離す。唇が触れ合う瞬間、湿った小さな音が響くが、期待した「ちゅっ」という音には程遠い、控えめな「ぴちゃ」という音だけがした。あのカップルは相当の手練れだったのだと、思わず苦笑いしてしまう。
「ん…うまくいかないな。もっと、こうかな?」
角度を変えたり、吸い付く力加減を調整したり、何度も試してみる。唇が触れ合うたびに、彼の吐息が私の頬をくすぐる。でも、どうしてもあの音は鳴らない。
「難しい…」
少し離れたその瞬間、クラウさんがふっと力を抜いたように私の肩に顎を乗せ、寄りかかってきた。彼の体重が柔らかく預けられ、支えるように私は彼の背に手を回す。
「大丈夫?疲れたよね。」
「はぁ…もう、だめかと思った。いろいろと…」
彼が私の肩に顔を埋め、熱い吐息が首筋を撫でる。
彼の指先が私の胸元に弱々しくしがみつき、その仕草がまるで子猫のようで、愛らしさが胸を締め付ける。ピンク色のふわりとした髪が私の頬に触れてくすぐったい。
この瞬間なら許される気がして、一度強くぎゅうっと抱き寄せた。抱きしめたその感覚は、男の子らしい筋肉の硬さがあってしっかりしている。
一見華奢に見えるのに不思議だ。本当に男の子なんだ…と改めて実感する。
すると、クラウさんの腕が私の腰に回り、力強く引き寄せるように抱き締めてきた。衣服越しに感じるその熱がもっと近くに感じられる。
クラウさんも、私との時間を喜んでくれている?そうだったら、嬉しい…
その思いが胸を満たし、幸福が全身を包み込む。
「ねぇ、ボクからも…させてほしい。不公平だし…」
「どうぞ。」
少し体を離すと、クラウさんがそっと顔を近づけてくる。彼の唇が私の唇に触れる瞬間、ふわりとした柔らかな感触が広がる。彼のキスは私よりもずっと繊細で、巧みで、どこか悔しさすら感じる。
その間も、密着した体から伝わる熱と鼓動に、ムズムズとした感覚が全身を駆け巡る。
私を心から求めているような…。
そんなことを呑気に考えていると、突然…強い力に押され、自分の意思と関係なく体が傾いた。
それは一瞬の出来事で、気がつけば教室の冷たい床に背中が押し付けられている。
なのに衝撃も痛みもない。
何が起こったのか一瞬分からなくなった。
目の前には、私のお腹の上に少しだけ重みを感じる程度に跨がる彼。それを見て、彼が騎士として学んできたという過去を思い知らされる。だいぶ気が緩んでいたけど、それなりに訓練された人間を押し倒すのは大変な事だ。それなのに後頭部を守るようにそっと手を添えてくれ、痛くないように配慮された仕草が彼らしい。
「わ…、凄いね!今のどうやったの!?あっという間だった。」
「そんな気の抜けたこと言って…状況わかってる?」
少し低い声で、私を見下ろす。
こんな状況なのに、怖さは感じない。その原因は、彼の動きのぎこちなさだと思う。視線を泳がせ、顔を真っ赤にさせている。私を傷つけようという悪意は全く感じられず、本人から漂う焦り?に似た何かを感じた。
「押し倒されてる?」
「そー。だからもう少し危機感持ってよ。」
好きな人が、自分を押し倒してる。
それって「おいしいシチュエーションだ!」以外に感想が浮かばなかった。
ついさっき家格を意識して、叶わない恋を自覚した。そうしたら、夢のような提案があって、キスで気持ちも高まった末にこうなるのは流れとして有りな気がしている。
◇ ◇ ◇




