選択実技の授業は武術。
その日から、クラウさんに髪の編み方を教えてもらう日々が始まった。
朝は、鏡の前で四苦八苦した後、クラウさんのいる教室へ向かう。私の姿を確認すると、クラウさんは近くの椅子をポンポン叩き、手を振ってくれる。
この瞬間が、1日の中で一番好きかもしれない。
席に座れば、クラウさんによる私だけの「髪の結いかた講座」が始まり「ほら、こうやると上手くいくよ。」って、楽しそうに手ほどきをしてくれる。
彼女の指が髪を滑るのを鏡越しに見ながら、ちょっとずつコツを掴んでいくのが楽しくて、この時間がワクワクする。
「リーシュ君、センスあるじゃん! もうちょっとでボクの弟子になれるよ!」
彼女は笑顔でそんな嬉しい事を言ってくれる。まだ弟子にもなれないのか、なんて内心では自分の不器用さに笑ってしまうけれど。
クラウさんは好きな事を話す時、キラキラしていて笑顔は無邪気で可愛い。私が思う理想の女の子で、彼女を見ていると憧れと尊敬の気持ちが溢れる。
こうして女の子と普通に過ごしていると、私も女の子としてここに存在するみたい…。そんな錯覚に胸をホクホクさせる。
けれど…実際は理想とかけ離れている…。
私の悩みの種である男装は、今の「特に疑われていない現状」を維持することに決めたからだ。
だって…今バレたら恥ずかしい。
その為に、実技科目の選択授業で「武術」を選ぶことを決意。希望を提出した時「本気か?」と言うような視線を教官から向けられるけど気にしない。
やるしかないのだから。
「武術」を選択する生徒は、屈強な男子生徒ばかり。先生からも「脱落者が毎年いる過酷な授業だ。」と事前に注意を受けた。そんな授業。
その話を聞いて「これだ!」と思った。
いつか女性だとバレても「剣術の為に動きやすい服装が良かったから。」なんて言い逃れできる!!
更に、普通の女子生徒に戻るタイミングも考えた。
二年生になった時「やっぱり向いてなかった。」として武術の選択クラスを脱落し、女子生徒らしいスカートの制服に変えるのだ。
言い訳はこうだ。
「武術に励む為に男のような服装をしていたけれど、私には無理だと察した。現実を見れたよ…。大人しく両親の言うように女の子らしくしようと思う。」
…完璧な言い訳だ。
二年になればクラスメイトも変わる。三十二クラスもあり、大勢の学生が在籍するこの学園なら、人間関係はほぼゼロからのスタートとなる。
タイミングとしてはとても良い。
それにしても…
男装してしまった自分の尻拭いが過酷だ…。
はぁ、とため息が出た。
恋と青春に憧れていた私は、故郷で筋肉が付くことを嫌がっていた。理由は単純に、男性にモテる女の子は華奢で、保護欲を刺激する女の子だったから。
両親に「リーシュは剣の才があるから訓練しなさい。」と言われても、最低限の身を守る訓練しかしなかった。
そんな私に、両親は「そんな気持ちでここにいては早死にするだけだ。安全な王都へ行って仕事を探しなさい。」と送り出してくれたのに。
…そんな私が自ら武術を選ぶなんて。
はぁ、とため息が止まらない。
…
ぼんやり考えながら、もうひとつの選択授業である「運動基礎」の生徒たちを眺めた。それは健康を保つ為の運動を教えるもので、とてもほのぼのとしている。将来、武術を必要としない生徒が男女関係なく選ぶ授業。
実技は、他のクラスと合同の授業で、この日はクラウさんが他の女子生徒と共にグラウンド脇でのんびり体操をしている姿が見えた。雑談しながら、笑顔で集まる姿が羨ましい。
(可愛い女の子達が集まると華があるなぁ…。)
私たち武術組は、大きな学園の外周を10周走り終えていた。走り終えた者からグラウンド中央に集まり木製の得物を選ぶ。グラウンド中央に集まった男子生徒たちの間を縫い、木剣を握りしめ、握る感覚を確かめた。
私が扱えるのはこれくらい。
そうして始まった武術の授業は、想像以上の厳しさだった。
教官は元騎士団長という肩書。後輩育てる気満々!といった様子で、初日から「授業と言っても甘えは許さねえ!」と一喝し、容赦ない訓練を課す。木剣を手に基本の構えを繰り返す中、教官の鋭い視線が全員を見定める。少しの油断や乱れも見落とさない。汗が背を伝うのにも気を取られてはいられなかった。
(…想像以上にキツイな。『モテる可愛い女の子』から離れてしまう。)
姿勢を正し、生徒たちは汗と土にまみれ剣を振るう。
休憩なしで打ち合いの稽古が始まり、木製の得物がぶつかる乾いた音がグラウンドに響いた。力強い木剣が振り下ろされる瞬間、私は体を軽く傾け、剣を滑らせ力をそらす。相手のバランスが崩れた一瞬を狙い力を込めて踏み込む。教官から「リーシュ、筋が良いぞ!そのまま限界までやれ!」と褒められ?さらに気を引き締める。
息が上がり、痛くて腕が震えても表情を崩さず、訓練に集中させる。教官の「次! 休むな、続け!」の声に、気合を入れ直して木剣を握った。
しかし、この日は相手となった生徒がひどかった。肩に相手の振り下ろした木剣がかすめる。今は足元を狙う指示なのに、負けそうになって咄嗟にルールを無視してやってしまったようだ。
(…よくもやったな。指示と動きが違うじゃないか。)
当ててきた奴の顔を見れば、視線がぶつかりヘラッと笑った。まるでスマンな!って軽く言うようだ。
(次、覚えてろ。)
私は軽く手を上げて返すけれど、許すつもりはない。教官の指示した条件を守りつつ、次に当たった時に相手の嫌なところをとことん攻めてやった。
先生もそれを静かに見ていた。
もっとやれ!って事ですね?と解釈して「あと少し!ルール違反を後悔させてやる。」と思ったところで止めが入った。
あともう少し、ほんの少しで土の冷たさを教えてあげられるところだったのに…と心の中で舌打ちをする。
先生の前だから心にとどめておいた。
でも相手のへらへらした顔が焦りで歪んで逃げ腰になった瞬間、少しスッキリできた。
授業が終わる頃には打撲だらけでへとへとだった。けれど、教官の「よくやった。」の言葉に、剣への自信が静かに胸に広がる気がした。家族以外に褒められるって、こんなにも嬉しいのか…。しかも、相手はこの国の元騎士団長だ…。
「…楽しかった…かも。」
汗を拭いながら、今までになかったこの気持ちについて考える。見てくれる人がいて、嫌な奴を打ち負かして、上手く出来ると褒められて。故郷で魔物の習性を利用した訓練より、人間相手の一筋縄ではいかない難しさもまた良い。
心にやる気が貯まっていく…。
もっと褒められたいと思う。
「剣術って、こんな楽しかったんだ。私、視野が狭かったんだな。それなのに思い込んで突っ走るから失敗する…気を付けよ。」
男装を始めたのも、今まで訓練を最低限にしていたのも視野が狭く、思い込み、突っ走った自分のせい…。
「しっかり考えて…今からでも少しずつ努力しよう。」
腕についた痣を眺めると、今まで嫌で仕方なかったのに不思議と誇らしい。
二年に脱落する考えは変わらないけれど、今やるべきこと、やると決めたことを前向きに努力しようと決意した。
…それでもムキムキになるのは嫌だけど。
◇ ◇ ◇




