毎日の約束。
教室は、さっきの会話で生まれた熱気でざわついていた。
男子生徒の興奮した声と、女子生徒の冷ややかな視線が交錯する中、クラウさんが私の耳元で囁く。
「リーシュ君が猥談するように見えないから…あえて聞くけど。お姉さん達から教わったことって具体的に…何?」
「猥談?教室でそんな話しないよ。教わったのは生活に必要な家事とか『魔物の核を傷つけない採取方法』とか。」
「…あー。だよねー。」
クラウさんの声は、気が抜けたように響いた。恐る恐る振り返ると、彼女の頬がうっすら赤くなっている。長い髪を指で掻き上げ、気まずそうに私の視線を避けた。
「じゃー、お風呂とか寝るってのも、きっと幼い時の話だよね?さすがに田舎でも男女で気軽に一緒しないよね?」
その言葉でやっと察した。
皆が私を男だと思ってるから、お姉さんと一緒に寝たり、お風呂に入ることに盛り上がったのか!!つい忘れて話してしまった。だから咄嗟にクラウさんの話に合わせる。
「…もちろん、幼い時の話。故郷には、家族が魔物狩りでいない時、一人で寝るのは危ないから皆で寝る場所があるんだよ。大人の見張りがある守られた場所。寝るとき盛り上がったのは恋の話。」
「だ、だよね!もー、焦ったー。ボクのせいで猥談始まったかと思って焦ったー。」
「ごめんね。」
「いいよ。男共の熱が冷めたら事情説明しとくからさ…そんで、リーシュ君の家は、大家族ってわけだ。」
彼女の提案にホッとしながら、話題が切り替わる。
まるでさっきの会話をやり直してるみたいだ。
「私の故郷では、それくらい子供がいる家が多いんだ。田舎だから。クラウさんは?」
「ボクは妹1人。かわいーよ!」
そう話しながら、彼女は私の髪を編み続けている。ふとした瞬間、彼女の細い指が私の耳や首筋に触れるたび、ビクッと反応してしまう。肌に触れるその感触が、とてもこそばゆい。
「ん? くすぐったい?」
「少しだけ。」
どこか、からかうように笑うクラウさんの反応。くすぐったいのは昔から苦手。それでも、彼女の手は器用に動き続け、私のボサボサだった髪がみるみる整っていく。
「お!ここは上手くできてんじゃーん。残しとこ。」
自分でも少し自信があった部分を見つけてもらえた。それが素直に嬉しくて妙に誇らしい。
「はい、完成!」
クラウさんが満足げに声を上げ、手鏡を差し出してくれる。鏡に映る私の髪は、昨日よりも洗練されていて、男装の私に似合うカッコよさと、どこか柔らかな魅力が共存している。自然と顔が綻んでしまう。
「わぁ、やっぱり凄い…!」
「でしょ? ボクのセンス、最強だから!」
「本当に凄いよ。この気持ちどう表現したら伝わるんだろう!とっても嬉しいんだ。不思議。」
つい熱っぽく話してしまった瞬間、クラウさんの動きがピタッと止まった。彼女の頬がほんのり赤くなり、長い髪で顔を隠すようにして目を逸らしてしまう。
「…そんな褒められると照れるんだってばぁ。」
可愛い仕草で照れる彼女を見ると、ほんの少しだけ胸が痛くなった。
(私も、こんな可愛い女の子だったらな…)
そんなことを考えながら彼女を見つめると、クラウさんはさらに顔を赤くして、ポーチを雑に鞄へ押し込む。チラッと私を見てはすぐ目を逸らし、落ち着かない様子で髪を指に絡めながら言葉を続ける。
「ねぇ、リーシュ君さ。ボクが毎朝…いや、そういう気分の時とかね?髪を結ったげようか、ほっとけないし。」
「え?いいのかな…」
「いいって。」
その提案はもちろん嬉しい、だけど毎日お世話になるのは気が引ける。
「それも嬉しいけど、私に結い方教えてくれないかな? そうしたら自分でできるようになれるし、迷惑かけないで済むから。」
「…へー、自分でもやる気なんだ。いいよ! 教えたげる。」
そう言ってウィンクをしてくれる彼女に、ホッとした。妹がいるだけあって面倒見が良いんだろうな。
「ありがと、クラウさん。友達とこういうの、なんかいいな。楽しい。」
素直な気持ちがポロッとこぼれる。
クラウさんは一瞬目を丸くしてキョトンとしてから、花が咲くような笑顔を見せた。私の肩をポンと軽く叩くその手から、温かさがじんわりと広がる。
「へー。友達。」
「違った?」
何かニヤニヤとこちらを見てくるクラウさん。昨日話したばかりで「友達」は早すぎたかな? …そんな不安が過った。
「リーシュ君、意外と素直じゃん。」
「意外かな?」
「クラス違うからさ、たまーに見かける程度だったけど。いつも一歩引いて見てるような?あんまり群れるのは好かない感じ?表情がそんな変わらないから余計にさ、そんな印象だった。」
「そう見える?困ったな。」
「ううん、ただの勘違いだったみたいだし。いーじゃん友だち!」
群れるのは好かない感じ…、それって印象悪いよね!?男装がバレないか?という警戒が距離を取ってるように見えるんだろうな…と反省する。でも、クラウさんみたいな友達ができたことは、心から嬉しい。彼女の輝く瞳を見つめていると、何故かキリッとした表情を作ってくれる。
そうしてまた一緒に笑い、椅子から立ち上がる。すると、別の新しい発見があった。少し底の厚い靴を履いている自分と彼女の目線の高さを比べると、少しだけクラウさんの方が高い。
「クラウさんって背高いね。」
「んー?そーでもなくない?」
私は男性としては小柄だけど、女性の中では高い方なのに…。そう思いつつ彼女を見ると、互いの身長を比べるように手を動かしている。
「まぁ、ボクはこういう服着ててもオト…」
そこまで彼女が言いかけた瞬間、授業開始の鐘が鳴り響いた。私は慌てて「 急がなきゃ!また明日、クラウさん!」と叫びながら自分の教室へ走った。
ギリギリで自分のクラスに滑り込むと、奇跡的に間に合ったことに安堵して息を整える。
話の途中だったし…慌ただしい別れになってしまった…。だけど、また明日会いに行っていいんだ!と思うと、楽しみで仕方なかった。
◇ ◇ ◇




