謎の盛り上がり。
翌朝。
寮の自室で髪を編もうとしていた。
昨日、クラウさんが魔法みたいに編んでくれた髪型を、自分でやってみたかったけれど…。
「うーん?」
指が全然言うことを聞かない。さっき指先で取った髪がどこかへ行き、束で分けたはずの髪に違う髪が混じってきたり…。鏡の前で悪戦苦闘している。
「クラウさんはもっと簡単そうにやってたんだけどな。」
結局仕上がったのは、いつもよりボサボサとした髪型だった。だけど、一部上手くいった所もあり、それを崩していつもの髪型にするのもなんだかもったいない。
「まぁ…いいか。これで。」
深くため息をつき、諦めてこのまま学校に行くことにした。従来なら男子生徒用にデザインされた制服と、胸が揺れないように固定する装備を強めに締める。
左右に体を揺らして胸が揺れず、男性のように平らな胸板である事を確認した。
身支度を終えた頃には髪のことなどすっかり忘れ、呑気に「今日の日替わり定食は何かな?」とか考えながら校門をくぐる。
綺麗な石畳の道を歩いていると、背後からあの明るい声が響いてきた。
「おーい、リーシュ君?その頭は魔物にでも襲われた後かなんかなのー?」
振り返ると、渋い表情をしたクラウさんが腕を組んで立っている。彼女も今来たところのようで、可愛い飾りが沢山付いた鞄を持っていた。緩く波打つ髪が、昨日とは違う髪型で整えられていて感動する。彼女の髪を飾るリボンは風に揺れ、彼女の可愛らしさをもっと見て?とでも主張するみたい。
「自分でやってみたんだけど、上手くいかなくて。」
「諦めたまま来たんか。逆に度胸あるし。」
近づいてきた彼女は、ジトッとした瞳で私の髪を軽くつついてくる。その動きが子猫みたいだ。
「ボクが直してもいい?」
「いいの?」
「うん、なんかその髪型ムズムズするし。」
そう言って長い袖から出た指を「早く直したい!」と言いたげにニギニギと動かす。
そうして彼女のクラスまでお邪魔する流れになった。他のクラスに入るなんて少し緊張するけれど、表に感情を出さないのは結構得意で、少し微笑むくらいでクラウさんの後を追う。
「助かるよ。手間かけてごめんね…。」
「手間? ハッ、これくらい指の準備運動にもならんのよ。まぁ、座れや。」
クラウさんが近くにあった椅子を足で雑に引き寄せ、有無を言わさず肩を押されて座らされる。クラウさんはポーチからリボンやピンを取り出して、手際よく準備を始めた。
ぼんやりと教室で談笑する生徒達に目を向けると、いくつかのグループができている。みんな楽しそうだ。
そうして人間観察している間にも、彼女の指が私の髪を梳いて、ボサボサだったのがみるみる整っていく。
(楽しそうにやってくれるな。こんないい子と仲良くなれて嬉しい…)
男装のせいで恋のチャンスも遠のいてるけど、クラウさんと話してると不安が薄れていく。彼女の明るさが、陽だまりみたいに心を温めてくれる。
「もー、じっとしてて。」
「あ、ごめん!」
楽しそうな気配から、つい彼女の顔が見たくて視線を動かそうとしたら怒られた。その声にハッとして姿勢を正す。
「リーシュ君、ボクの妹みたいだなぁ。お兄ちゃんかお姉ちゃんいるっしょ?」
「うん、兄が5人。」
「大家族じゃん。じゃー5人のお兄さんに可愛がられたわけだ?」
兄は確かに可愛がってくれたけど、それよりは…。と別の人物たちを思い出す。
「兄もだけど、兄の恋人や奥さんの方が可愛がってくれたかな。」
その言葉を発した瞬間。場の空気が凍りついた気がした。
「へー…その…ふつーに可愛がられたって事だよね?」
「ふつーに?うん、普通に。お風呂とか一緒に入ったり、一緒に寝たり。たまに盛り上がりすぎて寝れない時もあった。」
この言葉に、更に冷却が進み、教室全域が凍りついた気がした。教室ってこんなに静かだっけ?
私の故郷では、男女で分けられた大浴場が当たり前。だから同性なら一緒に入ることも多いし、浴場で鉢合わせもある。家族が狩りから戻らない日は、魔物が来た時に備えて皆で集まって寝る所もある。皆で集まるものだから、恋の話で盛り上がることが多かった。女の子の恋の話しは長くて…でも気になるから寝れなかった。
(あ、分かった。都会の王都では、魔物が来る心配がないから珍しいことなんだ!!)
一人で納得した。
そこへ、何故か話したことのない男子生徒が、聞かずにはいられない!といった様子で声を上げた。
「それって!お姉さん方に色々教えてもらうやつか!!そうなんだな!?」
お姉さんに色々教えてもらう?確かに、料理とか掃除とか…必要なことは教わった。だからそのまま答えるけれど、相手が何に興奮しているか分からない。
「うん。色々教わったけど…故郷だとそれが普通だよ。」
「田舎は!!経験が早いって!!言うもんな!!」
そう話した瞬間、凍っていた教室は男子生徒のみ熱気に包まれ盛り上がった。不思議にその盛り上がりを眺めると、女子生徒達からの冷ややかな視線に痛く感じる。まるで敵でも見るような眼差し。しかし、そんな眼差しさえも気に止めることができないほど好奇心の方が勝るのか、質問が止まらない。
「じゃ、じゃあ…お姉さんたちが手取り足取り丁寧に?」
「えー…と。何か勘違いしてたら困るのだけど…。」
あまりの興奮に一言、前置きをいれた。ド田舎の文化に興味がある?にしては盛り上がりすぎている。きっと何か勘違いしていると思ったのだけど…
「色々教わるけど、一方的に世話されるだけじゃないよ?実践できないと意味がないから、自分からも積極的に動くんだ。お姉さん達も疲れちゃうし」
「おおおおーーーー!!」
更に男子生徒と女子生徒で温度差が生まれる。私は更にどうしたらいいか分からなくなってしまった。
「どうだった!!」
「どうって…上手だねって褒めてもらえたし、ちょっとしたコツとかもあって、そういうのは知るのが楽しかったけど…。」
盛り上がりがピークに達した現場。
さっきから一切話題に入らないクラウさんなら何か察してるかもしれない…と声をかけてみる。
「クラウさん。なんでこんなに盛り上がってるのか分からないのだけど…都会の人は田舎の習慣にこんなに興味あるものなの?」
「え?あー…。たぶん、ホント、たぶんなんだけど…話に行き違いでもあるんかなー?」
クラウさんの声もどこかぎこちなく上ずる。その様子に何かおかしいな?と感じていると男子生徒の一人がまた興奮気味に話しかけてきた。
「俺も、お姉さん達に可愛がられたい…どうしたらいい?」
「それは…自分のことばかりにならずお姉さん達を気遣うこと…かな?ちょっとした変化に気づけるくらい観察すればだいたい見れば分かるようになってくる。」
「変化を見逃さず、攻めろということか」
あれ?今って戦闘か何かの話だったっけ?可愛がられたいって話だったよね?お姉さん達も疲れたりイライラしたり気分はあるから、そういう時に手助けが必要って意味だったのだけど。
「……リーシュ君、君、それ、本気で言ってる~?」
「本気…だけど…?」
クラウさんの声が、今までで一番震えていた。
教室の熱気は独り歩きして、私の事を置いて走り去っていた。




