戻った生活。
王都立学園に入学して一ヶ月。
私の完璧な計画は、早くも崩壊していた。
聖女様と国王陛下の御子である王子に、美しい令嬢との婚約が発表されたのだ。
華やかな式典で幸せそうに微笑む幼い二人。幼いながらに相思相愛で婚約に至ったそうだ。絵本の世界のように煌びやかで幸せそうに寄り添う男女。その光景を目の当たりにして、王都の若者たちの心は一気に変わった。
それほど、誰もが憧れるであろう光景だった。
元々同性愛の素質があった者を除いて、若い生徒たちの話題は各々が本来恋愛対象として見ていた相手に戻っていく。
私は絶句した。
ド田舎育ちの私にとって、都会の移ろいやすさは予想外。
純粋に焦る。
今回の騒動で、王都の恋愛観は幅が広がった。それは良いことだろうと私も思う。
…しかし、自分の行動は、まさに見通しの甘い若気の至り。男装に縛られたままなのだ。男装を解いて「実は女でした!」なんて言えば、流行りに流されて男装までした『笑いもの』だ。
いや…笑われて終わるならまだ良い。
今の友達との少しの信頼が地に落ちてしまう…。更には、私の奇行が両親や故郷のイメージを悪くしたら…。
もし…男装が家族にバレたら…
いやだ…嫌すぎる。
一生親戚中の笑いのネタにされる!!
…
だからと言って、このまま過ごすのも恋のチャンスが遠退く!
周りの男子生徒は口々にどういう子がタイプか、なんて話で時折盛り上がる。そのたびに「すぐには思いつかないなぁ…」と誤魔化すのは肩身が狭い。
「はぁ…」
ため息しか出ない。
故郷を出る時、私は両親に言われたんだ…。「リーシュは少し乗せられやすいところがあるから…騙されたりしないようにね?」
その言葉を噛みしめる。
お父さん…お母さん…
自分の浅はかな考えに騙された時はどうすればいいんですか?
居心地の悪い教室から離れ、今は中庭の片隅で木陰に隠れ頭を悩ませた。考えても考えても何も解決しない。誰にも相談出来ない。できるわけがない。
「もうダメだぁ…。終わった。」
隅っこで膝を抱え、座り込んだ私はつい弱音が溢れる。まだ、自分に疑惑の目が向けられた訳ではない。しかし、隠し事をしている負い目なのか、教室の空気がとても苦しかった。
一切疑われないのは助かるが、それほどまでに高い自分の『男としてのポテンシャル』が憎い。
自分の才能を憎んでいた時。
すぐ傍にやってくる足音が聞こえた。
「リーシュ君、だよね?そこで何してんの~?」
「っ!!」
軽やかな足音の主は、ふわりと柔らかく、だけど少し低く落ち着いた声で話しかけてきた。ハッ!と顔を上げると、そこにはふわっとした長いピンクの髪に、フリルのついた上品なスカート制服を纏った女の子が立っている。
突然声をかけられたけれど、その人物の名前はすぐに思い浮かんだ。
「えっと、クラウさん?だっけ。」
「おー、名前知ってるんだ。ボクって有名~。」
大きめのゆるりとしたカーディガンを羽織り、彼女の手は袖に隠れて見えない。しかし、長い袖から時折のぞく爪は可愛く彩られている。普段見えないところまで可愛い。
会話したことのない私でも噂で知っているほど、高等部で有名な「可愛いもの大好きな生徒」がそこにいる。
「で、何してんの~?膝抱えて落ち込んでるポーズ。慰め待ち?」
「…考え事してて。」
「考え事?まぁ、いいや。そこでじっとしてるならさ。ちょっと髪いじらせてよ。」
「…髪?」
クラウさんは無邪気に笑う。
「髪をいじらせてもらう代わりに、悩みがあるなら聞くし。ボクって結構聞き上手だからさぁ。」
「…ありがとう。気持ちだけもらっとく。まだ、人に話せるような気持ちにはなれないんだ。」
「なに、深刻~。じゃあ髪だけ触らせてよ。」
悩みを聞く代わりに髪を触らせる話が、クラウさんに髪を触らせるだけのものになった。
「いいよ、好きにして。」
シンプルなリボンをスルッと外してから膝を抱えると、嬉しそうにクラウさんは私の後ろにまわった。後ろから「わぁ~」とか「ホントきれ~」とか聞こえてくる。彼女の可愛いもの好きや、綺麗なもの好きは有名。
話してみると、そのまんまの人物っぽくて安心した。
「前からリーシュ君の髪を結ってみたいと思ってたんだよね。長くて黒くて艶々で。綺麗な髪じゃん?男子には珍しいってゆーかさ。」
そうしてウキウキと鼻歌を歌いながら私の髪を編みだすクラウさん。彼女の指が心なしか楽しそうに髪に触れる。たとえどんな髪になっても、今はどうでも良いなんて思っていた。
「できた!やっば、かっこよ。」
「おぉ。」
彼女の声で意識が戻ると、目の前に差し出された可愛らしい手鏡には、凛々しくもお洒落に編み込まれた髪型の自分。
「カッコいい…。」
「まぁ、ボクの手にかかればこんなもんよ。」
いつも後ろで一つ結びにするだけだった髪が、自然に纏まり更に上品でありながら男らしい。
「魔法だ…。」
「ボクは魔法使えないけど?」
「ううん、すごい能力だよ!さっきまで人前に行くのが苦しかったのに、今では誰かに見て欲しいって思うから。」
自分が浅はかな考えで行動した結果、人前で自分を偽ることになってしまった。クラスメイトに男装がバレて笑われたら…とか心配してたのに誰かに自分を見て欲しい気持ちになるなんて不思議だった。
「すごい…すごく嬉しい。」
「…」
鏡を彼女に返しながら、自然と頬が緩んでしまう。彼女にどう感謝すべきか。この嬉しい気持ちをちゃんと伝える言葉がすぐに出てきたら良いのに。
「何かお礼した方がいいかな?」
「いいって、好きでしたことだし。まさかこんなに喜ばれるとは思わなかったけど。」
「嬉しいよ、こんな不思議な気持ち初めてで戸惑っているくらい。…本当にすごい!」
「わかったから!もういいし、はっずいから~。」
クラウさんはふわふわの髪を両手に集め顔を隠した。可愛いって…こういう人のためにある言葉だよな…って思う。
「可愛らしいな…クラウさんは。」
「はぁ?なに、口説いてんの?」
仲良くなれそうな雰囲気だったのに、なぜかキレ気味な返事が返ってきた。そんなつもり無かったのだけど、つい相手が女の子だから気安くなってしまった。
そうだ。
私は男装しているんだった。
女友達も気安く作れないんだ…。
そう思うと、自分の瞳にジワッと潤いが増した。
「そんなつもりなかったんだけど…不快にさせたならごめん。」
「うわっ、急に落ち込むじゃん!?調子狂うし。」
苦い表情をしたクラウさんは、膝を抱える私の隣に座った。そして肩を組むようにした後、強い力でバシバシ叩く。
「ほら、元気でろ~。慰めてあげっからさぁ~。何で悩んでるかしらんけど~。」
「うっ、力、強っ、うっ、もうっ、大丈夫っ。」
大丈夫と言わないと、ずっとバシバシ慰められるから「大丈夫」と言わざるを得なかった。しかし、クラウさんが聞き上手って言うのは本当みたい。バシバシされてモヤモヤが飛び出していったかのように不思議と元気がでた。
なんだか可笑しくて、私は自然と笑っていた。
「じゃ、コレあげる。一度食べたら止められん代物よぉ。」
彼女が悪い顔をして渡してきたのは可愛く包まれた一個の飴。今、王都で人気のフルーツの飴だった。
「ははっ、言い方。悪い顔して、ははっ…ありがとう。」
「甘いものは落ち込んだ時に最適っ。元気だせー」
手のひらに乗った可愛らしい飴。
それが、今の私にはとても特別な物に思えた。
◇ ◇ ◇




