何でもない学園の日常
今日は、朝から武術の授業がある。
朝の空気をいっぱいに吸うと気持ちも清々しくなるけれど…
「朝から武術、後の授業がきついんだよね…。」
準備体操をして、走りながら他の授業への影響を考える。走る集団の後方で、可能な限り体力を温存した。
指定の距離を走り終えると、グラウンド中央へ移動して訓練用の剣を握り締める。掌に食い込む感触が私を冷静にしていった。
訓練はどんどん厳しくなる。それでも教官は、厳しい癖にやる気を引き出すのが上手い。適切な声かけで私達は上手く乗せられて授業が進んだ。
授業後半。教官の声が響く。
「今日の成績優秀者、三名を発表する。呼ばれたら速やかに指定の位置に着け。」
そこに私の名が並び、心の中で喜びを噛み締める。だけど、ここからが更なる試練。優秀者は授業終了の鐘が鳴るまで他生徒と模擬戦をひたすら続ける。
何人相手にしようと、絶対にギブアップなんてしない。
だって、グラウンド脇で運動基礎の授業を受けるクラウさんが見てるかもしれないから!!
やっぱり好きな人には良いところを見せたい。
この武術の授業は、そうしてやる気を出させるのが目的で、訓練場ではなくグラウンド中央で行われているのだろうと最近察した。運動基礎を選択した生徒がこちらを見ている事が多いから。やる気出るよね。
「使って良い魔法は身体強化のみだ、わかったな。急所への防護魔法は俺が施す。模擬戦の前に必ず俺の所へ来い。」
教官の施す防護魔法で模擬戦は安全。それでも、相手の剣が振り下ろされると腕に重い衝撃が走る。
一人目が突進してくる。私は身体強化の魔法を駆使しながら、次々と相手をしていく。汗が額を滑り、息が乱れる。二人、三人目と前に出る相手に次々と剣を交える。剣が空を切り、金属音が響く。強化された脚力で距離を詰め、急所を狙う。
教官の施した防護魔法がガラスのように割れると、戦闘不能と同様と判断され交代となる。これを狙うのが一番早く終われる。
運動部基礎の人たちが集まる辺りから応援の声が聞こえてくる。視界の端でクラウさんの姿が見えた気がしたけれど、視線を戻し、次の相手に剣を向ける。私達は朝から訓練だけど、彼らは他の授業を終えてから1時間だけ運動をするから皆元気そう。
対する私は膝に手をつき、ぜいぜいと息を整える。汗が顎を滴り、地面に落ちる。名前を呼ばれた3名は休憩なしなのに、相手は少し休憩してからやってくる。本当にキツイ。
「そろそろギブアップしたらどうだ?」
「まさか。」
相手に余裕そうに振る舞うけれど、だいぶ腕の握力がなくなって来ていた。疲れで身体強化の魔法が乱れているようだ。
その時。
授業が終了を迎える鐘が鳴った。
やったー!おわりー!
私は、この立場を守り抜くことができた。同様に優秀者として選ばれた二人は、1人だけ負けて立ち位置が変わっていた。伸びをしてから肩を回すと少しだけ筋肉がほぐれて気持ち良かった。するとクラウさんが遠くから近づいてくるのが見える。自分のところに走って来てくれてるんだよね?と思うとその姿が愛しくて仕方ない。
「お疲れ、リーシュ君。すごい模擬戦だったじゃん!」
「ありがとう。」
服の袖で汗を拭うと、クラウさんがタオルを差し出してくれる。見ていてくれたのが嬉しい。良いところを見せれたかな?と少しだけソワソワしてしまった。
「急いで食堂行こっか!今日の定食は学園の人気メニューだからさ!」
「それなら、急ごう!」
へとへとのはずなのに、クラウさんとのご飯が楽しみで走る元気がでた。後から「あいつ、まだ走れるのか!」なんて声が聞こえる。これは愛のパワーです。
食堂は既に賑わっていて、二人で並ぶとワクワクと順番を待つ。目の前でどんどん注文される人気メニュー。無くならないか二人でソワソワしていた。
「まだ日替わりありますか?」
「あるわよー♪残り2食分!」
「ギリギリだー!ボクたち二人とも日替わりで!」
「あいよー!」
そして、無事に人気メニューを注文し、席に着く事ができた。
トレーを持ち上げると、スープの多いその料理を溢さないように席を探す。目の前に輝く黄金色のスープに浸かる長い麺。その上を飾るように、濃いめに味付けがされた卵と、分厚い肉、そして緑の新鮮な野菜が乗っている。
少しの麺をすくい上げ、ふーっと冷ます。顔にかかる湯気すらも美味しそう。適度に冷めてからツルツルと麺を口に運び、モグモグと噛むと幸せが広がった。スープも少し口に含むと、更なる幸せと一緒に少しだけ火傷した。口の中は鍛えられない。
「美味しい。」
「やっばい美味しいよねー♪あ、そうだ。頑張ったリーシュ君にコレあげる。」
彼が口を付けたフォークで緑の葉物野菜がすくわれ、私の元へやってきた。
「ありがとう。でもクラウさんがこの野菜嫌いなだけじゃない?」
「バレた?」
「好きだから貰えるなら嬉しいけど。」
「その子も、自分を好きな人の所に行きたいって。」
「なら仕方ないか。こっちにおいで。」
私はスープがよく絡んだ野菜を口にいれる。煮たことで甘味の増したその野菜は美味しい。クラウさんの器から来たと思ったらドキドキがスパイスになって更に美味しい。そんな気持ち悪い考えが一瞬過った。
「リーシュ君、美味しそうに食べるね。」
「顔に出てた?」
「うん、すっっっごく美味しそうに食べてた。」
「美味しいから。クラウさんもやっぱり食べたくなった?」
「うう、その子だけはいらない。」
「クラウさんに嫌われるなんて可哀想に。」
そんなどうでも良い雑談ができるのも、私が男友達だからだろうな…と、今の状況に居心地のよさを感じてしまう。
その日の放課後。
夕日が窓から差し込む教室は、机を柔らかいオレンジ色に染めていた。埃が光の中でキラキラ舞い、静かな空気に二人だけの吐息が響く。クラウさんに基礎魔法医学論の試験勉強を教えてもらうため、机に向かい合う。
教科書がノートに寄り添い、シャツの袖口から覗く手首が夕陽に白く光る。
「リーシュ君、ここ大事だよ。こうやって整理すると分かりやすい。」
クラウさんがペンを手にして、ノートに図を滑らかに描く。長い指がペンを操る動きは、丁寧で穏やかだ。シャツの襟元が開き、首筋のラインが夕陽に映える。
ダメだ、鎖骨見えるかも…とか考えたらいけない!
ノートに視線を落とし、魔力の流れを頭に刻もうと頑張る。魔力を流す順番で効果や傷を直す速度が変わる。この怪我ならこう、この部位ならこう、効率のいい魔力の使い方がある。医療魔法の素質が無かったとしても、覚えておけば出血を最小限に押さえたりできる。
「さっきよりわかったかも、この部位の負傷ならこうかな。」
「そう、それ。」
クラウさんが身を乗り出し、ゆっくりと理論を説明する。声は優しく、指が紙を滑る音が耳に残る。
勉強もクラウさんが教えてくれるってなると、やる気が出るな…。武術の授業はクラウさんに良いところを見せたくて頑張れる。
この学園に来て…
クラウさんに出会えて良かった。
だけど、だんだんと瞼が落ちてくる。
「リーシュ君、疲れてる? …に決まってるか。」
クラウさんの声が優しく響くが、意識がふわりと浮かぶ。
「眠気が…限界…」
「いーよ、少ししたら起こすから」
「ありがとう…少しだけ」
うとうとしながら、香水の甘い香りに包まれる気がした。頭が机に傾き、ノートに頬が触れる。クラウさんの声が遠くで聞こえる。
「頑張ったね、かっこよかったよ。」
静かな囁きに、意識が溶ける。
なんだか温かくて、このまま少し寝てしまっていた。
◇ ◇ ◇




