文化祭当日
文化祭当日。
朝から準備に追われていた。
私の着る服は、黒のベストに白シャツ、タイをキリッと締めた姿。この服装で給仕担当となる。シャツの袖を軽くまくり、動きやすいように髪を後ろで束ねた。
よし!頑張るぞ!終わったら初めての文化祭をたくさん楽しむんだ♪
…
そんな風にワクワクしていた朝だったのに…
「リーシュ君、こっちのテーブルもお願い!」
「え、でも交代の時間で…」
「お願い、もう少しだけ!リーシュ君のウェイター姿、中性的で人気なんだよ♪」
クラスメイトの女子が目をキラキラさせて言う。この「もう少し」を何度も繰り返し、交代させてもらえないまま走り回るばかり。そりゃあ、男装した女なのだから中性的にもなる…。内心で愚痴るけれど、何も気分は変わらない。
紅茶とクッキーを運び、注文を聞き、求められれば少し話もして…。可能な限り笑顔で対応するけど、心は疲弊していく。文化祭を楽しみたかったのに、これだけで一日が終わりそうで、私の心は泣いていた。
もう、嫌だ。
「リーシュ君!このカップと同じ柄の…どこにあったっけ?」
「手前から二番目の棚の奥だよ」
「ありがとう!」
あぁ…ずっと働いているから、今や私が一番詳しい…。こうして頼られると余計に強く言えない。交代時間だと言うと雨に濡れて凍える小動物みたいに「行っちゃうの?」って眼差しが向けられるんだから。
想像以上の繁盛で、みんなが忙しいのも実感している。少しでも人手は多いほうがいいって身をもって分かる。それでも私のようにオープン時から働くクラスメイトはいないのだ。交代させて欲しい。多分、私がずっと働いているのを知らないからこそ「あとちょっとだけ…」と言い出すんだろう。
私が休憩を貰ってないと言えば…きっと…
でも、実際忙しい。
人より体力ある自分が我慢すべきだろうか。
心はしおしおと萎んでいく。
窓の外に目を向ければ、夕焼けに染まる空が見える。今さら抜けたところで…
そう思った時。
「お、リーシュ君いたいたー! カフェ、大繁盛じゃん!」
ふわりと響く明るい声に顔を上げると、ピンクのふわふわな髪をハーフアップにまとめ、スカート制服の似合うクラウさんが立っていた。手に握られた魔力がキラキラ輝く風船が、風に揺れて文化祭を満喫しているのが分かる。
「うん、お陰さまで。」
クラウさんがお店に来てくれた事が嬉しくて、精一杯の笑顔で答えた。彼女が来てくれたなら…もう少し頑張ろうか…。そう思って表情を作った。
するとクラウさんは私の顔をじっと見つめ、両手で私の両頬をそっとはさむ。クラウさんらしい仄かに甘い香水の香りが漂い、なにかを怪しむように目を細める。何か変だっただろうか…。
「リーシュ君…いつ休憩入った? 」
「ぅ、え?今日は…まだ。」
「まだ!? ありえないんだけど!」
その声は今はお店となった教室に響いた。
すると、他クラスだと言うのにツカツカとバックヤードに入っていく。壁に張ってあった当番表をさっと確認したかと思うと、わざとらしく大きな声でクラウさんが言った。
「リーシュ君、とっくに交代時間じゃん。ボクが学園祭を案内するからさー♪早く行こー。」
教室中に響く声量で話すと、私の腕を引っ張り教室の外へと向かい歩き出す。やった!抜けれる!クラウさんありがとう!と感謝した時。さっき「あと少し」とお願いしてきたクラスメイトが止めてきた。
「ま、待って!リーシュ君お店でも人気で…」
「交代の時間とっくに過ぎてるし。人気とか関係ないよ。見てこれ。まだ働かせるつもり?」
クラウさんが、その子に当番表をグイッと差し出した。バックヤードから勝手に持ってきたみたいだ。午前の当番表は午後の当番表の下に隠れてしまっていたから使わないものではあった。その当番表を確認した子は目を見開く。本当に知らずに引き止めていたんだと、その反応から確認できて少しだけモヤモヤが薄れる。
「引き止めてごめんね、リーシュ君!」
「ぁ、うん」
「じゃっ、連れてくから」
いつも笑って人当たりのいいクラウさんが、声を低くしてその子を突き放した。私が交代時間だと言った時は「もう少しお願い」と食い下がっていたのに。でも、助かった。それだけで何だか泣きたい気持ちになる。
目の前の友人が。
凄く。
すっっっごく。
格好いい。
彼女のピンクの髪がサラリと揺れ、教室の外へ連れ出される。私はその堂々とした態度に見惚れながら、手を引かれるままカフェの喧騒を後にした。
彼女の温かい手に、疲れた心が少しだけ軽くなり、また涙が出そうになるのを堪える。
「こっちこっち! 文化祭の『のんびり休憩スポット』ボクが見つけた穴場だよ!」
クラウさんに連れられ、校舎の裏にある小さな庭にたどり着く。古い木のベンチに腰を下ろすと、疲れがどっと押し寄せた。文化祭を回る気力なんて、とうになくて。勧められるまま座って息をつくと、少しぼんやりする。ふと気がつくと、隣にクラウさんはいないことに気がついた。
いつからいないかも分からない。
「あれ?クラウさん?まさか疲れすぎて幻覚を!?」
「リーシュ君、お待たせー♪」
「わぁっ!!」
突然ひょっこり出てきたクラウさんに驚いた。
「クラウさん…本物?それとも救いの妖精か何か?」
「相当お疲れだな…。ほら、これ飲んで元気出して!」
ニコッと笑って、紙カップを差し出してきた。蓋にはハート型のシール、ストローはピンクと白のストライプが愛らしい。
「魔法科のブースで売ってる『恋のスパークルジュース』! 飲むと心がキラキラする!」
「…貰っていいの?」
「いーよ。ほら肝試しのお礼も兼ねてさ。」
「…ありがとう。」
苦笑しながらストローを咥える。甘酸っぱいベリーの風味と、微炭酸のシュワッとした刺激が、疲れた体にじんわり染み込む。まるで心の隅に溜まった重いものが溶けていくみたい。クラウさんは隣に座り、風船を膝に抱えながら得意げに胸を張る。
「美味しい。」
「でしょー? 今回の文化祭で一番美味しいと思うんだよねー。あ、でもリーシュ君のクラスはさっき行こうと思ってたから、まだなんだけどさ。暫定一位ということで。 」
「多分、これが一番美味しいよ。クラスの紅茶…準備で飲み比べたけど、どれが美味しいか良くわからなかったし。これは一口で美味しいって分かる。」
クラウさんの優しさが嬉しくて、目頭が熱くなる。
「っ…」
咄嗟に目元を抑えるけれど、その仕草だけで誰でも状況を察してしまうと思う。クラウさんは特に何も言わず、子供を落ち着かせるように背中を擦ってくれる。
「…文化祭、すごく楽しみにしてた。なのに、ずっと働いてて…でも、みんな接客喜んでくれるし、実際忙しいし、断りきれなくて。クラウさんが来てくれて、本当に助かった…ありがとう。かっこよかった…」
文化祭楽しみたい気持ちと、本来なら、自分が言わなければいけないことを、関係ないクラウさんにさせてしまった悔しさ。そして、クラウさんの優しさが染みて少しだけ落ち着くのに時間がかかってしまった。涙を落ち着けたくて、貰ったジュースを飲んでたらすぐに無くなってしまって。
手元に残った可愛い容器をただ眺めた。
「…なくなっちゃった。」
「また買ってあげるから。」
このやり取り。なんだか親子にでもなったみたい。そう思うと何だか妙に面白くて笑いが込み上げた。
明日も2話、9時頃・21時頃投稿いたします。




