準備も文化祭のうち。
王都立学園に入学して暫くたった。
もうすぐ、初めての文化祭。
学園は活気にあふれ、普段は落ち着いた貴族の生徒たちも、どこか子どもっぽい笑顔でそわそわしていた。
私のクラスは文化祭でカフェをすることに決まった。どんなカフェにする?と話す過程で「自分の領地の茶葉が一番美味しい。」などと論争になり「じゃあ、みんなのところの茶葉を取り寄せ、紅茶の飲み比べができるカフェにしよう!」と決まった。予定としては、既に用意された紅茶をカップに注いで、作っておいたクッキーと共に出すだけ…そんな簡単かつ文化祭らしいカフェ構想だった。
「せっかくだから、クッキーも自分たちで作ってみない?」
誰かの提案に、クラス中が「いいね!」と盛り上がった。貴族ばかり在籍すると聞いていたこのクラスで、普段は専属シェフに任せきりであろう彼らが、こんな風に楽しそうにキッチンに立つなんて意外だった。
(貴族でもクッキー作りとか興味あるんだなぁ…。)
内心で少し驚きながら、後日、調理室でのクッキー作りが授業が急遽行われる。
調理専門の先生が皆にレシピを配り、注意事項などを伝えた上で作業に取りかかる。
何人かのグループで作るのかと思っていたけれど、各自に配られた材料や器具を見て「さすが王都の学園だ…」と内心で驚いた。
調理室は、甘いバターの香りと小麦粉の粉っぽさで満たされ、クラスメイトたちの笑い声が絶えない。
先生のレシピと監修のもと、ワイワイと生地をこねたり、型を抜いたり。私の隣では、クラスメイトが慣れない手つきで生地を伸ばし、額に汗を浮かべながらも楽しそうに笑っていた。
結果。
「これを売り物にするのは難しいでしょうね…。クッキーの出来にバラツキがありすぎます。ですが、皆さん良い経験になったでしょう。今日はこれで終わりです。片付けももちろん自分達で行うように。持ち帰る者は袋とリボンを用意してあります。」
ほとんどの生徒は作るだけでもヘトヘト。売り物になるくらいまでやろう!とする生徒も現れず、専属シェフを雇える貴族の子達がクッキーを持ち寄る事になった。
私としては、素人の作るクッキーよりその方が嬉しい。試食は叶うだろうか。
(貴族の専属シェフが作るクッキーか…きっと美味しいんだろうな)
どんなクッキーだろう…と考えながら調理器具を洗う。泡だらけの手を動かしていたら、隣にいたクラスメイトが話しかけてきた。
「リーシュ君、調理も片付けも慣れてるね。」
私は、濡れた手をタオルで拭きつつ答えた。
「田舎育ちだから。ある程度は慣れてるよ。」
「使用人の仕事を手伝ってたのか?」
そうか、貴族の家には使用人がいるのか。相手から悪意は感じない。だから、手を止めると素直に会話を続けた。
「魔物の多い地域だから、自分のことは出来るように教えられるんだ。いつ誰が帰って来なくなるかも分からないから。誰かがいないと何も出来ない、だと自分が困るんだ。」
「それって…リーシュ君の故郷は、過酷だね。」
「ここに比べたらそうかもしれない。」
クラスメイトが息をのむ気配。彼の瞳が少し潤んでいた。その視線にどこか温かさを感じる。多分、優しい子なのだろう。
「じゃあ、進学で安全な王都に来れて良かったね。」
心底良かった…という風に言われて、その彼の優しさが更に滲み出る。しかし、本当に良かったかと言われると複雑な面もある。
「慣れてるから、結構楽だよ。王都は王都で大変だなって感じるところもあるから、みんな凄いなって思う。」
「え?俺達が大変?魔物うじゃうじゃの場所より?」
「うん。」
「例えば?」
他にも片付けをしながら他のクラスメイトも話に混じってくる。この学園は、気さくな人達が多くて嬉しい。
「一番感じるのは、人間関係。」
「あー…」
それを聞いた他の子達も苦笑いをした。学生である彼らも、人間関係は大変らしい。
「王都に初めて訪れた時、人が多くて…ぎゅうぎゅうで、どうしても避けられなくて、大きな男の人と少しぶつかったんだ。『どこ見て歩いてんだクソガキ!』って怒鳴られて。」
「うわー、いるよね、そういう人。」
同情の眼差しに、あるあるなんだな…と思い、安心して素直に感じた事を話す。
「私の故郷だと、威圧的な態度を取る人は魔物に襲われても誰も助けないから…。王都は性格悪くても生き残ってるから付き合いが大変だなって。」
「「「おう…」」」
私の感想を聞くと妙に静まり返った。
「リーシュ君の故郷では、嫌われたら終わりってこと?」
「そんなことないよ。積極的に協力する姿勢でいてくれれば大丈夫。人手はいくらでも欲しい地域だから。合わないって思ったら別の氏族に属するか、安全な地域に移住するとか全然ある。」
「え?氏族??」
都会の人達には聞き慣れない響きだったみたい。だけど真剣な眼差しだからちゃんと答えようと思った。
「私達は『国境の狩人』って呼ばれている一族なんだけど、いくつか氏族が分かれているんだ。ご先祖様もみんな仲良くは無理だったみたいで、狩りや方針に違いがある。」
「こ、国境の狩人!?まじで!?」
そこまで話すと、調理室の出入口から大きな声が聞こえた。そちらを見ると、今日も可愛らしく結われた髪型と制服のクラウさんが、大きな瞳を輝かせている。他にも甘い香りに誘われたのか、別クラスの生徒がたくさん集まっていた。
「リーシュ君って『国境の狩人』の人なの!?すっごいんだけど!!」
「ただの田舎者だよ」
「凄いの?」と言った生徒と同じように、私も「凄いの??」と思ったけれど、クラウさんは興奮が収まらない様子で手をブンブンと振る。
「歴史の授業で習ってるよ、ボクら。国境の守護的な存在じゃん。国王陛下の許可なく自由に動ける存在だよ!?そのお陰で国外から来る魔物は激減してるし、他国からも攻め入られないんだから。」
「「「へー」」」
「じゃー…リーシュ君は国境から来た庶民ってこと?」
「うん、庶民だと思う。特に親から聞いてないし。」
私が普通にそう答えると信じられないものを見るような目でクラウさんが続ける。
「いや、庶民かどうかじゃなくて!!なんでこの凄さ伝わらないかなー!今も聖女様の加護が届かない範囲を守るのは彼らなのに!!」
私は、ただ魔物狩りをする家族しか知らない。それに聖女様が王都にいる今となっては他の人も実感が沸かないのだと思う。だけど、自分の家族を褒められるのはとても心がポカポカとした。
そうした話が一段落した時。
一人の女子生徒がソワソワと緊張した面持ちで動き出した。何となくその子の行方を眺めると、廊下からこちらを覗いていた一人の男子生徒に真っ赤な顔でクッキーを差し出したのだ。
「よ、よかったら貰って頂けませんか!」
「え?俺?」
相手の男子生徒は驚いたように目を見開き、すぐに柔らかい笑顔を浮かべ「ありがとう!」と言った。
その瞬間。
この場にいたみんなの中にときめきの風が吹き抜けた。
◇ ◇ ◇
明日からの平日は、1日に2話投稿していきます。




