肝試しの余韻
翌日の朝。
いつものように髪を結う時間なのだけど、今日のクラウさんと私は別の話しをしていた。
いつものように彼女の教室の後ろの席で並んで座って、肝試しのお礼に「今度遊びに行こう」と言われた約束を、本格的にどうするか話し合うためだ。
「どこがいいかなー」
クラウさんは頰杖をつきながら、ふわふわのピンク髪を指でくるくる巻きながら考え込んでいる。 その仕草が可愛らしくて、つい見とれてしまった。可愛いって、やっぱり強い。
「王立公園の奥の方はどう? 噴水の近くのベンチとか。人が少なくて、木陰も気持ちいいよ。」
「いいね。噴水の音が聞こえるだけで落ち着きそう。」
「でもさ、それだったら学校でよくない?ってなっちゃうんだよねー。学生しかいないから安心だし」
「街に売られたお菓子も美味しそうだけど、学食のデザートも美味しいからね」
「あー、じゃあまずは学食のデザート制覇やっちゃう?」
話がまとまりかけてきたところで、クラウさんがふと私の方を向いた。 少し首を傾げて、じーっと私の顔を観察するような視線を向けてくる。
なんだろう…今、男装がバレたのかな?
「ねえ、リーシュ君ってさ、ほんと表情に出にくいよね?たぶんだけど、今楽しくないってわけじゃないんでしょ?」
そっちか…良かった。
一瞬身構えたけれど、大丈夫そうだ。こんなに近くで見られているのにバレないのも悲しいけど。
「とても楽しんでるよ?」
「ふーん?ならいいけど、無表情っていうか、ちょっとクールな感じ。でも、肝試しの時とか、ほんの少しだけ笑ってる時があったじゃん? あれ、すっごく可愛かったよ。」
クラウさんは、にこにこしながらそう言い私に顔をさらに近づけて覗き込んでくる。
「でも普段はあんまり表情が変わらないから、もったいないなーって思ってたんだよね。もっと笑顔が見たい!」
そう言って、クラウさんは悪戯っぽく笑うと、突然自分の椅子を私のほうにぐいっと寄せてきた。
「ちょっと練習してみよっか?」
「…どうやって?」
「まずはこうよ!筋肉の使い方!」
彼女はそう言うなり手を伸ばして、私の右の頰にそっと人差し指を当てた。 柔らかい指先が、ぷにっと頰を軽く押し上げる。
「ほら、こうやって上に持ち上げてみて。にこーって感じで。」
私は慌てて体を引こうとしたが、クラウさんは「逃げないでー」と言いながら、もう片方の手も私の左の頰に添えてきた。 両方の頰を同時に、優しく上方向に押し上げられる。
「どう? 笑顔になってる? 目も少し細めて、にへらーって感じで。」
クラウさんの顔がとても近くて、ふわっと甘い香りがする。 彼女の大きな瞳がまっすぐに私を見つめていて私に実演するものだから『可愛い』を真正面から受け止める事となる。
さあ笑って!と言われてここまで完璧な笑顔を作れるのも凄いものだ。
「……こう?」
「もうちょっと口角上げて。こう、こう!」
彼女は自分の指で私の口角を無理やり持ち上げながら、楽しそうに笑っている。 クラウさんの指の感触と、彼女の無邪気な笑顔に負けて、つい頰が緩んでしまった。
「わっ、今、ちょっと笑った! リーシュ君、笑顔かわいいじゃん! もっとやろ、もっと!」
「今のは全力なんだけどな」
「まだ行けるってば、さらなる高みを目指せるよ!」
私が小さく抗議の声を上げ、クラウさんが楽しそうに私の頰を突っついていた、その時だった。
「えっ、何なに? リーシュ君が笑ったって?」
「笑ったのみたいみたいー」
クラウの言葉をキャッチしたのか、近くの席にいた女子生徒たちが、面白がってわらわらと集まってきた。中には、男子生徒まで混ざっている。
「ちょっとリーシュ君、私らにも見せてよ! 笑顔!」
「そうだよ、クラウだけずるいじゃん。ほら、にこーって!」
全方位からの期待の視線。私は途端に緊張しながらも、口角をクイッと上げてみる。
「……どう?」
「目から感情が見えない…」
「目に感情なんてあるの?」
クラスメイトたちの遠慮のない笑い声が上がる。やはり、私にはそんな器用な真似はできない。
そのうちの一人が、私の目元に手を伸ばしてくる。悪意を感じないから、たぶん…クラウみたいに表情を作ってくれようとしているのだろう。すると、クラウさんが私の肩にひょいと腕を回し、その手の届かない距離へ遠ざけた。彼女は自慢げに胸を張って自慢の笑顔を見せる。
「だーめ! リーシュ君の笑顔は希少価値が高いんだから。今のはボクだけの特別笑顔ってわけよー♪」
「えー、クラウばっかりずるい!」
「ずるくない。なんてったって、リーシュ君は肝試しで颯爽とボクを助けてくれた騎士様だかんね!姫の特権なのよ」
「お前は姫じゃないだろー」
クラウさんが話題を切り替えると、集まった生徒たちは一気にそちらへ食いついた。特に男子生徒がケラケラと笑う。この男子生徒達にとってクラウさんは「姫」扱いされないのか…理想が高いのかな?
「ボクより姫っぽい子なんて…いち、にぃ」
クラウさんは指折り数えて、このクラスの女子生徒全員の人数を言う。
「これくらいしかいなくない?」
「急に忖度しやがって!」
「女の子はみんな姫だもんね〜」
クラウさんは女子生徒に同意を求めるように「ね〜」と体を傾けると、他の女子生徒みんな同じように体を少し傾けて「ね〜」と同意する。
その光景には一体感がある。
いつの間にか、周りには大きな輪ができていた。クラウさんはその中心で、一人一人の顔を見ながら楽しそうに、そして器用に話を回していく。
さっきまで私に向けられていたからかいの視線は、彼女の魔法のような話術によって、和やかな放課後の計画へと姿を変えていた。
(……クラウさんって、本当に皆に好かれてるんだな)
誰の懐にもすっと入り込み、その場を明るく照らしてしまう。私には逆立ちしても真似できない。静かな尊敬の念を抱いて見つめていた。
クラウさんは、私とだけ仲がいいわけではない。クラウさんにとっては皆と仲良しで、その一人が私なのだ。
でも、それは悲しいことではなくて…今の私にとっては運よく太陽の日差しを浴びれて心底運が良かったと感じるのだ。
少し特殊な状況だから尚更。
「ねーねー、リーシュ君。今度、肝試ししたら私と組んでくれる?呼ぶからさ!」
「いいなぁ、私も私も。またやろうよ肝試し」
皆のノリが優しくて、それが嬉しくて…私の頬は自然と緩んでしまった。
「私で良いなら、いくらでも」
そう言い終えると、周りがふと静かになる。ボケてもないのに滑ったのだろうか?そう不安になってクラウさんを見ると、私の顔を覆うように彼女のカーディガンの袖に隠されてしまう。
「ダメだよ、リーシュ君と組んだら最後…心臓持ってかれるよ」
なにそれ怖い。
そう思ったままカーディガンの袖に隠されていると耳元で静かに「もう一回肝試しとか勘弁だから!」と小さく、切羽詰まったような声で囁いた。
私は、太陽の弱点を知る数少ない存在ではあるのかもしれない。
本日は、お昼12時頃・16時頃・21時頃に1話ずつ投稿予定です。(手動で数分遅らせるかもしれません)




