第1章 「黙殺」 第37話 崩れ落ちる影
取調室の空気は、朝から張りつめていた。
田川圭介の死を受け、最も近い部下だった男が「話したい」と申し出てきたのだ。
秋刀魚トリオはガラス越しにその様子を見つめていた。
隣には片桐係長、後方には宮本班長が静かに立つ。
男は椅子に座ったまま、両手を握りしめて震えていた。
昨夜までの強気は完全に消え、目の焦点も合っていない。
「……完全に怯えてるな」
刀根が低く呟く。
「田川が死んだことで、守ってくれる相手がいなくなったんです」
魚沼が言う。
「いや、それだけじゃない」
片桐係長が腕を組んだまま続けた。
「“黒幕”が怖いんだ。田川が死んだ今、次は自分だと思ってる」
秋月は黙って男を見つめた。
その震えは、罪悪感よりも“恐怖”が勝っている。
取調室に入ると、男は秋月の顔を見るなり、泣きそうな声を漏らした。
「……助けてくれ。俺、もう無理なんだ……」
「無理ってどういう意味だ?」
秋月は声を荒げず、淡々と聞く。
「田川が死んだって聞いた瞬間……終わったと思った。
あいつが死ぬなんて……ありえねぇんだよ……!」
男は両手で顔を覆った。
「俺らは……“あの人”の言う通りに動いてただけだ。
田川も……逆らえなかったんだ……!」
秋月の目が鋭くなる。
「“あの人”とは誰だ?」
男は口を開きかけて、震えた。
言葉が喉で止まる。
「言ったら……俺、殺される……!
田川みたいに……消される……!」
「田川は自分で死んだ」
秋月が静かに言う。
「違う……違うんだよ……!
あれは“追い詰められたから”だ……!
あの人に逆らったら、ああなる……!」
男の恐怖は本物だった。
宮本班長がガラス越しに軽く顎を動かした。
“落ち着かせろ”という合図。
秋月は椅子を引き、男の正面に座った。
「お前は生きたいんだろ?」
男は涙を流しながら頷く。
「だったら話せ。
お前が知ってることを全部話せば、守る道はある」
「……守ってくれるのか……?」
「俺たちは、お前を見捨てない」
秋月の声は低く、しかし揺るぎなかった。
男はしばらく黙っていたが、やがて震える唇を開いた。
「……“政治家”だ。
田川に命令してたのは……“大物”だ……」
刀根が息を呑む。
魚沼の手が震えた。
「名前は?」
秋月が問う。
男は周囲を見回し、声を潜めた。
「……田嶋剛志。
与党の……あの“田嶋議員”だ……」
空気が一瞬止まった。
片桐係長が目を細め、宮本班長はわずかに眉を動かした。
男は続けた。
「田川は……田嶋の“仕事”をやらされてた。
俺らはその手伝いをしてただけだ……
でも……田川が死んだ今、次は俺だ……!」
秋月はゆっくりと立ち上がった。
「もう十分だ。
お前の話は全部記録した。
これからは俺たちが動く」
男は泣きながら何度も頷いた。
取調室を出ると、片桐係長が深く息を吐いた。
「……とんでもない名前が出たな」
「証言だけじゃ足りません」
魚沼が言う。
「分かってる」
宮本班長が静かに答えた。
「でも、見えてきたわね」
秋月は拳を握った。
「田川が黙って死んだ理由が……ようやく分かった気がします」
「ええ」
班長は秋月を見た。
「ここから先は、覚悟がいるわよ」
秋刀魚トリオは黙って頷いた。
静かな取調室の外で、
何かが確かに動き始めていた。




