第1章 「黙殺」 第35話 田川、沈黙の最期
田川圭介の位置情報は、環七沿いの古い倉庫街で止まっていた。
秋刀魚トリオと宮本班は二手に分かれ、周囲を包囲するように走った。
「秋月さん、あの倉庫の裏です」
魚沼がタブレットを示す。
「行くぞ」
秋月は短く言い、倉庫の影へと駆けた。
倉庫の裏手。
薄暗い空き地の中央に、田川圭介が立っていた。
背中を向け、微動だにしない。
風に揺れるコートの裾だけが、彼が生きている証のようだった。
「田川……!」
刀根が叫びかけたが、秋月が手で制した。
秋月はゆっくりと歩み寄る。
「田川圭介。もう逃げ場はない。
話を──」
田川は振り返らなかった。
ただ、静かに空を見上げていた。
その姿は、追い詰められた犯罪者というより、
何かを諦めた人間の背中だった。
「田川……聞こえてるだろ。
終わらせるなら、ここで話せ」
秋月の声は震えていなかった。
しかし、その奥にある焦りは隠せなかった。
田川は、ゆっくりと一歩、前へ出た。
「田川!」
秋月が叫ぶ。
だが田川は振り返らない。
もう一歩、前へ。
そこは──車道だった。
環七を走る車のライトが、田川の影を長く伸ばす。
「田川!! 戻れ!!」
刀根が叫ぶ。
しかし田川は、静かに歩き続けた。
まるで、何かを受け入れるように。
次の瞬間、白いライトが田川の身体を照らし──
影がふっと消えた。
音はなかった。
悲鳴も、衝撃も描かれない。
ただ、静寂だけが残った。
秋月はその場に立ち尽くした。
刀根も、魚沼も、言葉を失っていた。
宮本班長がゆっくりと近づき、短く言った。
「……救急を呼んで。
それと、交通規制の手配を」
その声は冷静だったが、どこか深い哀しみが滲んでいた。
秋月は拳を握りしめた。
「……何も、言わなかった」
「ええ」
宮本班長が静かに答える。
「語らないことを、選んだのよ。
彼は最後まで“黙殺”を貫いた」
秋月は目を閉じた。
田川の沈黙は、
真相への扉が閉ざされた音のように感じられた。
風だけが、倉庫街を通り抜けていった。




