第1章 「黙殺」 第30話 直樹の決断
夕方の光が差し込む目黒署。
強行犯係の部屋に戻った秋月は、胸の奥にまだ残るざわつきを押さえきれなかった。
直樹が駅前で襲われかけた──その事実が、捜査本部の空気を一気に変えていた。
「秋月、これを見て」
宮本班長がホワイトボードに新しい情報を書き込む。
佐久間の証言、倉庫街の土、田川圭介の指紋。
そして──直樹への接触。
すべてが一本の線で繋がり、黒幕の姿が浮かび上がっていた。
「田川圭介……動きが露骨になってきたな」
片桐係長が腕を組む。
「証人を潰しに来ている。
宮田さん、黒瀬さん、佐久間さん……そして直樹さん」
秋月の声は低い。
その時、捜査本部の扉が開いた。
直樹がゆっくりと入ってきた。
さっきまでの怯えた表情とは違う。
何かを決意した目だった。
「秋月さん……俺、もう逃げません。
兄貴が何をしようとしていたのか……全部話します」
秋月は静かに頷いた。
「聞かせてください。
宮田さんは、何を知っていたんですか?」
直樹は深く息を吸い、震える声を押し殺して言った。
「兄貴は……田川圭介の“裏金ルート”を暴こうとしてたんです。
会社を守るために。
でも……田川はそれを知って……兄貴を脅した。
“黙れ。さもないと家族も巻き込む”って……」
刀根が拳を握る。
「クソ野郎が……!」
「兄貴は……それでも諦めなかった。
黒瀬さんに相談して……佐久間さんにも協力を頼んで……
でも……田川は全部読んでた。
兄貴を追い詰めて……最後は……」
直樹の声が震え、言葉が途切れた。
「宮田さんは……殺されたんですね」
秋月が静かに言う。
直樹はゆっくりと頷いた。
「兄貴は……“田川を止めてくれ”って……
最後に俺に言ったんです。
でも俺は……怖くて……何もできなかった……」
「直樹さん。
あなたは今、兄貴さんの願いを叶えようとしている。
それは逃げたんじゃありません」
秋月の言葉に、直樹は涙をこらえながら頷いた。
そこへ、金崎が駆け込んできた。
「班長! 黒瀬が……移送中に襲われました!」
「移送中!?」
秋月が立ち上がる。
「地裁への移送車が交差点で停車した瞬間、バイクの男が接近して……
窓を割って刺そうとしたようです!
黒瀬は腕を切られましたが、命に別状はありません!」
会議室がざわめく。
「田川の手が……ついに“証人潰し”を本格的に始めたわね」
宮本班長が低く言う。
直樹が震える声で言った。
「秋月さん……
田川は……俺たちを全部見てる……
兄貴の時も……黒瀬さんの時も……
佐久間さんの時も……
そして今も……」
秋月は直樹の肩に手を置いた。
「大丈夫です。
田川圭介は必ず捕まえます。
あなたの兄貴のためにも」
直樹は涙を拭い、強く頷いた。
その瞬間、秋月のスマホが震えた。
画面には──
非通知
秋月は通話ボタンを押した。
「……秋月です」
しばらく沈黙が続いた後、低い男の声が聞こえた。
『──よくここまで来たな』
秋月の背筋が凍る。
「田川圭介……!」
『直樹を守れると思うなよ。
次は──お前の番だ』
通話が切れた。
会議室の空気が一気に張り詰める。
「秋月……田川はお前を狙ってる」
片桐係長が低く言う。
「構いません。
むしろ──これで“正面から追える”」
秋月の目は、決意に満ちていた。
黒幕・田川圭介との対決は、もう避けられない。
物語はついに、核心へと踏み込んだ。




