第1章 「黙殺」 第27話 倉庫街の影
都内の倉庫街に夕陽が沈みかけていた。
秋月はパトカーのドアを閉め、冷たい風の中に立った。
佐久間の車が見つかった──その知らせを受けてから、胸の奥がずっとざわついている。
倉庫街は静まり返っていた。
人の気配はなく、風が鉄骨を鳴らす音だけが響く。
「秋月、こっち」
宮本班長が手招きした。
倉庫の裏手。
そこには、鑑識のライトが照らす“赤い点”があった。
「……血痕ですか」
「ええ。乾いてるけど、まだ新しい」
宮本班長の声は低い。
秋月はしゃがみ込み、血痕の形を見つめた。
飛び散り方が不自然だ。
殴られたというより──引きずられた跡。
「佐久間さん……まだ生きてる可能性は?」
「あるわ。
黒幕が“証言を引き出すために確保している”なら、まだ殺さない」
その言葉に、秋月はわずかに息をついた。
倉庫の中に入ると、薄暗い空間に埃が舞っていた。
足跡がいくつも残っている。
その中に──見覚えのある歩幅。
「この歩き方……」
秋月が呟いた瞬間、背後から声がした。
「秋月さん、これ見てください」
魚沼だった。
利根も後ろから懐中電灯を照らしている。
「倉庫の奥に、こんなものが」
魚沼が指差した先には、黒い布切れが落ちていた。
「これは……車のシートカバー?」
「はい。高級車の後部座席に使われるタイプです」
「黒い車……」
利根が低く言う。
「黒瀬の時と同じだな」
秋月が呟く。
さらに奥へ進むと、壁に擦れた跡があった。
何か重いものを押し付けたような跡。
「ここで……佐久間さんは抵抗したのかもしれません」
魚沼が言う。
「でも、犯人は一人じゃねぇな」
利根が跡を見ながら言った。
「どうして?」
「足跡が二種類ある。
片方は大きい。もう片方は……小さい。
動きがバラバラだ。
“運んでる側”と“見張ってる側”の動きだ」
秋月は息を呑んだ。
「黒幕は……複数人を動かせる立場にいる」
「そういうことだ」
利根が懐中電灯を下ろす。
その時、宮本班の杉下が駆け込んできた。
「班長! 倉庫の外のカメラ、映像が復元できました!」
「見せて」
タブレットに映った映像。
夜の倉庫街を、黒い車がゆっくりと走り去る。
運転席の人物は帽子とマスクで顔は見えない。
だが──
「この歩き方……」
秋月は映像を止めた。
車に乗り込む直前の一瞬。
その人物の“足の運び方”が映っていた。
「秋月さん、知ってるんですか?」
魚沼が問う。
「……どこかで見た。
でも……思い出せない……」
秋月は額に手を当てた。
記憶の奥に引っかかる“誰か”。
しかし、まだ輪郭が掴めない。
宮本班長が静かに言った。
「黒幕は、佐久間を“移動させている”。
まだ殺していない。
つまり──佐久間は“黒幕の計画の途中”にいる」
「計画……?」
秋月が呟く。
「ええ。
宮田を潰し、黒瀬を使い、佐久間を利用し、
今は証人を消しながら“次の段階”に進んでいる」
倉庫街の冷たい空気が、さらに重く沈んだ。
秋月は拳を握った。
「佐久間さんを見つける。
黒幕の計画を止めるためにも……絶対に」
夕闇の倉庫街に、秋刀魚と宮本班の影が伸びていく。
黒幕の影は、確実に“動いて”いた。




