第1章 「黙殺」 第25話 消された声
佐久間が“黒い車”に連れ去られてから二日目の朝。
強行犯係の部屋には、いつもより静かな緊張が漂っていた。
刀根がカップ麺をすすろうとした瞬間、魚沼のパソコンが短い電子音を鳴らした。
「魚沼さん、また何か出ました?」
「はい。佐久間さんのPCの解析が進みました」
刀根が椅子ごと滑ってくる。
「おおっ、ついに来たか!」
「だから椅子ごと来ないでください」
「お前、最近ツッコミが鋭利すぎないか?」
「昨日も言ってましたよ」
「……またかよ」
そんなやり取りをしていると、宮本班長が会議室から顔を出した。
「秋刀魚、来て。佐久間のPCから“重要なデータ”が見つかった」
会議室に入ると、スクリーンには佐久間のPCから抽出されたフォルダが映し出されていた。
魚沼が操作しながら説明する。
「佐久間さんのPCには、動画チャンネルの“未公開データ”が残っていました。
その中に──“音声が不自然に消されたファイル”があります」
「音声が……消された?」秋月が眉をひそめる。
「はい。編集ソフトで“声だけを消す”処理がされています。
しかも、かなり強引に。
逆に言えば──“消さなければならない声”があったということです」
「黒幕の声……ってことか?」刀根が息を呑む。
「可能性は高いです」
魚沼が淡々と答える。
魚沼が再生ボタンを押す。
画面には、例の“宮田を悪者にする動画”の撮影風景。
証言者が台本を読んでいる。
しかし、その背後に──
「……っ……」
かすれたノイズのような“声の跡”が残っていた。
「これ……誰かが喋ってますよね?」秋月が身を乗り出す。
「はい。声は消されていますが、“声紋の癖”だけは残っていました」
「声紋の癖?」刀根が首をかしげる。
「声を完全に消すのは難しいんです。
音の“揺れ”や“息の混じり方”が、データの端に残ることがあります」
「つまり……黒幕の声の“残り香”ってことか」
片桐係長が低く言う。
「そうです。
そして解析の結果──“男性・50代前後”と推定されます」
「50代……?」秋月が呟く。
「宮田工業の内部には、該当者はいません」
宮本班長が言う。
「じゃあ……やっぱり黒幕は“外側”の人間か」
刀根が腕を組む。
魚沼がさらに画面を操作する。
「もう一つ、重要なデータがあります。
佐久間さんが“黒幕の声”を消す前に残したメモです」
スクリーンに、短いメモが映し出された。
『田……? 声が似ている……』
「田……?」
秋月が息を呑む。
「黒瀬さんの暗号ファイルの“黒塗り部分”と一致しますね」
魚沼が静かに言う。
「黒幕の苗字の頭文字が“田”……
そして声は50代の男性……」
宮本班長がホワイトボードに書き込む。
「佐久間さん……黒幕の正体に気づいてたんだ」
秋月が呟く。
その時、金崎が慌てて会議室に飛び込んできた。
「班長! 佐久間の車が見つかりました!」
「どこで?」
宮本班長が振り返る。
「都内の倉庫街です!
ただ……佐久間本人はまだ……!」
「まだ……?」刀根が息を呑む。
「血痕だけが見つかりました!」
会議室の空気が一気に張り詰めた。
「秋刀魚、すぐに現場へ向かうわよ」
宮本班長が立ち上がる。
「了解です!」
「了解っす!」
「了解しました!」
秋月は拳を握った。
「佐久間さん……まだ間に合う。
絶対に助ける」
黒幕の声の“残り香”が、
事件の核心へと秋刀魚を導き始めていた。




