第1章 「黙殺」 第20話 食い違う供述、揺れる真実
翌朝の目黒署。
事件は重く、空気も張り詰めているはずなのに──強行犯係の部屋だけは、やっぱり賑やかだった。
「刀根さん……朝からラーメンの匂いがします」
「朝ラーメンは正義だろ」
「張り込みで匂ったらどうするんですか」
「犯人が匂いにつられて出てくるかもしれねぇだろ」
「そんな犯人いませんよ」
「お前ら今日も朝から賑やかだな……」
片桐係長が新聞を畳みながらぼそっと言う。
そんな“秋刀魚の朝”が続く中、宮本班長が会議室から顔を出した。
「秋月、刀根、魚沼。直樹の供述、整理するわよ」
会議室に入ると、ホワイトボードには昨夜の直樹の言葉が書き出されていた。
宮本班の金崎と杉下も揃っている。
「直樹は“黒瀬じゃない誰か”を恐れている。
でも名前は言わない。言えない。
これは黒瀬の供述と完全に食い違うわ」
宮本班長の声は冷静だが、その奥に鋭さがあった。
「黒瀬さんは“直樹が押した”と言ってますよね」秋月が言う。
「そう。でも直樹は“押してない”と言う。
どっちかが嘘をついてる。
あるいは──どっちも“真実の一部しか言ってない”」
「真実の一部……?」刀根が眉をひそめる。
「黒瀬は直樹を庇ってる。
直樹は黒瀬を庇ってる。
そして二人とも“黒幕”を恐れてる」
魚沼が静かに言う。
「黒瀬さんの暗号ファイルの黒塗り部分……
まだ完全には読めませんが、文字の癖から“二文字目が『田』”の可能性が高いです」
「田……?」刀根が首をかしげる。
「日本に“田”のつく名字なんて山ほどあるだろ」片桐係長がぼそっと言う。
「でも黒瀬さんがわざわざ消した名前です。
“田”がつく人物の中でも、かなり限られるはずです」魚沼が淡々と続ける。
そこへ、金崎が資料を抱えて入ってきた。
「宮本班長! 黒瀬の供述、追加が出ました!」
「追加?」
「黒瀬、こう言ってます。
“俺は押してない。
でも……押した奴は、宮田のことを恨んでた”」
「恨んでた……?」秋月が呟く。
「兄貴を恨んでたのは……直樹さんじゃないんですか?」刀根が言う。
「直樹は兄を恨んでないわ。
むしろ兄を守ろうとしていた」宮本班長が即答する。
「じゃあ……誰が恨んでたんだ?」刀根が腕を組む。
「そこよ。
宮田を恨んでいた人物……
裏金を止めようとした宮田を“邪魔”だと思っていた人物……
そして黒瀬を動かせる人物」
宮本班長がホワイトボードに新しく書き込む。
“黒瀬の背後にいる人物=宮田を恨んでいた人物”
「この人物が、事件の鍵よ」
秋月が静かに言う。
「直樹さんは、兄を恨んでいません。
でも……“誰かが兄を恨んでいた”ことは知っている。
だから言えないんです。
その人物が……直樹さんにとっても危険だから」
「つまり直樹は“脅されてる”ってことか?」刀根が言う。
「脅されてるというより……“恐れてる”んです」秋月が答える。
「黒瀬も直樹も怯える人物……」
魚沼が呟く。
「裏金を動かせるほどの権力……」
宮本班長が続ける。
「宮田を黙らせる動機……」
片桐係長が低く言う。
「そして……黒瀬の暗号ファイルに名前があった人物」
秋月が締める。
会議室に静かな緊張が走った。
「秋刀魚、動くわよ」
宮本班長が言う。
「了解です!」
「了解っす!」
「了解しました」
事件は、黒瀬と直樹の“食い違う真実”を軸に、
いよいよ“黒幕”の正体へと近づいていく。




