第1章 「黙殺」 第16話 取り調べは静かに、捜査会議は賑やかに
黒瀬と三枝玲奈を署に連れて戻った頃には、外はすっかり夕方の色に変わっていた。
秋月と刀根は息を整えながら取調室の前に立ち、魚沼はすでにパソコンを立ち上げて準備万端だ。
宮本班長が静かに言う。
「黒瀬の取り調べは私がやるわ。あなたたちは裏付けを進めて」
「了解です」
「了解っす!」
「了解しました」
三人の返事が妙に揃って、班長が少しだけ笑った。
取調室の中は静かだった。
黒瀬は椅子に座り、手錠は外されているが、落ち着かない様子で指先をいじっている。
「黒瀬。宮田さんの件、あなたは“自分で落ちた”と言ったわね」
「……ああ」
「でも、あなた……宮田工業の“裏金”の話を知っていた。どうして?」
黒瀬の指が止まった。
ほんの一瞬だけ、目が泳ぐ。
「……聞いたんだよ。宮田から」
「宮田さんは、裏金のことを“誰にも言っていない”と記録に残っているわ」
「……」
「あなた、何を隠してるの?」
黒瀬は口を閉ざしたまま、視線を落とした。
一方その頃、捜査会議室では秋刀魚+係長が集まっていた。
宮本班長の取り調べが終わるまで、裏付け捜査を進めるためだ。
「黒瀬のスマホ、位置情報が変なんですよ」魚沼が画面を見せる。
「変って?」秋月が覗き込む。
「事件当日の夜、位置情報が“二重”になってます。
港と……世田谷の住宅街。どっちも同じ時間帯です」
「え、分身?」刀根が素で驚く。
「そんなわけないでしょ」係長が即ツッコミ。
「つまり……黒瀬のスマホを“誰かが持っていた”可能性があるってことか」秋月が言う。
「そうです。黒瀬本人は港にいた。でもスマホは別の場所にあった」
「じゃあ……黒瀬を装った誰かがいた?」刀根が眉をひそめる。
「その可能性が高いですね」
係長が腕を組んだ。
「黒瀬は逃げのプロだが、同時に“利用される側”でもある。
誰かが黒瀬を使って、宮田を追い詰めた……そう考えるのが自然だな」
「じゃあ、その“誰か”って……」秋月が言いかけたとき、会議室のドアが開いた。
宮本班長が戻ってきた。
「黒瀬、まだ全部は話してないわね。
でも……一つだけ確信したことがある」
「なんですか?」秋月が身を乗り出す。
「黒瀬は“裏金の存在”を知っていた。
でも、裏金を動かしていたのは黒瀬じゃない」
「じゃあ……誰が?」刀根が聞く。
「黒瀬は“誰かを庇ってる”。
その“誰か”が、宮田さんを追い詰めた本当の黒幕よ」
会議室が静まり返る。
魚沼がぽつりと言った。
「黒瀬さん、宮田さんの弟・直樹さんの話になると、急に黙りました」
「……やっぱり直樹さん、何かあるんだな」刀根が腕を組む。
「でも、直樹さんは黒瀬さんを殴りに来たんですよ? 庇われるような関係じゃ……」秋月が言いかける。
「兄弟ってのは複雑なんだよ」係長がぼそっと言う。
「係長、なんか経験あります?」刀根が食いつく。
「……黙れ」
宮本班長がホワイトボードに書き出す。
- 黒瀬は宮田を呼び出した
- しかし“押した”のは別の人物
- 黒瀬は裏金の存在を知っていた
- 直樹のアリバイには穴がある
- 黒瀬のスマホは“別の場所”にあった
「これらを繋ぐと……黒瀬は“駒”。
そして直樹は“宮田に恨みを持つ人物”。
でも、直樹だけではこの規模の裏金は動かせない」
「じゃあ……まだ誰かいる?」秋月が言う。
「いるわ。
黒瀬を動かし、直樹を利用し、宮田を追い詰めた“本当の黒幕”が」
刀根が叫ぶ。
「黒幕って……そんな漫画みたいな……!」
「刀根さん、漫画より現実の方が複雑ですよ」魚沼が淡々と言う。
「お前のその淡々とした感じ、逆に怖ぇよ!!」
宮本班長が静かに言った。
「秋月、刀根、魚沼。
次に調べるべきは──“元役員3名”よ。
黒瀬の背後にいるのは、彼らの誰かかもしれない」
「了解です!」
「了解っす!」
「了解しました」
三人の声がまた揃った。
班長が小さく笑う。
「秋刀魚は賑やかね。
でも……その賑やかさが、事件を前に進めるのよ」
秋月は深く頷いた。
「行きましょう。
黒瀬さんが隠している“本当のこと”を暴くために」
こうして、秋刀魚と宮本班は再び動き出した。
事件は、静かに、しかし確実に“核心”へと近づいていく。




