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目黒の秋刀魚  作者: 双鶴


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第1章 「黙殺」 第12話 弟の行方

 港から戻ったばかりの三人は、まだ息が整いきらないまま車に飛び乗った。黒瀬が残した地図とメッセージ、そしてUSBの映像。すべてが“弟”へと矢印を向けている。秋月はシートベルトを締めながら、胸の奥にざわつくものを感じていた。


「弟の居場所、どこですか?」秋月が助手席で身を乗り出す。


「世田谷区のレンタルオフィスです。兄の会社が倒産したあと、そこを拠点にしていたようです」魚沼が淡々と答える。


「世田谷!? めっちゃ近いじゃねぇか!」刀根がアクセルを踏み込みながら叫ぶ。


「刀根さん、落ち着いてください。スピード違反で捕まったら弟さんより先に署に戻ることになりますよ」


「そんなオチいらねぇよ!!」


 車は世田谷へ向けて走り出した。港の風とは違う、住宅街の静けさが近づいてくる。



 レンタルオフィスはガラス張りの小さなビルで、昼下がりの光を反射していた。受付の女性は三人を見るなり、少し驚いたように目を丸くする。


「宮田……さんのお知り合いですか?」


「弟さんの方です。ここに来てませんか?」秋月が丁寧に尋ねる。


「ええ、さっきまでいました。でも……」


「でも?」刀根が身を乗り出す。


「慌てた様子で出ていきました。“もう時間がない”って……」


「時間がない……?」秋月が眉をひそめる。


 魚沼がタブレットを確認する。


「弟のスマホ、まだ電源が入っています。位置情報は──」


 その瞬間、画面が赤く点滅した。


「……消えました」


「消えた!? なんでだよ!」刀根が叫ぶ。


「電源を切ったか、壊したか……どちらにせよ、意図的です」


「弟さん、逃げる気満々ですね……」秋月がつぶやく。


 受付の女性が不安そうに言う。


「宮田さん……何か、危ないことに巻き込まれてるんですか?」


「巻き込まれてるというか……自分から突っ込んでるというか……」刀根が苦い顔をする。


「刀根さん、言い方……」



 弟のデスクにはノートパソコンが開きっぱなしになっていた。画面には黒瀬とのメッセージ履歴が残っている。


『黒瀬、お前は裏切った』

『兄さんは俺を裏切った』

『全部終わらせる』

『今日で決着をつける』


「……決着って、何の決着だよ」刀根がつぶやく。


「兄と弟、黒瀬……三人の関係が完全に崩れてますね」秋月が言う。


「崩れてるどころか、全員が全員を疑ってる状態です」魚沼が淡々と続ける。


 そのとき、秋月が机の上に置かれた紙に気づいた。


「これ……地図?」


 紙には港湾エリアの地図が印刷され、赤いペンで丸がつけられていた。


「……また港かよ!!」刀根が叫ぶ。


「刀根さん、声が大きいです」


「だってよ! また走らされるんだぞ!」


「走るのは健康にいいですよ」魚沼が言う。


「お前はいつも淡々としてんな!!」


 秋月は地図を見つめながら言った。


「弟さん、黒瀬を追ってる……

 黒瀬は弟を警戒してる……

 そして宮田さんは弟を恐れていた……」


「つまり、港で“何かが起きる”ってことだな」刀根が腕を組む。


「そういうことです」秋月が頷く。



 車に戻り、再び港へ向かう。

 夕方の光が傾き始め、港の影が長く伸びていく。


「弟さん、黒瀬を殺す気なんですかね……?」秋月がつぶやく。


「殺す気というより、“決着をつける気”でしょうね」魚沼が言う。


「決着って……物騒だなぁ……」刀根がため息をつく。


「刀根さん、ため息つくと運気下がりますよ」


「運気とかどうでもいいわ!!」


 秋月は窓の外を見ながら言った。


「でも……弟さんの目、悲しそうでしたよね」


「兄弟ってのは複雑なんだよ。俺にも兄貴いるけどよ……」刀根が言いかける。


「刀根さん、兄弟いるんですか?」


「いるよ! なんで驚くんだよ!」


「なんか……一人っ子っぽいので」


「どういう意味だよ!!」


 車内は賑やかだが、空気の奥には緊張が漂っていた。



 港が見えてきた瞬間、魚沼が言った。


「弟のスマホ、再び電源が入りました。位置は──」


「どこだ!?」刀根が叫ぶ。


「……黒瀬が逃げた倉庫の近くです」


「やっぱりそこか……!」


 秋月は深く息を吸った。


「黒瀬、弟、そして宮田さんの真実……

 全部、ここでぶつかる気がします」


「ぶつかる前に止めるぞ!」刀根が叫ぶ。


「刀根さん、落ち着いてください!」


「落ち着いてられるか!!」


 車は港へと滑り込んでいった。

 兄弟の確執、黒瀬の逃走、そして宮田の死の真相。

 すべてが、港で交差しようとしていた。


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