第1章 「黙殺」 第11話 黒瀬の“置き土産”
黒瀬を追って港湾エリアを駆け回った直後、秋月・刀根・魚沼の三人は署に戻ってきた。
息は上がっているのに、テンションだけは妙に高い。
「……黒瀬、速すぎません?」秋月が椅子に倒れ込む。
「速いとかじゃねぇよ。あれはもう“逃げるために生まれた男”だ」刀根が胸を張る。
「そんな生き物いません」魚沼が淡々と突っ込む。
「いるんだよ! 黒瀬っていうんだよ!」
そんな賑やかな空気の中、宮本班長が静かに入ってきた。
黒髪をまとめた姿はいつも通りだが、目だけが少し鋭い。
「黒瀬は?」
「逃げました!」刀根が即答する。
「知ってるわよ。あなたたちの走り方でわかった」
「走り方で!?」秋月が驚く。
「刀根が全力で走ってるときは“犯人が逃げてる”とき。秋月が走ってるときは“刀根が間違えた”とき。魚沼が走ってるときは“本当にヤバいとき”。」
「なんですかその分析!?」秋月が叫ぶ。
「当たってるだろ?」刀根が得意げに言う。
「当たってるのが悔しいです……」
宮本は軽く咳払いをして、机の上に一枚の封筒を置いた。
「黒瀬が残していった“置き土産”よ」
三人は同時に身を乗り出した。
「置き土産!?」
「黒瀬が逃げる直前、倉庫の監視カメラに映ってた。
コンテナの裏に封筒を置いていったのよ。
“追ってくるなら、これを見ろ”って」
「なんでそんなドラマみたいなことを……」秋月がつぶやく。
「黒瀬はドラマが好きなのよ。自分が主役だと思ってるタイプ」
「めんどくせぇなぁ……」刀根が頭を抱える。
宮本が封筒を開くと、中には一枚の紙とUSBメモリが入っていた。
紙には、たった一行。
『弟を止めろ。あいつが全部壊す』
「弟……」秋月が息を呑む。
「宮田の弟か」刀根が腕を組む。
「黒瀬が弟を警戒してる……?」魚沼が首をかしげる。
「そう。黒瀬は逃げてるけど、弟は“追ってる”。
そして弟は黒瀬を“殺す気”でいる」
宮本の声は静かだが、空気が一気に張り詰めた。
「USBには何が?」秋月が尋ねる。
「まだ開いてない。あなたたちに見せようと思って」
魚沼がパソコンにUSBを差し込む。
画面にフォルダが一つだけ表示された。
【MIYATA_LOG】
「ログ……?」秋月が眉をひそめる。
フォルダを開くと、複数の動画ファイルが並んでいた。
そのうちの一つを再生すると──
画面に映ったのは、宮田洋司本人だった。
薄暗い部屋で、怯えた目をしている。
『……誰かが俺を見張ってる。
黒瀬じゃない。
あいつは……“あいつは味方だ”。
問題は──弟だ。
弟が……俺を……』
映像はそこで途切れた。
三人は言葉を失った。
「……宮田さん、弟を恐れてたんですね」秋月が静かに言う。
「弟は“兄を裏切った”と思ってる。
兄は“弟に狙われてる”と思ってる。
どっちも正しいし、どっちも間違ってる」宮本がつぶやく。
「めんどくせぇ兄弟だな……」刀根が頭をかく。
「刀根さん、言い方……」秋月が苦笑する。
魚沼が画面を指差した。
「まだ動画があります。
次のは……“黒瀬と弟の会話”です」
「会話!?」秋月と刀根が同時に叫ぶ。
再生ボタンを押す。
映像は、倉庫の一角で撮られたものだった。
黒瀬と弟が向かい合っている。
『兄さんは……裏切ったんだよ』弟の声。
『違う。お前が兄さんを追い詰めたんだ』黒瀬の声。
『黙れ。お前は俺の駒だろ』
『駒じゃない。俺は俺のために動く』
映像はそこで終わった。
「……黒瀬、弟と揉めてたんですね」秋月が言う。
「つまり、黒瀬は弟を“危険人物”として見てる」刀根が腕を組む。
「弟は黒瀬を“裏切り者”として見てる」魚沼が続ける。
「そして宮田は弟を“自分を殺す存在”として見ていた」秋月がまとめる。
宮本が静かに言った。
「秋月、刀根、魚沼。
次に追うべきは──弟よ」
三人は同時に立ち上がった。
「よし、行くぞ!」
「刀根さん、落ち着いてください!」
「落ち着いてられるか! 事件が加速してんだよ!」
「魚沼さん、弟の居場所わかりますか?」
「はい。
“聞かれると思ったので”調べてあります」
「お前ほんと優秀だな!!」
三人は署を飛び出した。
黒瀬が逃げ、弟が動き、宮田の真実が浮かび上がる。
事件は、いよいよ核心へと向かい始めていた。




