準備したつもりでも足りなくなるのが旅というもの
キャンプエリアに天幕を残し、ウィシュカを出発。
出てから即、魔女馬車を召喚。うーん、本当に便利。
ファゴットはむくつけき男からエインセルの姿というか青い炎というか、に戻って御者をする。
羽織ったばかりだったローブは早々にシルルに奪われた。マジックバッグを回収される前に、バステさんのお店で入手した本枯節の鰹節と削り器、あと昆布を手渡す。
なんだこれはという顔をしているシルルに、君が気にしている出汁の素だよと説明したら喜びに打ち震えていた。
昨日の今日で手に入れてくるとは思ってなかったみたい。
「鰹節には荒節と枯節と本枯節の三種類があってね、違いは製造工程におけるカビっていうか、発酵の有無でね。荒節は燻しただけで黒く香りが強くって、枯節はカビ付けで脂肪が分解され、上品な香りと透明感のある出汁になるの。本枯節にしたけど、よかった?」
サムズアップされたのでシルルのお好みに合っていたようだ。ただその上品なお味に私の舌がついていけるかなー。
「出汁の取り方は後々くる前世和食全集に書かれていると思うからそれまで……」
首を横に振られる。
使いたくてたまらないようだ。
「えーと、和食全集で正しい出汁の取り方が書かれてるとは思うから、参考までに私達のやってた出汁の取り方を教えるね」
一度スイッチ入ってしまうと止められない止まらないシルルさんなので、諦めて出汁の取り方を伝える。
早く来ておくれ、前世和食全集。
夕飯。和食を作りたいシルルだけど、材料がね、洋食向きなんですよ。
慣れというか、基礎ができれば使い慣れた食材でも和食に変化させられるようになるとは思うんだけどね。
そんなわけで夕飯は洋食です。羊肉を甘辛く煮焼きしたものにクスクスが添えられてて、クスクスが羊肉の旨味を吸って美味しい。あと水耕栽培で育った野菜のサラダ。いやー、生野菜美味しい。瑞々しくて、ビタミンを補給してるーって実感する。
「クスクスもさ、前世持ちが作ったんだろうね」
「そうだろうね。確か元は北アフリカだったような?」
ヨーロッパではなかったような、程度の記憶だったんだけど、さすがエレン。エリアまで特定してるとは……やりおる。
「大豆もあることだし、今度フムスの作り方も調べたいね」
「あれは一度しか食べたことないや」
なお、この会話はシルルに聞かれないように二階の居間で小声でした。これ以上シルルさんを刺激してはいかん。いつかは話すとしても、和食に夢中になってる今ではないのだ。
「今回の依頼だけど、オークの巣、どのくらいの規模だろうね。正直、森にいた時も倒してたからギルドの決める基準が分からないんだよね」
この前も指名依頼で倒したし。
「うーん、それは私達が魔女だからだろうね。普通の冒険者だったら苦戦すると思うよ」
「それは確かに」
魔女チートすぎるもんなー。
「私やっちゃいました?みたいなのはやりたくないから、世の中の基準みたいなものはちゃんと知っておきたいかな」
「悪目立ちはしたくないもんね」
かぼちゃの馬車で悪目立ちしてる気はするけど、そこは幼女だしさ、許してもろて。
「変に謙虚になりすぎても、派手にやらかしても駄目ってことで」
「でも、"魔女だから"である程度は誤魔化せるというか、納得はしてもらえると思うよ」
過去の魔女と賢者のやらかし、すごそうだもんね……。
「あ、オークで思い出したんだけど、オークが豚の亜人じゃなくて良かったーって初めて戦った時思った」
「豚の亜人だと食料になることが多いもんね」
「そう。猪八戒食べるようなもんじゃない?」
「見た目はね、確かに。でも猪八戒は神様だから」
「そういえばそうだった」
この世界のオークはゴブリンとオーガの中間という感じで、ゴブリンのような知能を持ちながら、筋肉もあるので結構厄介。
これがオーガになると、知性どこに捨ててきた?ってくらいに脳筋になる。そのパワーが半端ないので近距離戦にならないように注意が必要。離れててもなんか投げてきたりするから、危ないのは危ないけど、近距離だとかなりの重量のある武器を軽々と振り回して色んなものを破壊するんだよー。
なお、オークも人間の女性を、そういった対象とする。オーガはしない。オーガには女体がいる。オーガにとって生き物全部が食料なので、危険。
なのでゴブリン、オーク、オーガは殲滅対象なのです。
魔女馬車で移動してるわけだけど、ファゴットの趣味のため、夜は停泊することにした。
天狼達はファゴットの趣味に付き合うのが面倒になったみたいで、私達と一緒に寝てしまう。なので、ファゴットには防御魔法だけかけてる。これだと変身魔法と違って一晩くらい効力が保つから。
ファゴット自身は街中でもないから青い炎のままで問題ないみたいだし、ここが今の落とし所。
いずれはもっとファゴットのために色々用意してあげたい。自由に変身できる魔道具とか、夜間にちょっとだけ遠くまで行けるようにとか、そういったあたり。
やっと人間に見つかっても大丈夫になったんだから、やりたいことやらせてあげたい。
朝、起きて階下に下りるとファゴットが薪ストーブに薪を足していた。薪ストーブの上にのったケトルからしゅんしゅんと音をさせて湯気がのぼって、なんとも癒される。
薪ストーブの上は平らだから、鍋ややかんだけじゃなく、じっくり焼く料理なんかも可能なんだよね。ただずっと良い匂いがしてお預けをくらうので、おなかが切なく鳴るけど。
「おはよう」
「おはよう」
〈おはよう、よく寝れたか?〉
「眠れたよー」
顔を洗ったりしているうちに、シルルが朝食をテーブルに用意してくれる。寝てる時から焼きたてパンの香ばしい香りがしてたんだよね。これ本当に旅かな。
ふかふかのベッドでもふもふの愛狼達と眠り、焼きたてのパンの香りで目覚める。なんという幸せ。
「いただきまーす」
「いただきます」
パンを天狼達にあげつつ、スープを口にする。馬車の中は暖かいけど、日増しに冬に近づいているのを感じる。
スープや煮込み料理といった温かいものがいつも以上に美味しく感じられるんだよね。冬の寒さはスパイスだと思う。
コツメカワウソとミニブタのスライム達は、朝食作成で余った野菜なんかを食べてる。コツメカワウソが両手で野菜を掴んで食べてる姿は可愛い。ミニブタにはシルルが食べさせてあげてて、これもまた可愛い。
〈残念なことに今日、目的地に到着する〉
残念て……。
〈ここの領なら雪もそんなに降らないだろうが、雪が降ったら依頼も近場になるだろう?〉
なるほど、雪が降ったらさすがの魔女馬車も走れないだろうと心配してるのか。
「さすがにどか雪が降るエリアでもないだろうから、雪が降っても走れるとは思うよ」
〈本当か!?〉
「たぶん」
フュリンガーで一年の2/3を過ごし、旅に出てから初めての冬。
コヴァルシャもウィシュカ辺りは雨は降っても雪にはならないんじゃないかな。コヴァルシャ領の北部にある山のあたりは雪が降る、というかその山が障害物になるから南部にあたるウィシュカでは雪が降らない。
たぶん山のほうは結構な積雪量だと思う。そうじゃないとウィシュカの水量の説明がつかないし。
冒険者ギルドに貼られてた領の地図で見た山は、連峰だった。あの山々から流れ出る水量はかなりのものだと思う。
「豪雪でも馬車そのものは耐えられると思う。魔導石の消費は激しいだろうから、毎日供給することになるとは思うけど。ただ、積もった雪をかき分けながら進めるかどうかは不明」
まずそんな所に行くことを考えてなかった。
色々考えて準備して旅立ったつもりだけど、やっぱり足りないものだなぁ。
豪雪の中にぽつねんといることになってしまったら、馬車から出て魔法で雪を溶かしていくしかないかなー。
どか雪ほどではない、ほどほどの雪でも馬車がどれだけ機能するのか、確認したほうがいいかも。




