シルル先生の本気
連日、は言い過ぎですね。
ウィシュカ到着から四日しか経ってないけど、そのうち二日、バステさんのお店で買い物をし、シルルにとって未知の食材ばかり買い込みました。
シルルはしゃべらないので、首を縦に振るか横に振るかでしかコミュニケーションを取れない。
そのシルルが、身振り手振りで訴えております。
私達が買ってきた食材を指差し、本を指差す。
「食材のことが書かれた本が必要ってこと?」
首を横に振られた。違うらしい。
「レシピが欲しいんじゃない?」
エレンの言葉にシルルがコクコクと頷く。
あぁ、そうだよねぇ。
エレンや私が教えるにしても、シルルはその上を目指すタイプだもんなぁ。
「可能性としては魔女通販かバステさんのお店かなぁ」
言った途端、シルルさんがローブ持ってきた。
今すぐ行けと。
シルルさんが知らぬ食材を買い漁ってるのは私達だもんね。行ってきます。
さっき来たばかりなのにまた店を訪れた私を見て、バステさんが驚いてる。
「どうした?」
「レシピ本の取り扱いはありますか?」
「あるよ」
前世の味を再現したいと思っても、誰もが作り方を知ってるわけじゃないよねぇ。そういう意味でレシピ本は助かる。そして本当に何でもあるな、このお店……。
「はい、コレ」
八冊のレシピ本。中身を確認して、一番私達の好みに合うレシピが載ってる本を二冊選んだ。
ただ残念なことに、大豆から味噌を作るとか、そういうのが書かれた本はなかった。
にがり買っちゃったけど、失敗だったかなぁ。うーむ。
馬車に戻ったらシルルさんがつやっつやした顔で魔女通販のカタログを見せてきた。
前世和食全集と書かれたシリーズ本だ。全十冊。
私達がいない間に調べるとは、さすがです。
「これも必要な感じ?」
力強く頷かれたので、即発注した。
それからさっき買ってきたばかりのレシピ本を渡す。
受け取ったレシピ本を開くなり、シルルが衝撃を受けた顔をし、それから興奮と喜びで凄いことになってる。
そもそもこの世界、レシピ本がない。それなのに今手にしているのはレシピが書いてある上に写真付き。未知のレシピで写真があるのは心強いよね。料理あるあるだけど、同じように作ったのに写真とは似ても似つかない見た目になるっていうパターンもあってね、なかなかに心を惑わしてくるんだよねー。
着替えて二階のリビングにてごろ寝する。シルルさんアナログだから箒派なんだけど、マルングリティに行ったら掃除機をしれっと買おうと思ってる。
だってさ、箒じゃカーペットの中の細かいゴミとかダニとか駆除できない気がする。
今は食わず嫌いだろうけど、シルルなら絶対気に入る。一台で細かいところも、棚の下も吸える、高いところにも届いちゃうアタッチメント付きの奴を買うんだ。
え? カメラはどうしたって?
買いますよ。ちょっと手元のお金を切り崩すことになるけど、買うお金はあるのです。ただなんていうか、貯金が減ると不安になるのと、いざ何かあった時のために置いておきたいタイプなんですよ、私。
夕飯。
階下から香ってくるにおいにもしや、と思ってたけど、さすがシルルさん。
手にしたばっかりのレシピ本で肉豆腐を作ってるよ……。
テーブルの上には白米、肉豆腐、トマトの白和え、だし巻き卵、きのこのお味噌汁が並んでます。
異世界で和食を再現しようとした魔女や賢者も凄いけど、この料理を作れちゃうシルル先生がすごすぎる……。
なお、食後に出汁について追求されたので、また明日バステさんのお店に行って鰹節とか昆布が売ってないか確認してこようと思います……。
バステさんのお店に行って昆布と鰹節を購入せねばなりませんが、その前に天幕を張ります。
マジックバッグから深縹の天幕を取り出し、魔女馬車を送還する。
おぉ、という声が周囲からするけど気にしてはならぬのだ。
むくつけき男に変身しているファゴットに手伝ってもらって、天幕を張る。何とか張れた。四角いのを三人で立てるのはちょっと大変だった。慣れが必要だね。何事も慣れですよ!(意味不明)
勝手に撤去されないように魔導石を天幕内に置き、天幕を守るための防御魔法をかける。
ヨシ、ばっちり!
天狼に乗ってバステさんのお店に向かう。
バステさんはファゴットを見るなり、「おや、エインセルか」と言った。
うーん……魔族が凄いのかバステさんが凄いのかどっちだろう。
言い当てられてしまったファゴットは私達の後ろに逃げた。
「取って食ったりしないよ」
気になるので質問する。
「バステさんが魔族だから分かったんですか? それとも魔力差?」
お母さんに私達は魔力が多いほうだと言われてる。魔族が魔女を上回るとなると、今後気を付けたほうがいいかも。種族によって傾向はあるとしても、色んな人がいる。
バステさんがレアキャラで、魔族全般が攻撃的なら話は変わる。
「オレだからだね。二人の魔力は上位魔族に匹敵するから、普通の魔族になら看破されないだろう」
「じゃあ賢者にも見破られるってことですかね?」
賢者は魔女より魔力があるって聞いてる。
「いや、普通の賢者よりも多いと思うよ」
そうなんだ、それなら良かった。これから色んな魔女や賢者、魔族にも出会うことがあると思う。ファゴットを守れる力があるかどうかはとても大事なことだ。
「バステさんって凄いんですね」
何故ここで食料品店をやってるのかとか聞いたりしないよ。フラグ立っちゃうからね!
「そうそう、実はオレ凄いのよ」
ゆっるーいキャラして色んな情報持ってそうだからこれ以上は踏み込まないことにし、本日の目的、鰹節と昆布の有無を尋ねる。
「鰹節と昆布って扱ってますか?」
「あるよ。荒節と枯節と本枯節があるけどどれにする?」
「本枯節で!」
シルルさんなら間違いなく本枯節を入手しなかったら怒る。
「削り器は台屋の赤香がオススメだよ」
そう言ってバステさんが持ってきたのは一本の木材をくり抜いて作った削り器だった。材質は桐っぽい?
「防虫効果のある桐で、刃は白紙だ」
……マニアックというか、本格的になってきたな。だいぶ分からない世界になってきたけど、シルルさん頑張って!
「それから昆布だね。昆布は一種類しかないんだ、すまんね」
「大丈夫です」
なんか沼にハマりそうだから、ほどほどでいいです。どうせいつかシルルさんが沼る。
本枯節を二本と、昆布を五枚、削り器を購入してふと思った。
「桐の米櫃と、カンナありますか?」
「とことん追求するのは君達転生者の性なのかい?」
「どうせやるなら、って感じですかね」
っていうかこの口ぶりからしてあるんだな。
桐の米櫃とカンナも追加購入してお店を出た。
今は買ったお米は熟成室に置いて保存してる。あそこなら一定温度が保たれてるしめちゃくちゃ寒いから。でも毎回そこからお米を取ってくるのも手間だろうから、米櫃を買ってみた。要らないっていわれたらなんか別の物でも入れるのに使う。パッと思い浮かばないけど。
「何でもあるんだね、バステさんのお店」
「うん。転生者の追求も凄いけどね」
「そうだよね。食料品店でカンナまで置いてるとは思わなかった」
普通ならね。でもあの店ならある気がした。
だってなんかおかしいもの、色々と。店長からして。




