「それ」 亜実
◆異世界コード『NGY1180』
*「それ」世界
*田島・亜実がいる側の平行世界
◆異世界コード『NGY1150』
*「これ」世界
*矢崎・望美がいる側の平行世界
亜実は自身が、チームの先陣を切る覚悟はできていた。望美にもできる類の覚悟だ。成功に近づけるかの話じゃなく、体面を保つため。困難な状況でもリーダーが後方にいれば、威信に関わる。無事に成功しても、そんな経緯があれば台無しだ。まともな集団であれば、「部下の手柄は上司の手柄」は永く続かない。いつかどこかで、寝首をかかれるか殺されるなりしてサヨナラ。
亜実は仮設交番に近づく前に、上着の中に手を入れ、ピストルの状態を確かめた。セーフティーは暴発防止機構だけで、撃鉄は上がっていた。複合体オリジンは管理者や協力者を介し、現地警察に協力を求められるが、確かに当時は間に合う状況じゃなかった。亜実たちが八王子駅南口で再集結した時点で、交番の警察官は一通りの情報伝達を済ませていた。
現地警察の一部のお偉いさん(オリジンの協力者)は困惑をひた隠し、自分の仕事をひとまずこなす。「何かの間違いじゃないか?」などと言い、尻ごみできる状況でなくなりつつあった。彼らにも保ちたい体面がある上、隠蔽できる裁量を越えていた。
不運なことにその時点で亜実たちはまだ、自身らオリジンが現地情勢をアンダーコントロールできていると勘違いしていた。そのために彼女たちは大立ち回りを繰り広げ、多重ミスを起こし、後日内部で逮捕者を出す始末に……。
先陣を切る亜実が交番前で立ち止まり、スマホを開いたの合図に、四人の部下はそれぞれ前段階に入る。久保が運転するカムリと安藤が運転する救急車は、ほぼ同時に路肩で停車する。ハザードランプが灯り、後続の車がそばを通過していく。救急車はサイレンと赤色灯がオフの状態でも目立つが、交番側に変化は見られない。田島と柏崎への対応に集中していたのだろう。
「いつでも撃てるようにしときます」
岡崎が亜実の脇を通る際、彼女にそっと言った。彼はそのまま歩き続き、仮設交番が入る雑居ビルに隣接する雑居ビルの前で立ち止まる。戸に「支度中」の木札が掲げられた居酒屋の前で、交番で動きがあれば、窓越しに援護射撃だ。交番の窓ガラスには啓発や警察官募集のポスターが何枚も貼られているが、内部がまったく見えないほどじゃない。交番の出入口付近なら、亜実の援護は可能だ。
久保は岡崎が位置につき、亜実が交番の出入口へ一歩踏み出したのを見た直後、カムリを急発進させ、車道のゼブラゾーン上に停めた。両方向の車道に対し垂直方向で停めたため、なかなか不自然だ。付近の車は急いで通過するか、停車してカムリの動向を伺っている。下手にクラクションを鳴らさないのは、トラブル防止だろう。いわゆる「車會」の輩か、猛暑やらに頭をやられたキチガイがバカをやり始めたと思われただろう。まあ実際、かなり「バカ」な展開となるわけだが。
カムリに続き、救急車も路肩から動く。こちらはたどたどしく、片側二車線の真ん中で垂直方向に停められた。救急車でなければ、周りの車にクラクションを鳴らされたに違いない。傍目には、ミニバンを自分中心に運転する女性みたく見えるだろうから。運転手の安藤は慣れない車の運転に気が張っている。運転席から降り、後部ドアを開けるまでの十秒間でも、ぎこちなさが目立つ。エンジンキーは差したままにすべきなのにそれを抜き、ロングスカートのポケットにしまうミスもやらかした。
「僕はコレの弾もあるから大丈夫だからね」
豊川が安藤に言った。彼は車内の床に座り、両足を路面につけている。ストレッチャーの下には予備のマガジンがいくつか置いてある。彼は短機関銃だけでなく、ピストルとその銃弾も携行していたため、片方向への応戦に自信があった。応急処置されたケガが悪化しないよう願いながらも。
「私は向こうにいますから」
安藤はそう言うと、カムリの方へ向かう。久保がカムリから降り、交番へ向かっているのを見た彼女は、自然と駆け足になった。彼女のロングスカートのポケットでエンジンキーがカチャカチャと音を立てる。定番の流れならキーを落とすところだが、そうはならなかった。しかし、安藤がミスに気づき、キーを差し戻すことによって、仲間が救急車を運転できるようにもならなかった……。
安藤がカムリのそばで屈み、ホルスターからピストルを抜いたその時、再び事態が動く。先陣を切ったのはやはり亜実だ。交番内で口火を切った側も、やはり彼女である。
最初の八発分の銃声は亜実のもので、直後の銃声は岡崎のもの。市街戦らしく響き渡る銃声は、真夏の熱気に物々しさをつける。
「ああまったく、せめて暑くなければいいのに」
安藤はそう呟いた。路面の熱せられたアスファルトに、彼女は文句を垂れているよう。久保や豊川も発砲し始めると、彼女は自身が担うもう片方向へひとまず撃つ。威嚇として放たれた銃弾は、硬いアスファルト上を跳ね飛んでいった。




